第三十八話 風のありか
濃霧に日差しは通らない。だが、明らかに明るくはなっている。朝が来たことはそれでやっと認知できる。そんな視界不良の中で、あえて外に出る事もある。それは、他人に悟られたくない時である。
「君たちは三番隊と共に来てくれ」
「……三番隊って?」
「三番隊隊長のセイビアです、貴方たちの護衛を命じられましたのです。こちらは副団長のセイジです。よろしくお願いしますです」
「ちゃんと私の改革を実践してくれたんですね」
「ああ、君には感謝してるよ。護衛はせめてものお礼だ。セイビア、セイジ、頼むよ」
「『承知』です」
騎士団長は足早に部屋を出て行った。暫く静寂が続いたが、誰も喋ろうとしない。結局、静寂を破ったのはセイジだった。
「作戦を再確認しましょう、よろしいですか?」
「セイジ、お願いしますです」
「ああ、よろしく」
セイジが机の上に地図を広げる。精密な地図の中には沢山の文字がびっしりと書かれていた。見るだけでも少し億劫になってしまいそうだ。
「ドラストンが今回の舞台。彼ら副団長と協力していた本拠地があるようです。」
「……副団長は結局そのままにしたのね。そうするとは思ってたけど」
「まず、団長の号令が響きましたらアクセルさんの先鋒隊が突入します。裏口から我々が突入します。そのまま相手の裏をかいて進んでいきますので、できる限りお静かにお願いします。見つかった時には我々が指一つ触れさせることはないでしょう。」
「ですです‼」
団長よりもお人好しなのはよく分かったが、なぜセイビアが三番隊の隊長なのだろうか。一見隊長には見えない。セイジの方がよっぽど隊長らしい。
「セイジ、紅茶を持ってくるのです‼」
「あら、もうそんな時間でしたか、失礼しました。今すぐ作りますのでお待ちください。皆さんもどうかリラックスしてください。」
セイビアはソファーに飛び乗って楽な姿勢を取っている。莽薙達が座る傍らでセイジはお湯を沸かしながら、レコードに手を伸ばして手慣れたようにクラッシックを流す。漠然とした不安も緊張感もクラッシックを聞きながらセイビアを見ていると、どこか心が落ち着くような気がする。
ジョーー…。シャァーー……。コポコポ……。
「……出来上がりました、紅茶です。ミルクと砂糖はこちらです。来るその時まで心を落ち着かせてください。」
出撃の号令がかかるまでの数分の癒し時間が始まった。セイビアはミルクと砂糖をふんだんに入れていく。セイジはセイビアの傍らで立ったまま紅茶を味わっている。
「…セイジ、座らないのか?」
「いえ、私は結構です。副隊長なので。」
「セイジはこんな感じの子なんです、なので命令をしているのです‼」
だからと言って容赦なく酷使するのはいかがなものか。団長はそこもちゃんと考えて配置したのだろうか。
「三番隊、お茶のタイミングで申し訳ないが出撃だ。行くぞ。」
団長の声と共に緊張感が戻ってくる。セイビアはその声で目の形を変え、紺色のコートを羽織る。セイジも続けて羽織ってついていく。莽薙達もそれに続いた。部屋には最後まで飲み切れていない混ぜたばかりの紅茶と鳴り止まぬレコードが回転を続けていた。
霧にまみれながらトラックが低速で運転を続け、ロドメリアの隣町ドラストンに到着した。ガスマスクと濃霧で先は殆ど見えなかったが、彼らは慣れた様子で淡々と作業をこなす。ここもロドメリア同様に霧の被害に合っている。だがロドメリア程視界が悪い訳ではない。とは雖も、他の町であれば濃霧と言って差し支えない。それほどまでにロドメリアの酷さが分かる体験でもあった。
「……ロドメリア騎士団、戦闘開始‼」
団長の掛け声と共に先鋒隊隊長アクセルが勢い良く飛び込む。副隊長のストライヴがそれに続いて突き進む。中に入り込んだ先鋒隊が次々にガスマスクを外していく。ガヤに気づいたテロリストは入り口に結集し始めるが、同時に裏口からも侵入する。副団長によって完全に地理情報は把握しているのだ。
「…誰もいませんね」
「セイジ、油断は禁物ですよ、背中にも注意してくださいです」
セイビアとセイジを先頭に三番隊と莽薙達が進んでいく。四面がパイプで占められて薄暗くいが、霧が多少残っているのでガスマスクを外す事はできない。だが、パイプの圧迫感と狭い通路、ガスマスクで圧迫感があった。するとセイビアが右腕を挙げて部隊を制止させる。暫く制止した後でセイジに命令を下す。
「あのパイプに刺突するのです!」
「…了解しました」
セイジがパイプに穴を開けると、そこから霧が次々と吸い込まれていく。視界が開けてセイビアが先にガスマスクを外した。
スゥー…
「大丈夫です、ガスマスクを外しましょうです」
ガスマスクを外すと不思議と圧迫感も薄れていく。
「…なんで刺突させたんだ?」
「私は耳がいいのです。パイプに流れるものは耳をすませばわかるのです。換気扇のパイプを探してそこに穴をあけたので霧が晴れたのです。ちなみに、ここの下はガス管だったので間違えてたらみんな死んでたのです‼」
「……そんな恐ろしい事を」
セイビアはそのまま先陣を歩いていく。パイプを道なりに進んでいくと鉄格子のドアにあたり、セイジに破壊させて先に進んだ。それにしてもセイジの扱いが雑である。その先に進むと、二手に分かれる道があった。
「……これは右か左か」
「右なのです——」
その言葉を信じてセイジと莽薙達が右の道へと進んでいく。
「が——」
「…え?」
ドッ、ゴンガラガッシャーン……
「そっちは足場が劣化してるのです」
『先に言ってくれ‼』
深くはないが、上がるのに一苦労だった。やっと全員が上がった所でセイビアはセイジに壁を壊すように命令した。その前にセイビアは指を強く壁に打ち付ける。
「ここです。いいですね?」
「はい、ありがとうございます」
そこを狙ってセイジが剣を突き刺すと、壁は忽ち崩壊して大きな空間が出てくる。その空間にいる人間は啞然としてセイジとセイビアを深く見つめる
「な、なんだ貴様ら!」
「あちゃーです、音がすると思ったら敵陣のど真ん中でしたです」
「あちゃーじゃないでしょ‼」
セイビアは左脇の剣に右手を置くが、セイジがそれを止める。セイビアは思い出したかのように手を引き、セイビアと三番隊に告げる。
『三番隊、戦闘開始です!』
うおおおおお‼
セイビアとセイジを筆頭にその空間に降り立ち、その後ろから三番隊が突撃する。その間にセイビアは崩れた壁を小さくして小石を多くつかむ。
「こんぐらいなら大丈夫です、私達に任せてくださいです」
そう言って莽薙達を加勢させようとはしなかった。セイビアは小石一つ一つをひたすらセイジに向かって投げていた。何をしているかよく見ると、小石を当てた場所にセイジにが攻撃を入れている。さっきの壁を破壊した時と同じように目印をつけているのだ。
「……なんでこんな事してるの?」
「セイジは命令は守れるんですが、それしかできませんのです。その性格のせいか、ロドメチル鉱石を使っても独自の技は出なくてですね。普通の戦闘をより強くするために今はこうして打突位置を命令しているのです。」
「…お前は戦わないのか?」
「私の戦闘は……一撃必殺みたいな物です。今使うわけにはいかないのです」
「なるほど、温存してるのね。そのロドメチル鉱石ってのは……」
「ロメリア王女の発見した鉱石です。白虹の鉱石で、勾玉に加工されて夢勾玉として使われる鉱石です。一部の鎧にはその鉱石が使われているので、多少は攻撃の火力が上がるのです」
そんな説明をしている間に空間内のテロリストの排除に成功した。三番隊の損害はなさそうだった。
「さ、先に進みましょうなのです」
道は二手に分かれている。一つは階段でもう一つは横に伸びる廊下である。セイジにが地図を出すまでもなく、セイビアは音を頼りに指示を出す。
「三番隊はセイジと共に廊下を攻めてくださいです。先鋒隊と合流できますです。私達は階段を上がり要人を救助するのです!」
「了解しました。それでは三番隊、続いてください」
セイジに率いられて三番隊は廊下を走り去って行った。セイビアは莽薙達を率いて階段を上がって行った。
「……要人って、」
「見ればわかるのです」
そのまま階段を上がり続け、ようやく大きな鉄の扉に辿り着く。今までの多くの世界へと訪れたが、普通の扉がこんなに大きく見えた物は無いだろう。
「いくですよ……?」
「うん」
その中は溶鉱炉の中のような朱赤の光が広がっていた。来た道のようにひしめく赤さびのパイプが入り組むその部屋の奥。鳥籠の中に微かに人である鳥が一羽。服の至る所が破れ、そこから黒い羽が照明と酸化鉄の朱赤を反射させ、大きな翼と自身の腕で自身の存在を消そうとしている。
「ナッシー……」
梔子姫にはその言葉は届かない。卵のように全くもって微動だにしなかった。
「おやおや、莽薙さんたちではないですか。ランドさん、見てくださいよ」
「あれは——騎士団の奴もいるな」
コートに身を包んだ二人がこちらに姿を現した。
「ランド……元団長の…です?」
「いかにも。ロドメリア騎士団初代団長、そしてロメリアの弟であるランドだ」
「ロメリアの……弟…!?」
「そしてわたくしが革命家オリバー・コルデー。この廃工場を拠点に世界の支援と共に革命を成功させることが目的だ。」
後ろの扉が固く閉ざされる。その二人は不敵な笑みを浮かべていた。気分が悪い。
「貴方たちの狙いは何です!?」
「先ほど言ったように革命をする。ランド王の下で国民を統制し、国民政府を樹立させる。腐敗した貴族階級に封建的政治を任せるのではなく、国民が主導する新たな国家を目指す。」
「……待ってくださいです、選挙もありますし、議会もありますのです。国民政府は樹立されてますのです」
「ああ、そうかもしれないが、不十分だ。市民全員が参加して初めて国民政府となるのだ。それにこの町の悲惨さから見ても政治の停滞は完全な物だ。改革は一朝一夕ではならない。よって武力によって現状の変革を試みるのだ。ランド王の革命によってね。」
「ランド王の独裁を引いたら国民政府の樹立と矛盾するじゃない、どういうことなの?」
「革命には強い力が必要だ。ランド王と隣国の強権で貴族や特権階級を破壊。その間に私が真に国民的な政府を作り、国民政府を樹立るのだ!」
セイビアはポケットから豆粒程度の小さな器具を取り出して喋り始める。
「オーディオ・オーダー241。こちら三番隊セイビアです、敵幹部のランドとオリバーに接敵です。彼らは隣国に支援を求めている模様です。もしかするとホッドハーツの方に…。」
「セイビア‼」
「えっ!?」
赤く錆びたパイプのを伝い、ランドが縦横無尽に駆ける。そのまま小話していたセイビアに突撃する。衝撃で小型のオーディオ・オーダーは飛ばされ、発見するのが難しくなった。
「……騎士団がよそ見すんじゃねえよ」
ランドはそう言うと自身のポケットから例の鉱石を取り出して飲み込んだ。体は火を吹き出しながら巨大化し、やがて人の二倍ほどのサイズのトカゲ人間に大成した。
「これが我々の不死鳥研究によって得られた成果だ、存分に革命の炎を味わい給え!」
「あなた達、下がってです!」
トカゲ男は火を噴きだしてくるが、セイビアの指示によって回避した。が——。
「もう一人を忘れてもらっては困りますよ!」
背後にも炎を纏っている人間の二倍ほど大きな猟犬が襲ってくる。
『獅子奮迅』‼
莽薙は咄嗟の判断で抜刀。猟犬の攻撃を退けた。初めて見る莽薙の攻撃にセイビアやランド達も呆気に取られていた。そこでセイビアは勇気を出して提案してみる。
「……不躾ながら、そっちの猟犬任せても良いです?」
「ああ、手懐けるのは慣れてる」
そう言ってセイビアは笑顔で莽薙達に背後を預け、莽薙達はセイビアに背後を預ける。正に王国の運命はこの炎に委ねられた。




