第二十三話 ルネの聖冠
花蓮も赤城も起きてきたので、この一件は三人だけの秘密にした。早速ソフィアへの質問を始めていきたい。が、話し始めたのはソフィアだった。
「まあ、まずはこうなった経緯を知る必要があるわよね」
茶菓子とレモンティーを用意して髪を束ねたソフィアが話を始める。
「この地域は他とは違って国ではなく、宗教とその教典で生きてきた。」
古くからテミスリンブルクは「プロレテリック新教」訳して「新教」が普及していた。この新教の教典には「集団で生きる上で重要な決め事」を盛り込んで統治していた。ここで言う教典は「パクスト教典」と呼ばれる物らしい。
しかし、そんなテミスリンブルクで変革が起こった。「法皇・アルテミス一世」の就任である。「法を司る皇帝」と書いて「法皇」。彼女はアヤメーニュに大聖堂を建設し、大審院を設置。法皇中心の街を作ろうとした。
「テミスリンブルクの朝はアヤメーニュより始まる‼」
この号令の下に裁判と法律の合否を決める『裁審官』、法律を出して信者を引っ張る『司教』、すべてを決定する「法皇」による統治が行われた。誰もが平和な町に歓喜し、これが「司法都市」の語源となった。しかし……
「誤審を認めるな!」
「異端者、アルテミスを殺せ!」
アルテミス一世は村のお金を流用した一人の男をテミスリンブルクから追放した。しかし、彼にそんな事実は存在しなかった為、彼の故郷レアンダムは酷くご立腹。アルテミス一世は何者かによって毒殺。法皇はそれ以降二度と出てくることは無かった。彼女の最後の言葉は——。
「私は神ではない、故に不完全である。次なる聖人に地位を譲る」
アヤメーニュとレアンダムは和解し、アヤメーニュ派の象徴である「ルネのティアラ」とレアンダム派の象徴である「ロマの剣」をお互いが交換し、一人の人間に信託して指導者を決めることになった。しかし、そんなことも上手くいかない。
「大審院をレアン聖堂へ移動せよ!」
「アヤメーニュ大聖堂でよい、経費もかかる」
大審院をアヤメーニュに置くか、レアンダムに置くかを論争。レアンダムはやがて独自に教典を改定し、聖騎士団を作ってテミスリンブルク中心部を占拠。アヤメーニュは自警団により徹底抗戦。アヤメーニュ派は古くからの教えを保とうとする傾向が強いので聖騎士団は持てない。故に義勇隊という事で問題ない事にしてる。勿論正規ではないので、レアンダムに太刀打ちできるかは分からない。
「……大体把握できたかしら」
「もう少し分かりやすく……」
花蓮が申し訳なさそうに呟く。ソフィアが額を抑えて考え込む。
「アヤメーニュは教えには頑固だけど、信者には優しい。レアンダム派の象徴「ロマの剣」を持っている。レアンダムは教えに優しいけど、信者に厳しい。アヤメーニュ派の象徴「ルネのティアラ」を持っている……と言ったところかしら。これさえ分かれば何とかなるわね」
「……わっ…かりました」
あ、花蓮、考えるの放棄したな、これ。
「さて、質問はある?」
梔子姫が先に手を挙げる。
「なんで昨日は棺桶に入っていたのですか?」
「ああ、あれはレアンダムから脱出しようとしたのよ」
一同が前のめりになって、興味津々の様子。それはそうだ。誰もが童話的とも呼べる現象に遭遇している。そもそもなんで棺桶が浮くのかも気になる事だろう。
「……種明かしの時間のようね」
ソフィアはあえてレアンダムの聖騎士に捕まった。それは「ルネのティアラ」「聖冠」を探す為。アヤメーニュ派の中でそれなりの地位にあるソフィアはレアンダムで捕まっても「尋問」と言う時間によって死期を伸ばすことができる。さらにソフィアの動体視力は守護神獣によって人並ではない。その為簡単に死ななければ、相手の噓も見抜ける。都合のいい人材はほかに居なかった。
「それに他の理由もあるけど、それは個人的な話だから省略するわね」
「……聞きたかったけど、仕方ない」
棺桶は細工してあるものを予め用意していた。その棺桶を能力で見抜いて、自分が入るように順番を細工。レアンダム派の殺し方は死体を川に流す。一般的な土葬だと掘り起こされ、火葬だと教典に反する。川に流すのは例え生きていても後々沈むし、それを乗り越えても大海にでれば戻ってはこない。土葬以外の確実な殺し方。そこで私は薬で仮死状態となり、棺桶に入って流れて海で待つ仲間と合流する予定だった。
「え、でもレアンダム派って教典を重視しないんだよね、なんで火葬はダメなの?」
花蓮がなんとも鋭い質問を切り返す。これだから油断することはできない。さすがのソフィアも流石に驚いた様子である。
「…火葬の禁止は教典以上に日常に溶け込んだ文化。それを変えるのはさすがのレアンダム派でも拒絶反応がでたんじゃないかしらね」
全員が納得いった。全ての点が線で繋がり始める。
「で、結局その『ルネのティアラ』と『ロマの剣』は見つかったのか?」
赤城も質問に加わる。
「『ロマの剣』は存在する。ただ、『ルネのティアラ』は存在しないかもしれない…」
「……?」
「誰に聞いてもレアンダムの誰もティアラの場所は知らない。探しても見つからない。大司教、騎士団長とかの高官にも仕掛けてみたけど情報は無い。本の記載にも『アルテミス一世の戴冠』が最後の目撃情報。今存在するのかなんてわかるわけない。今はほんと資料からアルテミス一世を追う事しかできないわね……」
…ソフィアのメモに合った『ルネのティアラ』『聖冠』『アルテミス一世』のメモの意味がようやく分かった。レアンダムから命からがら逃げて、即日それを踏まえて自ら資料を漁っていたという事か。ソフィアの恐ろしさがヒシヒシと伝わってくる。彼女は『天才』でも『神様』でもない。今ある彼女の叡知とスキルは努力の結晶。『天才』と言えないならば、『天才』を超える『秀才』と言うべき逸材。人の中の神である。
「……莽薙、どうかしたの?」
……恐ろしい、それでいて変な顔一つしない。
「じゃあ、僕からも質問を…」
「どうぞ」
「これからどうするつもりなの…?」
ソフィアは深く考える。いつものように額を抑える。暫く揺れる茶の水面を眺めている。
「貴方たちの仲間を救出するのが先になりそうね……。」
「『ルネのティアラ』はどうするのさ…」
ソフィアは額を抑える事をやめてレモンティーを啜り、会話に一呼吸置く。息を吸い込んで香りを楽しんだ後にソフィアは決意した目つきで瞼を開ける。
「……『ルネのティアラ』は諦める」
「……え」
『ええええええ⁉』
「死ぬ気でレアンダムに行ったのに意味なしって事…!?」
「ええ、過去の自分には申し訳ないけど、見つからない可能性が高いのに人命救助を優先しないなんて飛んだ愚策よ」
「……自分たちだけで行って、ソフィアは『ルネのティアラ』を探しても……」
「私、あなた達と約束しちゃったからね。『ルネのティアラ』は誰とも約束してないから優先順位的にも最下位よ。ただの自己満足だし、ほかに作戦は打てるからね」
自己犠牲を惜しまないソフィアはひたすらに殊勝な人物である。誰も簡単にできる事ではない。
「……本当にいいのか?」
「…しつこいわよ、私はこれでいいの。どうせ『ルネのティアラ』が存在しないなんて言っても誰も信じないだろうし。」
「僕は仲間も大事だけど、ソフィアの言う『ルネのティアラ』の現物を見つけてあげたい」
「……そう、気持ちは嬉しいけども人命には代えられないわ。念の為はしておくけど…」
そう言ってソフィアは一通り話し終えると三階へと上がって行った。どうやらもう一度『聖冠』の情報を精査し、そこから作戦を練るらしい。




