第三十五話 人への謀反
都合のいい願望と贖罪は一体どれ程の生物を懲らしめて救ってきたのだろうか。どちらも一方的な押し付けであり、救われた生物は押し付けた側の生物が多数だろう。それでも願いながらも贖罪を繰り返す哀れで外道、自己中心的で非力な物には容赦なく、強者に対抗できないと分かると直ぐに平和を求め始める。仁義や正義、道徳を厚かましく唱えるが、裏を返せば自分が過ごしやすくしたいだけ。そんな物が『人』である。そんな生物は
『消えて然るべき存在だ』
そう思う集団が時計塔の地下に巣を作っている。人工物の地下というのはなんとも皮肉な話だ。その居場所をロメリア達が掴んだのが三日前。集団が各地の工場を爆破して周り、都市のエネルギーが枯渇しかけたのが二日前から昨日にかけて。ロメリア達の行動ターンが回ってきたのは今日である。
「都市の状況は?」
「はい、都市の四割がエネルギー不足で稼働できておらず、住民は最南端の大都市エファニアンへの避難を誘導。オーディオ・オーダーの逆探知によって敵組織は時計塔の地下。参加勢力の騎士団の数名と外部の謎の勢力を確認しております。」
「その情報は露呈してないでしょうね?」
「その後もオーディオ・オーダーにて通常の通信が記録されていますので、露呈の心配はまずしなくてよい物かと」
一同の紅茶を啜る間により、空白の時間が生まれる。人間の本性を隠すかのように覆われた町の風貌が、どこか訴えかけてくるものがある。「一体いつまで続くのか」と不安を与えてくる物もあれば、「綺麗な晴天が見てみたい」と少年心を擽る物もある。
「じゃあ、この計画でいい?」
「ええ、私は問題ありませんが……ソフィアさんは?」
「え、何、私は行くなって?」
鋭い目がギロッと睨みつける。ジェットは宥めようと必死に言葉を探しながら口を開けている。
「……私の恩人を迎えに行かないことは出来ない。それだけ」
「左様ですか、ならばお二人とも準備ができたら——」
「何言ってんの、私達はもう準備できてるよ?」
「……なるほど、用意周到ですね」
ジェットは席を立って紅茶を完飲し、勇ましい背中をロメリア達に向ける。
「では、私についてきてください。先陣は我々騎士団が勤めます」
騎士団は朝霧の中でガスマスクを着用して前進する。濃い霧の中に紛れながら進むその姿は正に死神そのものである。時計塔の地下の入り口は時計塔から少し離れた建物に備え付けてある歯車の隣。誰もが修理の為の入り口にしか思わない錆びた扉。ゆっくりと開錠し、ジェットの合図で一気に突入する。気づいていたテロリストは臨戦態勢。用意周到ということもあって、互角の戦闘が行われる。だが、質の方では勿論騎士団の上に出るものは無い。
「アクション・ロケット!」
ロメリアのアクション・アーマーは背負う形で、そこから二つのアームが伸びている装置。若干重量に難はあるが、照明も相まってこの薄暗い戦闘地域でも縦横無尽に戦闘ができる。
攻撃パターンは多種多様で、ロケットパンチから電気ショック、火炎放射器までの役割を担う事ができる戦闘援助型の装置である。
一方でソフィアはロメリアの使っていた「オペレートウォッチ」を使って、ロマの剣を自由自在に操り、自身は全く動かず敵を淘汰していく。
「燃え行く我が道》!」
そこを一人で斬り進んでいくのは騎士団長のジェット。後ろには後輩のアクセルが助太刀としてついていく。斬り進んむジェット、なぎ倒すロメリア、それぞれの援護をするソフィアとアクセルの連携によって、テロリストは淘汰されていく。
「焦げ臭い匂い、研究所では火気厳禁ですよ?」
「……ソーレンか」
副団長だった彼が団長に対して真顔で迎える。いつもの事ではあるが、まさかこんなことになるとはジェットですら思って無かった。
「ソーレン、どうしてお前がそっちに居るかは知らないが、こっちに戻ってこい。間違っても刃をこっちに向けるんじゃないぞ…。俺はお前を反逆者にしたくない」
「……団長、そう言う所ですよ。貴方は全て自分でやりのけてしまう。部下が居るのに頼ろうともせず、部下から仕事を取り上げる。私はそれが気に食わない」
「君たちを楽させてあげたじゃないか…‼」
「国を思って仕事してるのは団長だけじゃない。僕らももっと責任感を持ちたかった。それなのに研究者も、女王陛下も、団長も一人で背負いこんで『自分は国の英雄』と言って持っている責任と言う物で評価する。お前らは町に一度も降りたこともないのに、知った気になりやがって——」
「何が言いたい、仕事の量の話か?」
「違う……仕事は自分の保身の為、出世の為、見栄を張る為の物じゃないって言ってんだ‼」
ソーレンの垂れた前髪が顔にかかってしまい、表情は隠れてしまった。後ろではロメリア達の健闘する声が聞こえる。ジェットはソーレンを説得ができないと感じて身構えた。
「街の住人はみんな苦しんでいる。朝は碌に外出できず、見慣れぬ機械に怯え、機械の劣化や操作ミス、相性の問題で死亡することもある。機械の進出で賃金も上がることは無く、物価は上がり続けて貧困層が多くいる。その貧困層は金銭的な面で技術の受用ができずに朝霧で死んでいく。お前らが全て悪いんだ……お前らが全部悪いんだ‼」
そんなのは場違いな意見だ。科学者も国王も研究者で、国民の生活水準を高めようと努力している。政治の問題を持ち出すなら政界にでも出ればいい。
「国の為に何も見えない霧の奥へ進む勇者は当然『英雄』だ。いつだって失敗と頓挫が襲い掛かってくる。それでもやめないのは『全人類の神への挑戦』だからだ。そんな挑戦者の邪魔をして何が『技術者が悪い』だ。程々にしろ…‼」
「団長……貴方は『人類の英雄』かもしれないが、私は『国民の英雄』だ。お互いの正義を示すのに人間はいつも『犠牲』をつけるよな……」
剣先が触れ合う前に勝負はついていた。
「団長…‼」
駆けつけたアクセルが副団長の下腹部に剣を突き刺している。ジェットもソーレンも啞然としていた。
「…ご無事でしたか、先に進みましょう。こんな所で止まってられません‼」
「……」
アクセルの言うとおりだ。我々の目的は要人救護と報復。こんな事には時間をかけられないはず。進まなければならない。
「……ソーレン、じゃあな」
出血を抑えるソーレンは情けない表情のまま地面に座り込む。アクセルがソーレンの剣を投げ捨てて武装解除を施し、そのまま二人は先に進んでいく。
「……愚か」
そう呟いたソーレンの声も聞こえる気配は無かった。先に進むと大きく開けた空間に出た。そこにはよく見る人物がいた。
「騎士団長、御機嫌よう」
騎士団の成立当初、その時の騎士団は全く持って人望は無かった。それでもジェット、ソーレン、オーロラ、ネクサの四人で町を守ってきたつもりだ。街の治安を守り、国王にも認められてきた。その過程で規模も大きくなった。だが、騎士団の願望は大きくはならなかったのだと感じる。
「……オーロラ、お前もか…」
「町を守る」と言う純粋な願望を、「国と王を守る」と言う大きな願望に昇華出来なかった。所詮は民間人の有志連合。少々彼等の存在を確立させるのに急ぎすぎたのかもしれない。
「団長、ここにはもう何もありませんよ」
「……撤退が完了したか」
「団長、ご指示を」
アクセルが臨戦態勢の構えを崩さない。それを抑えてから手を差し出す。この手の意味は彼女には分かるはず。
「武装解除ですか……。構いませんよ」
オーロラが胸元の勾玉のネックレスを引き渡し、腰の剣も床に置く。完全なる武装解除でアクセルがオーロラを拘束。そのまま連行した。
ジェットが奥へと進むと、奥から走ってくる人影が見える。撤退したというのは噓なのだろうか…。とにかく身構える。
「も、もう、大丈夫だから…」
「そんなことない、足も覚束ないじゃないか‼」
奥から現れたのは失踪していた御伽達。予想外の展開にジェットも身構えた体の緊張が解けない。
「……御伽様でしょうか」
「そうです。ソフィア達は何処に居ますか?」
「……後ろの方だ。君は一体どうやってここまで来たんだ?」
「ロメリアに言われた通りに武器を取り出して、自力で脱出してきましたけど……」
おそらく守護神獣を持つ者が「魔法的な介入」によって「オペレートウォッチ」の役割を果たしたのだろう。ジェットはようやく理解が追い付き、この奥には何もないと考えて御伽達と引き返した。
道中ソーレンは見当たらず、入り口へと血痕が残っていた。菊水は二人の肩を借りながら前へと踏み出している。
ジェット達が外に出た時にはロメリアとソフィアが協議し、切り捨てた相手への懸命な処置が行なわれていた。こちらの存在に気付くとロメリアとソフィアは駆け寄る。
「だ、大丈夫!?心配したんだから……‼」
「計画性のない行動は慎みなさい」
「あれ、梔子姫は?」
赤城が今までにあった事を証言するが、彼らの目的は正直よくわからなかった。つまり身柄を捉えた彼らから聞き出さなければならない。一つ分かるのは「技術と王女に批判的な立場である」という事。そしてそれらを守るはずであった騎士団からの謀反。空気を読むことができない歯車が轟轟と鳴り響く。




