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僕らの愛しきユートピア  作者: モッツァレラ
ロメリアスチーム編
33/40

第三十三話 霧隠れの闇

 静寂を迎えた部屋の中に一人。寂しさを和らげるように窓を開けてみる。夜であってもギアが回る音、噴き出す煙は止まることは無い。聞いていると、人工物の声であるが故に一人ではない感じが寂しさを和らげてくれる。しかし、どうも胸の心配は消えそうに無かった。

「……ナギ君、ちょっといい?」

 ドアの外で話すのは花蓮。窓を開けたまま扉を開けてみる。花蓮は寝間着を着て柔らかい枕を抱きしめている。

「どうした、こんな夜遅くに——」

「……寂しい」

「……?」

「寂しいから……一緒に寝て」

 どうやら花蓮も同じ気持ちではあるようだ。勿論了承して、千々波を一人にしない為に隣の部屋へと足を運ぶ。お互いの傷を舐めあう晩になりそうだ。

 千々波は変わらない体勢で眠っている。呼吸も脈拍も異常はない。だが昏睡状態は丸一日続いている。不気味な雰囲気の中で、花蓮は莽薙から離れようとしなかった。一人用ベッドを二人で分け合い、昔の話に花を咲かせた。おどけて見せたりもしたが、雰囲気が変わる事は無かった。暫くの静寂の後、花蓮は悲しみに満ちた声を発する。

「……私、本当に何もできてないよね」

 繊細で弱弱しい声は、外のギアの音も煙の音もかき消した。

「非能力者で、武術もできないし、高天河原の時も、鳩海湾の時も、テミスリンブルクの時も、そして今も——、全部皆に任せてばっか。私ってお荷物だよね……」

 繊細さも弱弱しさも徐々に大きくなっていく。やがて花蓮の声は震え始める。

「……私、居ない方が良かったよねぇ——、私、いらないよね……」

 ボタボタと枕に涙を落とす声が背中から聞こえる。そこまで彼女に背負わせていたことを実感した。今まで自分は赤城や梔子姫と競争して、この仲間の長として自分を錬磨してきた。千々波はそれを裏からサポートしてくれた。だが、それに追いついて行けずに置いていかれた人間については見てこなかった。取り残された人間は自分を責める事しかできない。

「確かに、君は僕らよりも劣っている部分があるよ。だけど、価値観を他人に合わせる必要はない。君も優れている所はあるし、まだまだ見つかっていない魅力はあるさ」

「ど、どうかな……。私には何もできないよ………」

「いいんだよ、君ができることをすれば。やりたい事をすれば。僕には応援しかできないけどさ、やってみないと始まらないよ。まだ世界の半分しか来てないんだし。」

「いや、世界の半分も来てこれなのって…」

「逆に世界の半分まで来ている時点で凄い事だよ。…お互い褒め合い大会とかする?」

「いや、流石にいいよ……、疲れちゃった、もう寝ましょ」

「うん、おやすみ」

「おやすみ…」

 莽薙は花蓮の方を見ていないので表情こそ分からなかったが、彼女の心の支えにはなったであろうと思った。そのまま花蓮に背を向けたまま目を閉じて、今度こそ眠りに付こうと意気込む。

しかし、花蓮は莽薙の言動に反して素っ気ない態度が気に食わなかった。莽薙の方を見てもこちらを気にする素振りはない。花蓮は少し残念に思いながらも、全身を莽薙の背中に密着させる。

「いぇ⁉」

 莽薙は突然の出来事に驚き、瞑った目を大きく開けた。

「……ナギ君、貴方だけは先に消えないでね」

「ああ、約束するよ」

「……ありがとう」

「おう……」

 花蓮は体勢を戻そうとしない。莽薙は寝返りがうてないので、抵抗して元の体制に戻ろうとする。が、人肌の心地よい温度と柔らかさが莽薙の心に安らぎを与える。その内に莽薙は深い眠りに落ちてしまった。どんなに豊かでも、健康的でも、強くても、結局のところ人間は人間無しでは生きていけないのだろう。

 そんな夜も、見方を変えれば地獄にもなる。夜も霧も濃くなってき、辺りは完全に静まり返っている。心理的にも不愉快な街並みは、深夜を過ごす物にとっては害悪。その人達にとってこの時間には光が必要だ。あるに一軒を除いては——。

「出力上昇、冷却処置(クールダウン)します」

 大きな装置の筒の中から白虹の光が漏れ出て、周囲の人間を照らし始める。

融合臨界点フージョンクティーライン、三十ポイント上昇」

「これでもダメか……。ロドメチル含有量はどうだ?」

「以前、変化なし。ですが——。」

「なんだ?」

「……全く変化がないということは、消耗していないと言う事では無いでしょうか…?」

「なるほどな、興味深いなぁ」

 装置の稼働音も、排気音も消えて静謐が現れる。その中でカツカツと革靴の音だけが響き渡る。その革靴が向かったのは、実験体とその同伴者のいる場所。マイクを握り静謐を破って話しかける。

「不死鳥、我が人類の大いなる神よ。いかがお過ごしでしょうか」

 梔子姫は既に半分が不死鳥の姿となっている。背中にはぬばたまの翼。鱗のように逆立つ羽。彼女は他人に辱しめを受けているように、両腕で自分の姿を隠そうと必死である。そんな彼女が流す涙の透明度でさえ神聖さを感じえる。

「……騙したのね、私を…、この私を!」

 彼女が怒りで放つ豪華でさえ我々には届かない。全てが装置へと掃除機のように吸われていいき、ロドメチルに分解されていく。正にこの大きな一部屋は不死鳥の鳥籠である。

「素晴らしい、貴方様の神の力、もっとくださいませ」

「……赤城は、無事なのですよね…?」

「ええ、貴方が賢明な努力を続けてくれるのであれば、身の安全は保障しましょう」

 梔子姫の不死鳥化は加速する。次第に息も荒くなっており、目つきも変わってきた。だが目前と迫った夢と言う眩い光が我々を照らす限り止まれない。

「準備はできました……実験は続けますか?」

「…国賓を拉致する時点で我々の停止線は過ぎた。実験を続けるぞ。負荷を上げろ。」

「承知しました」

 奥から重い足音を響かせて向かってくる人物が居る。不死鳥の呻吟(しんぎん)する声もその音でかき消された。装置の稼働音と排気音も再開し、誰も不死鳥を人間や神として見なくなった。

「どうでしょう、実験はうまくいってますか?」

「まぁ、及第点ですね。王女や団長、他の方々の様子は?」

「不信感を得てきています。今夜も言われたことはしましたが、ソーレン副団長の情報だと団長は気づいている様子だとか——」

 全く手の抜けない男だ。騎士団長は今頃自身の自責を行っているのだろうか。どちらにしろ関係ない。

「……明日には完成させよう。明日は歴史を変える日になる。オーロラは休め」

「……ランド元団長も、夜更かしは禁物ですよ?」

「ああ、分かっている。あいつにも連絡しておけ、オーディオ・オーダー094番だ」

「わかりました」

 近くの箱のダイヤルを0、9、4と合わせてからヘッドホンをつける。『オーディオ・オーダー』はこの国の秘密信号として政府関連相当施設に設置が許されている。この無線は誰にも傍受されない特殊な信号である。指定されたダイヤルに合わせた後、聞こえてきたリズムと同じようにボタンを押す事でその場で無線もしくは録音した音声を相手に届けることができる。

「はい、はい、その通りです。明日です。はい。お願いします。」

 二人は強い眼差しで見つめ合い、敬礼をかわした。

「全ては人類の為に」

「この世界に生きるすべての為に‼」

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