第十話 火蓋を切る
「さて、これで我々は、ローシャング王国との合同で、この問題に対処する事になりまして、このキルメール候と共に協力する事になった訳です。」
厳正な面持ちのキルメール候。そして終始鉄扇を肩に置く関原。それが莽薙を見つめていた。この寒川と花蓮だけが、莽薙へにこやかに顔を向けていた。
「——という事で、二つの国家元首の代理として、このキルメルンと共に協力して頂きたい。」
「それは勿論です。やられっぱなしはこちらも癪なので。」
関原が扇子を机に落とし、鉄扇を鳴らした。その瞬間に机にローシャング王国の地図と白と黒の碁石が並べられる。関原は眼鏡をかけ直すと、現状を説明し始めた。
「まずは、味方を把握しておきましょう。今いる騎士団と、ロメリア女王の側近。アルテミス二世とミネルヴァ。そして吾妻勢。」
「えっと、キルメール候の陸軍とかって——。」
「軍隊ってのは命令が無いと動けない。首相が変わって混乱してる中で行動できるとは思えない。」
花蓮が水を差すように莽薙に説明する。キルメール候もそれに頷き、関原はその間に白い碁石を並べ始めた。
「そして、敵は不明。だったが——」
「まぁ、手間取ったけど、俺がしっぽ掴みましたと。」
寒川が資料を出現させ、関原に渡す。そのまま手にタバコを出現させ、一人一服し始めた。関原は資料を見て、黒い碁石の入った箱に手を突っ込み、鷲掴み。
「——敵は」
関原がローシャング王国の地図の上へ手を伸ばす。しかし、その手はローシャング王国の上空を通過し、近辺の海を通過し——、黒い碁石が投下された。
「……それは、そこは——正気か!?!?」
キルメール候は驚きを隠せない。莽薙もローシャング王国の事情を知らなくとも、隣国ともなれば、その強大な敵の影を見る事はできる。
「我々の敵は——『ヴァンダルシア帝国』」
ローシャング王国の北西部。ドン海に挟まれた対岸に聳えるヴァンダルシア帝国。何度も国土を追われながらも、新天地でしぶとく生き残り続けて来た帝国。巷では——「不死の帝国」と呼ばれている。
「これはどうゆう事だ——!」
「だってよ、寒川。」
「はいよ」
寒川はタバコを消し去り、関原と席を変わる。寒川が勢いよく腰を下ろた。
「騎士団本部を爆破した騎士団内の裏切り。キルメール候への陸軍内部の裏切り。そして首相の共和政移行計画——。一つ一つが大きな事で、先入観が働いた。全てが誰かの一存で動く大きな事件じゃないかと。」
『だが、真実は全く別だった。』
「——全部別々の事件って事か?」
「流石兼通。その通りだ。」
寒川は赤城に笑みを零す。赤城と関原は無表情のまま寒川を見ていた。
「ローシャング王国には、大通りに無数の車が走っている。そしてそれぞれ同じ方向に進んでいる。だが、個々の車が向かう先は違う。それと全く同じ現象だ。」
「——じゃあ、敵は三集団居るのか。」
「いや、正確には——『居た』ですね。」
キルメール候も莽薙もまだ理解できていなかった。
「これはレースゲーム。誰が一番最初に冠を取るかが重要。騎士団内部の反乱。この首謀者ソーレンが殺された。そして共和政移行計画の首相は謎の病死。残るは、軍内で命令を書き換えた集団——。」
「……それがヴァンダルシア。」
「やけに強かった黒い軍服の奴ら。花蓮さんも見たでしょ?」
「見た見た!」
「あれね、ヴァンダルシアの非正規軍の制服らしい。都合よくヴァンダルシアから留学生がいたから少し小突いて聞き出してみた。」
寒川はそう言いながらデコピンをした。そのデコピンがどこまでの物なのかは察しない事にした。
「——これが表に成れば、戦争じゃないか!」
「ええ、戦争です。しかし、戦わずに見過ごせば国家を滅ぼす。」
「ローシャング王国は戦争をしない。絶対にだ!」
「では、環境改善を訴える環境主義者、共和政移行を訴える利己主義者、そして侵略して来た軍国主義者。どれに敗北するか選んでください。環境主義者は滅びましたが。」
関原は強い口調でキルメール候を問い質した。キルメール候は俯いて考え始める。
「大佐の分際で、軍隊の動きは決めれない。」
「しかし、共に問題解決をする事を容認しました。」
「……考え込んでいる時にすまない。こいつらが言わないから俺が言う。」
そこに割って入ったのはまさかの赤城だった。関原は赤城を一瞥した後で一歩下がった。寒川が代わりに赤城に意見を伺った。
「そのヴァンダルシアの非正規軍。率いているのは『秘密結社 リコラッタ』とかいう奴らだ。ヴァンダルシアは関係ないかもしれん。」
「——詳しく頼む。」
「『秘密結社 リコラッタ』は世界中に展開しているらしい。そして、俺の記憶だが、最初に高天河原でその幹部に会った時。確か、『世界政府の再興を望む者』と言っていた。」
赤城の発言に全員が驚愕して固まった。莽薙達もそれを思い出した。雨宮が高天河原で確かにそのように言っていた——。
「ふは、フハハハハハ。」
関原が不意に笑い始めた。
「面白い。リコラッタは、言わば世界政府の残党。軍国主義者かと思ったら復讐主義者だったか!」
「となれば莽薙様、面白い事に成りましたな。」
「なにが?」
「——貴方のお父様の成しえた『世界政府の破壊』の総仕上げとなりますよ。」
莽薙の脳裏に父の背中が浮かぶ。掴もうと手を伸ばしても届かなかったその大きな背中。今や、自分の背中を多くの手が押し出し、父の背中が近くなる。そのような感覚を潤む目の中で感じた。莽薙は笑みを浮かべる。
「それは、倒し甲斐があるな。」
「ローシャング王国は世界政府を使うだけ使って捨てた。彼らの怒りは確かに御尤もかもしれない。だが、そんな弱小政府が何度できようとしても、同じ事。」
「キルメール候!」
「大国との戦争が無いならば、十分に戦えるやもしれんな。」
キルメール候の発言によって場の空気は一変したが——
「しかしながらですね——」
寒川が口を挟んだ。
「現在首相のアルミン・リーシック。彼、親がヴァンダルシア出身で——」
「……となると、陸軍は動けそうもないな。」
「ですが、騎士団は動ける。キルメール候は陸軍内部でヴァンダルシアが何か工作をしないか見ていてください。特に留学生や、首相のようにヴァンダルシアに縁がある者も多いでしょうから。」
「……口惜しいが仕方あるまい。」
「では、作戦を——」
扉が勢いよく開いた。これ以上の参加者は居ないと思い込んでいた——。
「すみません、キルメール候に一言だけ。」
やって来たのは近衛隊長のジュールズ。キルメール候に近寄り、耳元で囁く。その話を聞いた途端、キルメール候は立ち上がって部屋を後にした。何も言わずに去っていく背中に、彼の背負う貴族としての気品は感じられなかった。
「……それで、何があったんですか?」
「ローシャング王国の秘密事項につき——」
「今や戦友となろうとしている吾妻にも、情報を分けてくだされ。」
関原がそのように言うと、ジュールズは一瞬考え、口を開くことにした。
「ホッドハーツにて、ロメリア女王が倒れたとのこと。」




