第九話 吾妻より
「騎士団は壊滅的か——。」
「まさかこんなことになるとは——ね。」
ジェットとネクサは臨時的に騎士団の本部を別地区にある古いアパートを貸し切り、そこに移転した。最上階に二人の部屋があり、そこで騎士団の執務を行っていた。
「ソーレン、オーロラ。同期だったんだがな——。」
「反逆者よ。身内とは言え、ここに移転した理由を考えたら——。」
「……。」
薄暗いアパートの一室。気分もそこまで良い物じゃない。
「そういえば、花蓮って人物が、騎士団の改革をしたいとか言ってたな——。」
扉が開く——。
「そういえばそんな事もありましたね。」
音が出ない。誰も気づかなかった——。
「これを機に、任せてもいいかもしれんな——。」
銃声が四発。二人の体を打ち抜いた。机に血が四散し、暗い部屋の雰囲気と相まっておどろおどろしい雰囲気を作り出した。
「——首相、テイラーです。二人、始末しました。キルメール候は宮殿に赴きました。恐らく、宮殿への襲撃は難しいかと。」
テイラーはジェットたちに背を向けて、首相の返答を待つ。
「お言葉ですが、宮殿には多数の騎士団とキルメール候、そしてアルテミス二世もおります。その中でロメリア女王を殺害するのは、とても——」
テイラーの耳元。異音と共に首相の声が途切れた。テイラーは首相を呼び続けるが、全く応答はなかった——。
「な、何が起きているんだ……?」
翌日、首相の病死が告げられた。首相は内務卿のアルミン・リーシックが首相となり、リーシック内閣が組閣された。
そして、騎士団長のジェットと参謀のネクサへの襲撃。これは失敗だった。ジェットとネクサの銃弾は急所を外れ、治療を受けることになった。昏睡状態ではあるが、一命は取り留めた。そして、騎士団の実権はロメリアの弟のランドに一時的に移動した。
「——それで、ソーレンが死んで、梔子姫が攫われたと。」
ヴァイオレットの報告を受けたロメリアは頭を抱えた。いつも街を眺めながら紅茶を啜り、茶菓子を嗜む。しかし、どれも目の前に置かれて、その場からは離れなかった。
——だが、確かなことがあった。
「……ホッドハーツに行きましょう。」
「……ホッドハーツですか、今から?」
「今から。車を準備して。」
「あの、なぜホッドハーツなんかに——。」
ロメリアはシルクハットを出現させ、いつものように被った。
「ソーレンの故郷。王国の惨状をまじまじと捉え直す。ランドも一緒に。」
「わかりました。直ぐに手配します。」
——変わって莽薙と花蓮は治療室にて千々波の具合を見る。違和感のないように眠るが、起き上がらない。起きなければ、死んでいるも同然に見えてしまう。
「ナミみん…起きないな」
「脈は正常だし、魔力量も変わってないって。」
そこで莽薙が一つ思い出す。
「何だっけな、ナミみんが傷居った時に飲ませてくれる、土瓶の——」
「『溶礼道秘伝千々波特製回復薬』のこと?」
「そういう名前なんだ。あれならナミみんも何とかなるんじゃなかろうか…?」
「確かに!」
納得したというよりかは、目を開かせる為にはそれしか方法がないと思った。千々波の荷物には小瓶が五本入っている。そのうちの二本は空瓶だった。三本は中身が入っているが、これを果たして吞んでもいいのだろうか。腐敗してなければいいのだが——。
「じゃあ……」
莽薙が意を決し試飲する。味も風味も引っかかる点は無かった。問題はなさそうなので花蓮にパスする。
「え、何?」
「風邪人にするって言ったら口移しじゃない?」
「え、えぇ……」
そう言いながらも花蓮は千々波を思ってやってみる事に。長い髪の毛が邪魔で、結んでから口に流し込んだ。
「……これでよかったのかな」
「信じるしかないよ、今はこれでどうにかするしかない——」
「看病中の所、失礼する。」
「……?」
莽薙と花蓮が振り返る。扉を開けたのは紺色の軍服に身を包む関原だった。そしてその後ろから寒川も出てきた。
「お久しぶりです、莽薙様」
「また会いましたね」
「……寒川は知ってたけど、関原まで来てたの!?」
「花蓮さんが旅立ってから決まったので、丁度世話になっていませんでしたね。」
「それで、二人はどうして宮殿に?」
「それは、私のお願いでね。」
後ろから更に軍服を着た男が入ってくる。寒川と関原は道を譲り、その人と莽薙を対面させた。節々に感じる几帳面さ。莽薙はすぐに高官の方だと身構えた。
「王立陸軍大佐 第五代キルメール候 アーサー・キルメルンだ。まずは、吾妻からローシャング王国に来てくれてありがとう。そして、このような事態に巻き込んで申し訳ない。」
「いいえ、問題なんてどこにでもある物ですから。必要なのは——。」
莽薙は千々波を見た。
『運命と融和することです。』
花蓮はそれが溶礼道の教えである事を思い出した。花蓮もその言葉で安心感を得て安堵の表情を浮かべた。
「……貴殿の広きご厚意、誠に忝い。」
「こんな時世です、恭しいのはやめましょう。侯爵閣下が直々に来るともなれば、それは大層な話でしょうし。」
「——話が早くて助かります。部屋を変えましょう。」
寒川は赤城を呼びに行き、それ以外の一行は莽薙達が宮殿に来て最初に少し入った部屋に向かった。赤城は部屋に入って関原を見ても何も言わず、関原は赤城に目線すら合わせようとしなかった。
「——で、莽薙様に一つお伝えしておきたいことがあるんですよね」
寒川は手元に封筒を出現させ、莽薙に手渡した。無地の封筒。差出人を確認しようと、裏の文字を見てみると——。
「御伽瑠璃……母さんからだ」
「え、ここで瑠璃様から手紙!?」
「我々がお願いしていた事について、一筆認めて頂きました。」
その中にある手紙。母の達筆な字が現れた——。
莽薙、楼国への到着おめでとう。世界の半分までやって来た事は、何よりあなたの実力を示していると思う。
関原や寒川からは話を聞いた。昔から運が悪いのは変わらないね。だけど、これもまた試練。これを乗り越えてこそ見えるものがある。そして、今回だけ特別——
『楼国内に居る間、吾妻の全権大使として吾妻に利のある協定を楼国と結ぶこと。』
——これを許可する。
そして、その為に恩を売る事。目先の楼国の問題に巻き込まれていると聞いた。その問題に楼国に居る吾妻の民、全勢力を以てこれを解決することを命令する。
「え、えぇ、荷が重くない?」
「続きがあります。裏面です。」
「え?」
追記:今迄の莽薙なら、ここで弱気を吐いてやらない。だけど、世界を半周した莽薙は、そんな決断はしない。多少の失敗ぐらい、後でどうにでもなる。世界に出てない母親が言えた事じゃないし、あなたの方が分かっていると思うけど、母は莽薙を誰よりも知っているし、感心しているし、応援している。
——貴方が直接見る事ができない自分の背中に、私の手が常に置かれている事を、覚えていて欲しい。
「……母さん」
何故か背中が暖かく感じる。妙に母親からしか得られないあの温かさが恋しくなった。そして——
「なんでお前が泣いてんだ?」
「いや、あの、いいお母さんだなって……」
花蓮は何故か目頭が熱くなって潤んだ目を見せながら、肩をヒクヒクさせていた。




