第二十一話 アヤメーニュ
騎士の二人を前に捉えながら早歩きで過ぎていく。何かしら悪い事をしたかのように罪悪感を覚えながら、談笑する二人の騎士の横をそそくさと通過する。
「おい、まて」
一同の背筋が凍る。なんて不幸続きなのだろうか。
「もしかしてお前たち……」
固唾を飲み込む。鋼鉄の巨漢が肩で風を切り迫りくる。誰であっても彼らに圧倒される。ソフィアは軽く額を抑える。
「旅行者か…?」
瞬時にソフィアの額から手が離れていく。
「…ええ、そうなんです、遠く西の方から…」
「西から⁉それはたいそうな旅だな、ようこそテミスリンブルクへ」
「あ、ありがとうございます」
「もう夜は遅いから早く宿に戻った方がいいぞ」
「そうですか、では…」
おかしい、さっきまで二人だったはずの騎士。だけど今聞こえるのは一人だけ。ソフィアは嫌な予感がして悪寒がする。
コンッ…
肩にズッシリとした重いものが乗っかる。そこから溢れる冷気が悪寒をさらに加速させる。ソフィアは自分を平静に保つために額を軽く抑える。
「フードを脱いでみろ」
ここで逆らっても意味がない。今日は本当についてないみたいだわ。莽薙達には申し訳ないけど、ここで全てはお終いよ。神様ってこう言う時に助けてくれたりとかしないのかしら。こんなに目の前に困っている人がいるのに。
フードがはがされ、月光に照らされる白髪が姿を現す。首元の剣を横に微動だにしないソフィアはそのまま振り返る。赤く鋭い眼光が睨みつける。
「…お、お前は……どうしてここに…」
「どうしたのかしら、『死んだ人が帰ってきた』みたいに目を開けて。あら、よく見ると二重なのね」
騎士の素顔は鎧で全く見えないはず。なのにすらすらと表情を言い当てる。気味の悪さは全員が感じ取ったよう。
「……気味悪い真似して…」
鉄が肩から外れる。そのまま勢いよくソフィアへと振り下ろされる。しかし、ソフィアは勢いの付いた剣を前に動じる様子はない。そのまま剣は垂直に振り下ろされ、地面の砂埃を叩き上げる。だが、赤い血煙は上がらない。
「武力攻撃は許可得ているのでしょうか?私に出されている命令は捕縛ですよね?」
「関係ない、貴様を殺せば上の方もお認めになる……」
「私、貴方みたいな自己中心的な考えで命令を曲げる人嫌いなんですよ、帰ってくださる?」
「うるせえ!」
次々と太い西洋刀が振り下ろされるが、すべてをソフィアは避けきる。そのうちに騎士の方が息を切らし、剣が止まる。
「……それで、あなた達はどっちに肩を貸すの、優しい命令違反の騎士さんか、騎士さんに追われる身の私か」
啞然としている莽薙達に判断は委ねられる。一方は犯罪者、一方は命令違反。一見騎士に味方した方が良いと考えるが、莽薙は違った。
「ソフィアは……命令というかルールにはそこの騎士さんと違って従順なんだよね?」
「……ええ、そうね、そう思っているだけかもしれないけど」
「…じゃあ」
莽薙は話しかけてきた騎士へと蹴りを入れて、膝を崩させる。
「仲間を救うっていう『約束』にも従順なんだよね?」
ソフィアは額を抑える。その瞬間を見逃さずに騎士が再び立ち上がり、剣を振り回す。しかし、赤城が後ろから蹴飛ばして攻撃をさせずに地面に叩きつける。
「……どうなんだ?」
「…不気味な棺桶を引き上げただけあるわ、流石ね」
「………それって私達を褒めていんの?」
「ええ、その約束に私は縛られるわね、でも言ったでしょ『私の命令を聞いてね』って」
騎士達は急いで起き上がり、ソフィアを置いて莽薙達へ襲い掛かる。しかし、誰一人として一撃も入れられない。神琉王朝の経験が直ぐに役に立つとは思わなかった。剣を優先して攻撃し、相手の手元の力を奪い、剣を弾き飛ばす。即座に騎士二人の鎧は地面から離れることなく、無力化することに成功する。
「じゃあ殺さずに逃げましょう、貴方たちを犯罪者にしたくない」
「いや、でも攻撃を仕掛けてきたから、またいつやってくるかもわからないし…」
「過剰防衛よ、さっさと行きましょう。そんなことして騒ぎになるのはもっと嫌。」
ここはソフィアの命令に従って、足早にこの場所を後にした。というか、この旅始まってから走って逃げること多くね…?
「あそこ曲がって、真っ直ぐ、橋を渡ったらアヤメーニュよ‼」
目の前に現れたのは莽薙達が船に乗って上流へ目指していた河川。徒歩でここまで戻ってきたという事——。
「え、船じゃいけなかったの、私疲れたんだけど…」
「アヤメーニュ側の波止場は全部壊されているから…」
そのまま橋の上を駆けていく。月夜に照らされる彼らの疾走する様子を水が包み隠さずに反射させる。恰も怪盗にサーチライトが当たっている様子に罪悪感と自責の念の抱えながら対岸へと渡りきる。
「そ、ソフィアです、後ろの仲間と一緒に入場させてください!」
対岸に聳えるのは土塁によって築かれた城壁と木製の門。欠けた鎧を身に纏う門番が声に反応して門の上にいる門番へ合図を送る。大きな古びた門は大きな音を立てながら内側に開く。そして一同は疾走したまま場内へ入る。全員が息を切らす中で門が再び大きな音を立てる。
「な、なんとか、なったわね…」
梔子姫がそう呟いた後に顔を上げると、一人の男が駆け寄ってくるのが見える。
「…ソフィア、来なかったから心配したぞ…!」
「ごめんクロヴィル、彼らが棺桶を開けたから予定が狂ってしまって…。でも軌道修正はできた」
「それで…結果は、あったか?」
ソフィアは額を抑えながら結果を報告する。
「……クロヴィル、やっぱりないと思う。考え直した方が…」
「いや、あるはずなんだ、レアン聖堂に……‼」
「でも無かったから…」
「アヤメーニュはみんなあると信じている。ないわけがない。」
ソフィアは大きくため息をして小さく頷いた。クロヴィルと呼ばれていた男もつられたようにため息を放ち、来た道を帰って行った。
「長官代理がご帰宅されたぞ~。」
そう言うと人々がソフィアの下へと集まり、労いの言葉をかける。クロヴィルと同じ説明を何食わぬ顔で全員にし、全員が帰った事でやっと莽薙達へと顔を向けた。ソフィアは莽薙達に手招きをしてアヤメーニュ内へと入って行った。
アヤメーニュはテミスリンブルクに比べて地方都市という感触が強い。テミスリンブルクが水に囲まれた神秘的で石畳の綺麗な観光地だとすれば、アヤメーニュは周辺地域で古から愛されている木材と石を複合したレトロチックな町。まさに童話の舞台のような街で、認知されればこちらが観光地になってもおかしくない。
「遅くなったわね、私の家に案内するけど不満のある人はいる?」
誰も反応はしない。もちろん不満はない。だが、
「あの、いくつか聞きたいことが…」
「それは明日自家製レモンティーでも飲みながらゆっくり話しましょ」
その言葉に一刀両断される。確かに満月は来た時よりも高い位置に来ている。散々いろいろな目に会っても月の高さは少し上がっただけ。時間と言う物が良くわからなくなってくる。
ここで建物の物陰から出てきたのは大きな青い屋根をするドーム型の建物。いや、気付かなかっただけかもしれないが、とにかく何とも神秘的な建物だ。
「あれはアヤメーニュ大聖堂。この町のシンボル。私の家はその前にあるから」
「え、それって…結構遠くないですかぁ…?」
「…なに、文句あるなら来なくていいけど」
「いや、いい立地にお住まいですねぇ……」
花蓮の愚痴も一刀両断して一行はアヤメーニュ大聖堂の前に位置する一軒家に入る。二つの鍵穴に違うカギを通し、ゆっくりと戸を開ける。ソフィアは黒いコートを玄関にかけ、部屋の奥へと進んでいく。
「どうぞ上がって~、三階は仕事部屋だから立ち入り禁止ね」
そう言って花蓮もコートをかけ、ソフィアを追いかける。梔子姫も後を追ってそそくさと入る。赤城と莽薙が取り残されてしまい、お互いが一緒に後を追う事に。
「レモンティー入れとくから好きなタイミングで飲んで。風呂は一回の廊下の奥に、トイレは一回のそこの扉と、二階のトイレの文字がある扉の所を使って。寝るときは二階に来客用のベッドがあったはず。私は仕事しなきゃいけないから、分からない事があったら三階の扉をノックして。明日の朝に貴方たちの問いに答えるわ」
そう言い残すとソフィアは剣のペンダントを胸元で光らせながら三階へ向かった。何という用意周到さであろうか。莽薙は只々啞然としてしまった。
「ちょっと、莽薙、聞こえてんの?」
「あ、はい、なんでしょう」
莽薙は急いで花蓮の方を見る。花蓮は少し怒っているような、疑っているような顔つきである。
「……このあと、どうする気?」
莽薙は全く考えてなかったが、ソフィアと運命を共にする必要がある。もうここまで来たら引き返すことは難しいだろう…。莽薙は覚悟を決める。




