第三十一話 濃霧の夢
濃霧が街を覆い、朝日が遮光されて、今や前も後ろも左右も見えたりしない。見えない前に目を凝らし、その先に何があるかもわからないまま恐る恐る足を運んでいく。やがて見えてきた光へと誘われる様に歩いて行く。
そこに焼けつくような鉄の匂い。刺された相手すら分からない。濃霧の先にはもう何も見えない。しかし、朧気ながらこのシルエットは——。
『キャアアアア!!』
この悲鳴は…、梔子姫、隣の部屋だ。赤城も目をこすりながらもドアへ向かっている。
バンッ
勢い良く扉を開ける。赤城も一緒に覗き込むが、寝起きで目が開かず、先が見にくい状態で廊下を覗き込んだ。辛うじて廊下の奥にあるロメリアの執務室の扉は見える。花蓮達の部屋の扉は空いている。
ドッバタバタッ
ロビーの方から階段を大きく躓くような音がし、その方向へ急いで向かう。やはり見にくいが、人影が建物から出る影は見えた。
「赤城、花蓮達を頼む。俺はあいつを追う!」
「おい、外はあぶねぇ——、って聞かねぇな……」
外に飛び出すと濃霧で一寸先も見えない。とにかく人影が向かった左の方へとひたすらに走る。人影も建物も見えなくなり、何もない夢の中にいるような感覚に陥る。思わず恐怖で足を止め、来た方向を振り返る。
「……逃げられた、戻らなきゃ」
殺気。右から人影が現れる。とにかく一歩避けて抜刀する。
「お前か、襲ってきたのは…!」
無言の人影は西洋剣を無心に振ってくる。視界も悪く、今ここがどこなのかもわからない。帰れそうにもないので、霧が晴れるまでこれを続けなければならない。
え、霧が晴れんのっていつ⁉
ガシッ
「しまッ…!?」
後ろから口と鼻を抑えられ、左手の腕を掴まれる。腕と胸、足取りが女性だ。もしあの人影と同じ仲間だったら……。
「ンンッ‼ン、ンンンッ‼」
「静かにしろ、死にてえのか‼」
この声、聞いたことある。口調は全く身に覚えはないが、彼女である。彼女はそのまま近くの光の差す建物へと運ぶ。
「…ったく、あいつは教えなかったのかよ、朝が危険だって……」
頭を掻くシルエットは昨日見た。シルクハットは着けてないが、その後ろ姿は見ればわかる。出るなと言っていた本人である——
「ロメリア……か?」
振り返った彼女はロメリアだった。しかし反応も表情も雰囲気も、見知った彼女ではない。
「そう言うお前は……何だっけ、アカギだっけな」
「莽薙、です……」
「ああ、そっちか。まあどっちでもいいがな」
そう言って部屋の奥へと歩みを進める。莽薙も急いでついていく。
「ロメリア……なんだよな?」
「半分正解だな、半分不正解」
そう言って扉を開けて紙を破ってペンを取り始める。
「悪いが部屋を出てくれないか、すぐ戻るから」
「ああ……はい」
結局彼女は何だったのだろう。あの時襲ってきたのは誰だろう。それに花蓮達を襲ったのは——。もしかしてロメリア?
ドゴッ
「イテッ…」
「はーい、お待たせしましたー‼」
これは昨日会ったロメリアに相違ない。じゃあ、さっきのはロメリアではない。益々意味が分からなくなる。というか、扉はもう少し優しく開けられないだろうか。
「莽薙君、混乱しているようだねぇ……。はぁ…教えなきゃいけないかぁ……」
そう言ってロメリアは部屋を締め切り、換気扇をつけて窓際の席へと誘導した。莽薙はそのまま腰を掛け、紅茶を淹れる。
「さあどうぞ、迷える子羊さんは霧が明けるまでここでゆっくりしてね!」
「そ、それよりも……」
「だよねー、知りたいよね~」
ロメリアが紅茶を啜るので、自分も外を見ながら紅茶を啜る事にした。
「私はね、『二重人格者』なの。あれは裏のロメリア。ウラメリアちゃんね」
「え、二重人格って……」
「寝る時間も研究したいと思ってたら、ある日突然書置きがあって研究が進んでた事が始まりね。なんとも不思議な話だから私だけの秘密だったけど——」
「……そんなこともあるんですね。ウラメリアちゃんとはどうやってコミュニケーションを…?」
「さっき言った様に紙にメモを書いて置いてもらってる。私もメモを置いてあなた達が来た事を伝えたのよ?」
「僕はそれを知ったウラメリアちゃんに助けてもらったと」
「その通りだよ、吞み込みが早いねぇ…。『何かあったらよろしくぅ‼』って書いてて、そしたらさっきの紙には『ちゃんと濃霧の危険さ教えとけ』って怒られちゃった」
紅茶はすっかり無くなった。同時に霧も大分晴れてきた。日差しが空のティーカップを反射させる。
「最後に、さっき言われた様に濃霧の危険さを教えるよ。実は最近、この濃霧の中で『殺人事件』が横行してるのよ」
「そんな物騒な話——」
「濃霧だから誰がしたかもわからない。ウラメリアと一緒に捜索してるけど、中々ねぇ…」
残念そうな顔をしてロメリアはパーマの髪をクルクルと回している。暫くして何もない所からシルクハットを出現させて、それを被って手を伸ばす。
「さぁ、外は晴れたよ。一緒に戻りましょ‼」
そのまま腕を引かれるまま宮殿へと帰っていく。外は嘘のような快晴が広がっている。っていうか、さっきのシルクハットはどうやって取り出したんだ?
悲鳴のあった花蓮達の部屋へ、ロメリアと一緒に入る。
「ナギ君遅い‼」
「すっごーい怖かった……」
「近すぎると刀が抜けないってのに……こいつらは……」
梔子姫と花蓮が赤城の近くで縮こまっている。どうやら実害はあったようだ。
「朝から騒がしいわね、何の騒ぎ?」
向かいの部屋からソフィアが起きてくる。この部屋の惨状を見て粗方推測は立った様子。顎の手を当てながら部屋を見渡している。
「……莽薙のみならず、赤城までもがいい趣味しているのね」
『違うだろ‼』
ソフィアとロメリアに何があったかを話す事にし、花蓮達と当時の状況をすり合わせていく。しかし、一つの忘れていることがあった。
「そう言えばナミみんは?」
「え、まだ寝てるけど…」
寝ていたら悪いので恐る恐る千々波の様子を確認する。
うっううッ…
「風邪……ひいているのか…?」
千々波は苦しそうに魘されている。今まで梔子姫と千々波は風邪なんてひいたことない。とは言え少ない日数ではあるので、たまにある風邪だろう。
その様子を見てロメリアは腕に付けた腕時計のような物の数あるボタンの一つを押す。するとその背後から老いた執事が現れる。ロメリアは千々波の看病するように伝えて、全員でロメリアの研究所へ向かった。向かうと言っても向かいの建物だが。
「ようこそ、世界の最先端へ‼」
研究室の中は多くのフラスコに謎の大きな機械から小柄な物、設計図や開発したものが至る所に散乱している。
「……えっと、何から説明しようかなぁ」
「来る時に帽子を取り出したのは、どうやってやったの?」
「ああ、これの事?」
そう言って帽子を何もない空間から消えて再度出現する。それを見てみんなが拍手喝采。ロメリアは勢いのまま帽子を取って会釈した。
「へへへっ、これはねぇ……、手元で帽子を分解させて再び作っているの」
「……?」
「君達、この世界では『守護神獣』ってのが居ることは知ってるよね。ほら、梔子姫の不死鳥だってそうだし、ソフィアの『事実と真実の心眼』もそうだよね。それを研究して、構造を明確化。そのまま実用化にこぎ着けたって訳。魔法でやる方法もあるけどね。」
ロメリアは手元に資料を生成する。その資料を手渡してきたが、良く分からない。
「この空気中には今も私が見つけた『ロドメチル』と呼ばれる小さな物質が漂っている。その物質が解体と記憶、創造をしている。だけど何もしなかったら当然何も生成されない。そこで必要になるのが——『不確定要素』」
「……へ?」
「所謂『想像力』、具現化する『創造力』、それと『強い感情』…かな。」
「え、帽子出すたびに『強い感情』を抱いてるの?」
「そんなわけないでしょwwwwwww」
ロメリアは腹を抱えて大笑いをし、少し間を開けてしっかり息を整えてから解説する。
「『強い感情』ってのはあくまでも『不確定要素』。構成する三要素はあくまで『それぞれの役割を実行するエネルギー源』であって、存在しなくても使用はできるのさ。」
「……?????」
「簡単に説明すると、『想像力』は物質の外見的リアルさ。『強い感情』は再現時の速さや威力。『創造力』はこの世界に再現する大きさや質量を決める役割がある。」
「なるほど、出現させるだけでいいから『強い感情』はいらないと…」
「そう、兵器用じゃないからね。技を出すときにその技名を言わなきゃいけないのは『強い感情』と『想像力』に関係してんじゃないかなぁ…?とにかくこの『オペレートウォッチ』は『創造力』の援助をしているのよ‼」
ロメリアは腕に付けている装置を見せながら近寄る。話がひと段落した所で資料を取り上げて消失させてみせた。
「す、すげぇ……」
『何たって、ロメリアの技術力は世界一なんだから‼』
人差し指を突き出して、自信満々のドヤ顔を披露している。それに圧倒されて再び拍手。
「私は非能力者だからわからないけど、訓練すれば意外と簡単にできるかもね。ロドメチルのイメージができなきゃ難しいかもしれないどね……」
「あの……不死鳥の話は……?」
ロメリアは思い出したように資料を取り寄せる。
「そうだったね、じゃあ本題に入ろっか」




