第二十九話 宗教改革
「……いやぁ、親に対して容赦がないよな、ソフィアは」
アメデオが柵越しにソフィアに語り掛けている。
「娘を残してスパイに行ったあなたの方が容赦ないでしょ、それに司法は平等であるべきだから父と言えど差別できないわ。」
ソフィアはただただ父親を見つめるが、アメデオは目線を合わせようとはしなかった。
「……これから忙しくなるな、大審院は」
「私は辞任したから関係ないわね」
「……ソフィアは一つ見落としているようだね」
「……え?」
「まあ、次期に分かるさ」
こうなると父はとの会話は面倒になる。回りくどい事しか言わないからだ。
「……これから大審院は信用と信仰を集めなきゃいけない。法律は罰則が存在すると認知されて初めて効力を発揮する。もはや法律も一つの宗教のような物よね……」
「……『事実』に基づいて過去と現在を裁いた大審院なら、きっとうまくやってくれるさ」
こうやって一週間に二回、父親に会いに行く。毎回私の将来の話をして、大審院の話をして、アルテミス一世についての話もする。父は私に何を願っているのかすら分からない。
「ソフィア、お帰り」
「ただいま、それで、テミスリンブルク図書館に行くのだっけ?」
梔子姫は首を縦に振る。両手にレモンティーを持ってソフィアに一つ与える。
「…不死鳥についてもっと知らなきゃね」
「勤勉なのはいい事。私もよくあそこで勉強していたわ」
砂漠のように乾ききった喉にレモンティーを流し込む。この時の快楽は誰もが知っているはずだ。
「ソフィアさん、失礼するよ」
「あら、クロヴィル。今日は大審院じゃなかったの?」
クロヴィルは私の後に大司教として大審院を導いた。不完全な大審院を率いるのはさぞかし難しいだろう。そう言えばクロヴィルの出身地は……。
「ソフィア・アルテミシア、大審院命令により『法皇』に任じる」
ブフォオオオ
「え、は?」
レモンティーが口から勢い良く出てから全員の動きが止まる。ボタボタと落ちるレモンティーが床に広がって行き、水面に水滴で波紋が浸透していく。
「私は裁審長官代理を辞任して役職はないけど、や、役職がないと『法皇』には……」
「いいや、同時に大審院より『大聖人』と言う役職を当てられていますので。『ソフィアさんを法皇に』という声が高かったので、新たに作られた役職です」
開いた口が塞がらない。ソフィアはカップの中のレモンティーを全て零してしまう。
「それに『ルネのティアラ』、『ロマの剣』の所有権は未だにソフィアさんですよね…?」
ソフィアは所有権の放棄をせずに裁審長官代理を辞任。アヤメーニュ大聖堂に保管してあっても所有権はソフィアのまま。その二つの所有権を持っている者は指導者であるのだ。
「……して、してやられたぁ…」
ソフィアは額を抑える。しかし大審院には思う事もある。それにアルテミス一世の尻拭いはまだ終わってない。
「私は天才でも神でもない、ただひたすらに自分を守るために努力しただけ……」
「そんなことない、その努力でみんな助けられたのは間違いない‼」
後ろにから莽薙の声が聞こえる。全く、私に対して批判するなんていい趣味ね。
「強引なのね……。いいわ、好きにして」
クロヴィルは笑顔になるとそのままアヤメーニュ大聖堂へと引き返した。ソフィアは額を抑えながら姿勢を崩さない。
「……それで、テミスリンブルク図書館ね、時間がなくなっちゃったからさっさと行きましょう」
世界の叡智の結晶、テミスリンブルク図書館。アヤメーニュ大聖堂に並んで宮殿のような大きな建物。中には世界各地の資料が並べられている。ソフィアは慣れた手付きで不死鳥に関係する資料を手に取り始め、梔子姫はそれを見て回る。ある程度ソフィアが本を置くと、ソフィアも読解に力を注いだ。
分かったキーワードは「不死鳥は周期的に現れる」「香宮彌姫の守護神獣」「蓬仙と言う場所が発祥」「死ぬことは無いが、記憶は消えていく」…など
「……妙ね、こんなに資料があること自体が」
「そうかな、私はそう感じないけど。死なないならこんだけ資料があっても…」
「貴方、最古の記憶はいつ頃の記憶?」
「……数十年前に高天河原の洞窟で昼寝をしていた記憶かしら」
「こんな資料、数十年は一緒に居ないと書けないわよね」
出現位置も時代もバラバラ。なのに各地で同時期に伝説が存在している場所も存在する。逆に高天河原では五百年ごとに不死鳥が復活するらしいが、テミスリンブルクにはそれを証明する書籍は存在しない。まさに「誰かが強引に加えた設定」のような違和感。点と線が繋がっていそうで繋がらない。
「……私の…考えすぎかな」
「きっとそうだよ、不死鳥は何するか分からないし…」
才気煥発とは自分では思わないが、どうも知識が多く記憶していれば考えてしまう事も多い。きっとその弊害だろう。
「…そう、クロヴィルの出身地は近くのローシャング王国なのだけど」
ソフィアは近くの地図の本を開いて指をさす。そこには孤島が描かれている。
「ローシャング王国は世界最先端の技術大国。私の親友がそこにいるから彼女にも聞いてみるのはいいかも知れない。私と同じように頭脳明晰だし、私の感じる違和感も何かわかるかもしれない。」
「……ローシャング王国、いいですね、そうしましょう‼」
ソフィアは地図の本を閉ざしてため息を漏らす。
「タイミング良く誰かが『法皇』になるらしいから、その挨拶で一緒に行こうかしらね」
「是非とも、そうしましょ‼」
数日後、ソフィアの戴冠式が行われ、『法皇・アルテミス二世』の誕生が正式に祝われた。莽薙達が気まずそうにしていたが、ソフィアは親友として「ソフィア」の名を使う事を許可した。クロヴィルはソフィアを法皇に強引に仕立てたので「ソフィア」の名を使うのは許されなかった。それがせめてもの彼女の抵抗とも言えよう。
ソフィアが住まいをアヤメーニュ大聖堂に移す関係で引越しをして、法皇就任の祝電、式典、祭事。改革の為の政治、法整備の論議。それらで忙しく、ローシャング王国へ中々行くタイミングが見つからなかった。だが結局日にちを確保していくことができる事になった。実に戴冠から一ヶ月後の事だった。
「あれよ、あれが迎え」
「え、あ、あれ…?」
大きな飛行船が晴天の海を航海している。その飛行船次第に大きくなり、やがて目の前で着陸する。ソフィアの親友で頭脳明晰ともなれば、ソフィアと同じように静かな人なのだろうか。
「ソフィアーーー‼久しぶりーーーーー‼」
全くそんなことなかった。シルクハットにリボンをつけ、ブラウンのドレスに身を包むいかにも発明家と言わんばかりの格好。走る度に何かしらカラカラと音がする。
「ええ、久しぶり。元気にしてた?」
「もう元気すぎて新たな発見しまくりだよ‼」
そして莽薙達の方を向く。
「あれが手紙で言ってた…」
「そう、莽薙、花蓮、梔子姫、兼通、千々波だよ」
「初めまして、ソフィアの親友でローシャング王国王女『ロメリア・ブラウン』です‼」
よりによって王女様かよ、なんか位の高い人物にしか関わってない。誰かが運命をいじっているのか…?
「御伽莽薙です、よろしくお願いします」
二人のめが大きく開き、莽薙を見て動かない。二人だけじゃなく、ソフィアの側近やクロヴィルまでもが止まっている。まるで莽薙がメデューサのような情景である。
「……御伽って、あの…御伽?」
「…どの御伽かは知りませんけど……」
「貴方の父親の名前は…?」
「御伽莽鐘です……」
『ええええええ!?』
何故か千々波も驚いている。お前は知っているだろ。
「な、なんで先言わないのよ、なんか色んな無礼働いちゃったような……」
ソフィアはもじもじしながら額を抑えている。
「会えて光栄です御伽様‼ローシャング王国へ是非ともお越しください‼」
「いや、お越ししますよ」
「え、もう、どうお呼びしたら……」
「貴方が『ソフィア』と呼んで良いと言ってくれる間は『莽薙』とでも『ナギ君』とでも」
粗方彼女らの熱狂が冷めてきた所で飛行船へ乗り込む。やはり親の威光は凄まじいものだ。世界の遠くでも知っている人がいるとは。雲をかぎ分けて進む飛行船は洋上に出て一つの大きな島を臨むことになる。しかし、誰一人としてこれから起こる事に霧がかかって見えていない。霧が晴れるまでに命運を分けるのは一人の女性の存在だった。
叡智の審判編 完




