第一話 棺桶の女
『パクスト教典 前文 神のしらべ』
我、汝を知る、その海が恐れる荘厳で凄まじい剣の輝きにて。
我、汝を知る、その大地を見据える強き眼差しにて。
我、汝を知る、その星が見とれる華麗な美しい冠にて。
我、汝らを呼ぶ、この慎ましい抱擁にて。
我、汝らに求む、目覚め出たる汝の力と博愛による平和を。
汝らの連帯と誓いは、永遠の神の道を開き、福音が全てを聖にする。
これが、国を分けるとはだれも予想して居なかった。たかが数行の教典の前文。数百年前のこの前文に、未だ踊らされているのは面白い。かく言う私も、その一人である。
惨状を見て、これを神話の一ページとすべきか、神を否定すべき根拠とするのか、私は決めかねている。結論を急ぐならば——
——新教王朝は、『教典の前文にて』崩壊した。
「……ごめんなさい、私が見ておきながら——!!」
「ナッシーは悪くないよ、ナミみんはいつもこんな感じだし。」
「いや、でも今回はなかなか大問題じゃない?」
夕刻、神琉王朝から東の新教王朝へやって来た。遠い旅を経て久々の陸地。旅の道中、それぞれあだ名で呼び合うような仲にもなった。赤城以外。
「……千々波を取り返す他、考えてないだろ?」
「でも、ここら辺の土地理解できてないし……。」
しかし、到着してまもなく、「ナミみん」こと千々波が捕まった。「ナッシー」こと梔子姫が一瞬目を逸らした隙に捉えられた様子。この二人は先にテミスリンブルクの図書館に赴いていた。そこから門前払いを食らい、その後に捕まったらしい。
「で、千々波は何で捕まった」
「確かにナミみんは自由奔放だけども、捕まるまでは無くない?」
「……いや、別に何も違和感を覚えなかったけども、鎧を着た騎士の人に連れていかれちゃった。」
「どうしようかねぇ……」
その時、川から流れて来る棺桶が目に入る。故郷では絶対に見る事のない景色に、一同の視線は奪われてしまった。
「……凄い物騒な文化だな。」
「でも、おかしくない?」
「何が?」
梔子姫は訝しげに棺桶を覗いていた。
「だって、『この国は水を汚さないから水の都とも言われてる』って船長さんが言ってたし、棺桶がそもそも浮いて流れ続けるなんてあり得る?」
「まぁ、ありえなくは……あるか?」
「ナギ君、どうする?」
どうやら故郷でも、この国でもありえない光景になるらしい。国に来て早々に起きてしまった惨事を含めて考えると、まずは千々波を取り返す事が先決。
「……もし、騎士に殺されてたりしたら!」
花蓮がそのように恐ろしい話をしてしまう。莽薙はそれが只々脳内にその発言が繰り返され、最悪の事態を考えた。
「出身国の文化がわからない以上、有り得ない埋葬をするかも……」
梔子姫もそのように言う。全員が口を揃えてその棺桶に最悪の情景を思い浮かべた。
「開けるだけ開ければいい。ダメだったらまた流せばいい。」
「……赤城の言う通りかな。一応見ておくか——。」
そんなこと、冷静になれば希薄な可能性。しかし、今の彼らにとって「希薄」と言う物は、確認しない理由にはならなかった。全員が川岸の階段に向かい、棺桶が流れて来る場所に回り込む。花蓮が縄を出現させ、赤城が手に取り、棺桶に巻き付けた。
「よし、引くぞ」
『そーれ!』
棺桶が岸に到着する。さて、愈々棺桶の蓋を開けようとしてみると——。
ガタッ
?
ガタガタッ
!?!?
棺桶が動き始める——。
「え、梔子姫、死者蘇生もできるようになったの!?」
「いやいやいや、人知を超えてますって!」
「ナッシーって既に人知を超えてるよ!」
「え、ど、ど、え!?!?」
赤城は静かに全員の前に入り、刀に手をかける。花蓮は莽薙に抱きついて、梔子姫は一人でブルブル震えていた。
ガゴッ!!
「……うぎゃああ、死体が起き上がったあああ!」
花蓮が叫ぶ先に、銀色のポニーテールを靡かせ、肌の白い赤目の女性が映る。その赤い目がこちらを捉えると同時に深く息を吸い、吐いた。そして——
「死体なんて失礼ね。私はまだ生きてる人間なんだけども。」
「……えっと、すみませんでした。」
「棺桶を開けるなんて、ほんといい趣味ね。」
「あの、そう言うつもりじゃ……」
「じゃあどういうつもりなのかしらね。一般人として常軌を逸してるわ。」
その女性は棺桶から立ち上がり、周囲の景色を確認する。深いため息をついて、額に手を当てた。かなり残念な様子なのはよくわかった。
「……異邦人みたいね、どこから来たの?」
女性は自分の棺桶を片付け始める。
「吾妻からやってきました。」
女性の手が止まる——。
「——吾妻。本当に?」
「はい。」
「神琉王朝が通れないのに?」
「あ、王政復古させました。」
「……は?????」
その女性は棺桶を川に押し出し、莽薙達を再び赤い目で鋭く見定めた。花蓮は莽薙から離れ、梔子姫も震えが収まり、今度は一変して不思議そうにその女性を見つめる。
「恐らく、噓ではないのでしょう。それは本当にびっくりね。」
「……すみませんが、お名前は?」
「私はソフィア。貴方達は何をしに新教王朝に?」
「ちょっと不死鳥について調べるためにテミスリンブルク図書館に行きたくて——。」
「あそこ、今は異邦人入れないでしょ?」
「はい、そうなんです。その後に仲間が一人、騎士みたいな人に連れられてしまって、もしかしたらと思って棺桶を開けたんです——。」
ソフィアは顎に手を当てて考え始めた。そのまま莽薙と花蓮の間を縫って歩いて行く。少し行った所でソフィアは振り返ってこう告げた。
「理由はともかく、そのお仲間さんが捕まったなら、しばらく開放はされないでしょう。救出を急ぐようなら手を貸してあげる。」
「……しばらくってどれぐらい?」
「まあ、一年は。」
「そ、そんなに待てないよナギ君、手伝ってもらいましょ!」
「私のせいだけど、私からもお願い!」
莽薙は梔子姫と花蓮に請願される。莽薙は赤城の顔を見ると、目を瞑って小さく頷いた。莽薙はそれを踏まえてソフィアの提案に乗る事にした。
「じゃあ、その代わり、私の指示には従ってね」
「分かりました!」
「じゃあ、まずはここから逃げましょう。」
「……え、なんで?」
「神琉王朝と同じように、こっちも最近分裂しててね。ここは私が居てはいけない地域なのよ」
「ええええ!」
「ちょ、うるさいわよ、静かにして!」
ソフィアがゆっくり町中を歩き始める。大通りに出たところでソフィアはフードを被る。人気のない夜のテミスリンブルクを全員で歩き出した。
「あなた達の仲間が捕まったのは恐らく、レアンダム派。私たちのアヤメーニュ派とは対立関係にある。だから捕まらないようにしないといけない。」
「色々複雑な事情が——」
「ええ、私は情報を得るために敢えてレアンダムに捕まった。そして仮死状態で棺桶に入り、海まで脱出する予定だったのだけど。」
「……それは、申し訳ないなぁ」
「そう思ってもらわないと、こっちも困る。」
そのまま別の川に跨る古めかしい橋を渡り始める。
「あそこの門に入ればアヤメーニュ。私たちの勝ち。」
「なるほど、あそこがアヤメーニュ。」
門の内側は灯りで満ち溢れている様子。ソフィア曰く、アヤメーニュは新教王朝の『古都』であるらしい。その為に昔ながらの伝統を受け継ぐような場所。古めかしいこの橋も、街中の建物もそれに付随する物らしい。
「ソフィアです。門を開てください。」
「長官代理でしたか、では門を開けます。」
大きな門は音を立てて開いた。その先は想像していた通りの光に満ち溢れた町が広がっていた——。
「ようこそ、アヤメーニュへ。」




