第四十一話 未だ来ない目覚め
過去を恨んでも、憎んでも、後悔しても仕方ない。今を生きているのは私。その今で未来も過去も変えられる。ならやらない訳にはいかないでしょ‼
ヒヒヒ…
過去の行いか、この現状か、見えない未来か、少ない希望かは分からないが笑みがこぼれてきた。
「面白くなって来たじゃない……、私の人生」
薙刀を猟犬に向かって構える。口角は上がったまま下がらない。気持ちも高鳴ってきた。すると、薙刀の穂先から白く輝く炎が灯り、そのまま刃を覆いつくす。
「…なにこれ」
少し振っても消えそうにない炎。その炎が刃にとどまり、自分の手元には来ない事が分かった。その炎は花蓮の味方だと確信した。花蓮は薙刀を構え直す。
「きっと神様からの祝福ね、そう言う事にしときましょう」
負ける気は端から無い。みんなが私に期待している。昔の自分だったら期待されることは重荷だった。だけど今は私のことを見てくれている証明になっている。上辺だけの期待じゃないのはなんとなくわかる。
グルルルゥゥゥ…
「吠える事しかできないなんて可哀想に」
その挑発によって猟犬が突進してくる。見え透いた攻撃を軽いステップでかわし、すれ違いざまに薙刀の穂先で体を薙ぐ。すると驚くほどに切れ込みが入る。その切れ込みは回復が遅く、猟犬も驚きが隠せない。
「……なるほどね」
どうやらこの炎には回復の遅延効果がありそうだ。鼓動が高鳴って止まりそうもない。それに合わせて穂先の炎は激しさを増す。
猟犬が再び突進して来るが、今度は跳躍して回避しながら傷をつける。猟犬はそのまま振り向いて右手の爪を突き立てるが、薙刀によって防がれる。花蓮はそのまま切断を試みようと力を籠めるも、その刃は先程のような岩盤にあたって奥に入らない。
「あ、あれぇ…」
困惑している最中、左の爪が花蓮を襲った。幸いにも強く叩かれた程度なので、壁に叩かれるぐらいで済んだ。もう立つ事ができないよりマシだ。鉄分の味をさっきよりも嚙みしめ、直ぐに立ち上がる。ポケットを漁り、目当てのものを探す。
「…あった」
髪を束ね、肩に持ってくる。肩より少し高い位置で取り出した糸を巻きつける。髪を強く縛って背中に回す。そのまま相手よりも鋭い目つきで猟犬を見つめる。
「……やってくわれたわね」
薙刀を構え直し、猛獣の攻撃を大人しく待つ。猟犬も無闇矢鱈に攻撃するわけにもいかず、躊躇している。猟犬が躊躇している姿はかよわい子犬にも見えてくる。暫くして猟犬は徐々に近づき、飛び掛かって花蓮を咥えようとするも、花蓮には当たらない。花蓮はそのまま背中を再び薙ぐも、再び刃は弾かれた。
「……な、なんで」
確かに刃が入る時と入らないがある。最初に入ったのは莽薙の関節部を狙った攻撃。その後は下顎から上顎への貫通。逆に当たらなかったのは最初の攻撃と最近の攻撃。二つに大きく違う条件があったはず。これを見つけて戦いを効率化しなければ、じり貧で負ける。私が戦闘面で効率化しなければ。
軍隊を維持する際も、効率化は必至だ。戦闘や指揮系統、運営などを効率化する。だが、軍政というのは嫌でも他の政務よりも財政、行政、外交に固く結びついている。故に全てを効率化しない。出来るところから効率化をし、粗方出来たら次の効率化をする。大事なのは無理をしない事。
そう、無理なく効率化する。
無理なく——。
「……効率化、そう言うこと——!?」
猟犬はお構いなしに嚙みつこうと再び突進。花蓮は再び軽いステップで避け、腕を振りかぶりながら逆に襲いかかる。
「……ざぁんねーん、持ってませーん」
花蓮の手には薙刀は無かった。それに気づいた時には猟犬の頭部に薙刀が突き刺さっていた。猟犬は悶絶しながら暴れ回る。花蓮はさっさと隅に避難する。
「やっぱり、あの硬い奴は自分の意思で操作するのね。私じゃなくて、既に相手が効率化をしていたと。それだけ分かっただけ上出来…よね?」
猟犬は刺さった薙刀を振りほどき、うなだれた表情を見せた。その隙に薙刀を拾って再び構える。まだ目覚めは来てない。白い炎も燃え続けている。
相手に悟られないような薙刀の操作が必要。とは言え、それがそう簡単にできる訳ではない。故に機会はじっくり見極めることが重要だ。猟犬から逃げながら隙を狙う。
「……どうしたものかねぇ…」
ふと、瑠璃さんの黄金時代を語っている場面を思い出した。莽薙の父、莽鐘さんを追い詰めた時の様子を優しく、まるで演舞のようにしなやかで美しく身振り手振りで語っていた。幼少期、そのあまりの美しさにその手の動きを見よう見まねでしていた事を思い出す。あれがもし薙刀の動きなら、仲山王の基礎にも当てはまるのかもしれない。
「……今の自分なら、何でもできそうな気がする」
悪夢と言えど所詮「夢」。何でもできるはず。その単純な理論の元、薙刀を振りかぶって猟犬に痛烈な一打を加える。
ギンッ
勿論厚い装甲を前にはじき返され、再び薙刀は同じ位置へ戻る。そして花蓮は直ぐに右手と左手の位置をスライドさせる。こうしてその勢いを利用して二打目を早々に繰り出す。今度の打突は先ほどよりも大きく左側に寄せる。その薙刀は最早止める事ができないまま貫通。花蓮の周りを弧のように描きながら、猟犬の前足の太股上部に巨大な切れ込みを入れる事が出来た。
グラアアアアア
猟犬の咆哮を陰にそのまま跳躍。猟犬の反撃を回避しながら、薙刀を構え直す。流石に猟犬もこちらをじっくり観察し始めた。しかし、心臓のおおよその位置を把握した。人間の時と大して変わらない位置であるならば前足の上にある。あの傷口の体液の多さ的にも、あの先にあるだろう。
「……決まりね」
花蓮は躊躇する猟犬に突撃する。戸惑う猟犬が前足を振り回し、上手く後ろ脚を使って後ろに跳躍しながら方向転換をする。だが小回りが利くのは花蓮の方であった。
「怖がってちゃ当たらないでしょ……まったく…」
間合いは着実に花蓮に近くなっていく。その目つきは狩人の目をしていたに違いない。いよいよ目の前に迫った所で猟犬は嚙み砕こうとするが、空振りに終わる。空中に居ると思い空を見上げるが、花蓮の姿は見受けられない。
「大きいと何かと不便よね」
そう言いながら猟犬の伸びた首元を大きく斬る。唸る猟犬を尻目に猟犬の腹部の下に再び潜り込む。滑り込みながら器用に左前脚を切断し、猟犬の態勢を崩す。猟犬は切られた首を接合するのに必死で次の一打を予想できなかった。
「へへッ、チェックメイト……!」
体勢を崩した左前足の上を斬り上げる。心臓に狙いを定めた所で、持ち手を刃に近い柄の先端に持ってくる。小刀のように心臓に向かって勢い良く突き刺す為だ。
「なッ」
猟犬は体を曲げてその薙刀を傷口で挟んだ。薙刀は奥まで進まず、心臓に届かなかった。猟犬の回復も終わってしまい、花蓮は絶好の機会を逃した。薙刀も挟まったままでは反撃する余地も無かった。
「万事休す…って?」
猟犬は虫を払うように花蓮を噛んで手早く投げ捨てた。猟犬は器用に薙刀を前足で引き抜き、自己再生に専念した。顔は依然として花蓮を睨んでいる。花蓮は薙刀を持っていない為、何もできないと判断して何もしてこなかった。しかし、それはそれで好都合。何故ならチェックメイトではあるのだから。
「思いっきりやっちゃって‼」
猟犬は花蓮の目線の先を見るために振り返る。
『ナギ君‼』
猟犬の目線には戦闘不能ということで眼中になかった莽薙が、鬼面のように憤怒した様子で刀を握っている。既に跳躍していつでも攻撃ができる体勢だった。猟犬は急いで硬化させようとするが、不意打ちにはスピードが遅かった。莽薙の刀は花蓮とは逆に漆黒の炎に包まれる。
『御伽斬り・薙』
その一斬は横に広がり、とても硬化ではカバーできる範囲ではなかった。瞬く間に猟犬は横に一刀両断され、花蓮がつけた傷跡を目印に攻撃した事で心臓諸共大きな衝撃を与えた。流石に猟犬も咆哮を終えてからは動かなく、絶え間なくマグマのような体液を出していた。
「……まだ頭いてぇ」
莽薙は納刀するとそのまま地面に座り込んでしまった。直ぐに花蓮も駆けつけて二人で座り込んだ。
「やったね、ナギ君」
「そうだね、ほんとによくやったよ。期待以上の活躍だったよ」
「えへへへへっ」
莽薙は花蓮の頭を優しく撫でる。花蓮はそれが嬉しくてたまらなかった。正に犬のようだった。
グッ、ごほっごほ…
花蓮は咳が出始め、呼吸がし辛くなった。今まで過剰に動きすぎたせいだ。アドレナリンか、もしくはそれ以上の何かが体を動かしていただけで、体の疲労は既に頂点だった。
「大丈夫か?」
「……すこし、眠くなってきちゃった」
そう言うと莽薙は花蓮をゆっくりと倒して膝枕をする。何故か花蓮はとても安心することができた。そして毒に侵されたようにすぐに深い眠りについた。
「……しばらく動けなくなっちゃったな」
莽薙はそんな自分に呆れて口角を上げながら、花蓮の髪を撫でる。幼少期は逆だった。しっかり者の花蓮は毎回莽薙の頭を撫でて励ましてくれていた。今となってはそれも逆。時の流れとお互いの成長を感じながら、莽薙もどこか感慨深い感傷に浸っていた。
フフッ……
さり気ない笑みが後ろからこぼれる。後ろには人の姿を部分的に取り戻した梔子姫がこちらを見て微笑んでいた。一方で猟犬は人の姿に戻ったが、両断はされていなかった。梔子姫にはひどい思いをさせてしまった。自責の念に駆られながらも、梔子姫には笑顔を向けることにした。




