第二十八話 叡智の審判
審判の日は来た。
今までの罪を数えよ。
「な、何が起きている……」
ボロスの騎士団は混乱に対処している。聖騎士の一部が反旗を翻し、その規模は拡大している。やむを得ずソフィアから盗んだ『ロマの剣』を騎士に見せびらかし、勝利するのは我々だと鼓舞した。しかし止まらない。テミスリンブルクは完全にレアンダムの支配を脱した。
「ボロス騎士団長、もうしまいですな…」
「な、何を言っているのですか大司教‼」
「状況を把握できない者は時代に取り残されますよ、騎士団長」
アメデオはポケットから懐中時計を取り出して針を見つめる。
「……そろそろ、外を見ては如何かな?」
ボロスは急いでレアン聖堂の窓から外を覗き込む。
「あ、あれは…‼」
黄金に輝くティアラ、白銀を飾る剣。それを持つ白髪の女性が馬車で凱旋している。その荘厳さは誰もが「ルネのティアラ」「ロマの剣」を手にした「法皇」のようにも見えるだろう。
「そ、ソフィア…どうして……」
「…君はその『ロマの剣』はソフィアを殺して奪ったと言ったね。これは一体どんな状況かな?」
他の大司教四名が陰から顔を覗かせる。
「お、お許しを…お許しを‼」
「……異端者を懲らしめてきたのは君じゃないか、異端者は排除するのでは?」
アメデオはボロスの前に立ってナイフを差し出す。
「最後ぐらい責任を取りなさい」
ボロスは何にも言う事が出来なかった。凱歌の音は徐々に大きくなる。それと同時に心臓の鼓動も呼吸も早くなっていく。
「……自害はしない、私はレアンダムの為に……‼」
そう言ってボロスは大司教の前から消える。アメデオは呆れた表情のまま残りの大司教に顔を向ける。
「審判の時のようです、無駄な抵抗はよしましょう」
大司教は全員が顔を縦に振る。そして影に消えていく。
「ソフィアああああぁぁぁ!」
前方からボロスと残りの側近が出てくる。ソフィアは馬車を止め、彼らの言い分を聞く。
「『ルネのティアラ』、『ロマの剣』は我々レアンダムが所持している!」
「そんなに小さい『ロマの剣』、それが正当なものだとでも?」
ボロスは何も言い返すことができない。そこでソフィアは彼に追撃する。
「我が名は『ソフィア・アルテミシア』。アルテミス一世の末裔にして、『ルネのティアラ』『ロマの剣』を継承する聖人なり」
実は『ルネのティアラ』も『ロマの剣』も偽物で一から鋳造したものだった。素朴で小さなネックレスを誰が『ロマの剣』と思うだろうか。見たことない『ルネのティアラ』を誰が所持していると考えるだろう。『真実』は時に『事実』を超越して塗り替える。故に民衆を「騙した」訳ではなく、民衆の「想像した物を見せた」だけだ。
「う、噓だ、絶対にそんな事はない…」
今回のボロスのように『事実』を知る人もいるだろう。だが、大きく膨れた『真実』が現実になった時、『事実』だけでは太刀打ちできないのだ。
「…彼を捕縛せよ、異端審問にかける」
「クソぉ……」
ソフィアの凱旋はレアン聖堂に到着。そこで大司教や司教と言ったレアンダム派の重鎮を捕縛。そのままアヤメーニュ大聖堂に移送し、最後の審判を始める。勤勉で博識な彼女による『叡智の審判』である。
「テミスリンブルクにおける諸犯罪及び異端審問の裁判を開始する」
「諸犯罪に異端審問…、そんな証拠ないだろ…‼」
ボロスがそう叫ぶが、ソフィアは気にも止めずに裁判を開始。開始するとすぐに細いハチマキを目に強く縛り付ける。
『事実と真実の天眼』…
『開眼』
すると過去のレアンダム派による諸犯罪の映像が空中に出現する。投影された映像を見てレアンダム派は啞然とする。何故なら『事実』そのものだからだ。まさに神にしかなしえない所業である。
「これでも食らいやがれ!」
レアンダム派の騎士一人が自身の隠し持ったナイフをソフィアに向けて振りかぶる。だが、そのナイフはアメデオの蹴りによって手前に転がる。
「……娘の晴れ舞台なんだ、少し静かにしてくれ」
「アメデオ……貴様、もしや…」
「私はアヤメーニュ派のスパイ、『アメデオ・アルテミシア』。だが、君たちの犯罪にも加担したから罪は共に受けようじゃないか」
ボロスと他の大司教はその憎たらしいアメデオの顔を見て歯を食いしばる。その一方で映像が終了し、ソフィアは目隠しを外す。
「…レアンダム派の騎士、司教の諸犯罪は教典に反する物であり、大きな罪として禍根を残している。続いてレアンダム派の異端審問を開始する」
問われるのは「アルテミス一世の判決は正しかったか」。ソフィアは再び目を隠して投影を開始する。投影されたのは過去の映像、アルテミス一世の捜索中の姿。証拠品の統計資料を見つめている。そこに現れたのは当時のアヤメーニュ派の筆頭。映像が切り替わり、その男が「個人的な復讐の為に作成した虚偽の資料」であることを吐露している。アルテミス一世はそれを信じてしまった事が発端だった。
「…異端審問についてはレアンダム派、アヤメーニュ派の両派閥を異端とする」
この判決にアヤメーニュ派の一部からも批判が飛んできた。だが、ソフィアはさらに弁明する。
「武力を使って訴えたレアンダム。個人的な復讐を止められなかったアヤメーニュ。そして虚偽を見破れなかった大審院。各々が功罪を持っている。故に両派閥を異端として解散。大審院裁審長官代理の私が責任を持って辞任することとする。」
両派閥に沈黙が訪れ、次第に容認するようになっていった。アヤメーニュ大聖堂の前では判決について耳を澄ませている人々が多く居る。莽薙達は何かあった時の為にいつでも鯉口を切れる準備をしていた。
「判決、諸犯罪における罪によってレアンダム大司教、騎士団長は無期限懲役、司教は国外追放。裁審長官代理、レアンダム派のそれ以外の者は要職追放処分。アヤメーニュ派は解散とする。」
ざわつくレアンダム派の中で、アメデオだけが口角を終始上げていた。彼にとって祖先であるアルテミス一世の悔いを払拭した事と娘の晴れ姿を見られたのは、刑罰を執行される恐怖や娘を残してスパイをしていた期間が報われたように思えた。まさに歴史的で神秘的で華麗な叡智の審判である。大審院の裁定は絶対。ソフィアのガベルを打ち付ける木製の軽い音が大聖堂全体に二回響き渡る。その音に呼応して二百年ぶりに大聖堂の鐘がテミスリンブルクに響き渡る。その音色はあの一本木まで届いたとされる。




