第二十話 棺桶の聖女
問:あなたは神を信じますか?
答:いいえ
問:何故神を信じないのですか?
答:神が人を作ったのではなく、人が神を作ったので
問:ではあなたが信じる物は何ですか
答:世界にある事実のみ
くだらない尋問。返ってくる言葉は分かりきっているのに、よくこの人も飽きないと思う。私は私を曲げることはしない。曲げてしまうと、私の事実と相反するから。だがこの尋問で彼らにとって不都合な事実であれば、私は棺桶にでも入るのだ。この暗闇を見る私は彼らにとって予想外でも、私にとっては想定通り。さて、そろそろ海かな、確認してみよう。
『事実と真実の心眼』
まだ川の下流か。随分夜も深くなってきた様子。こんな狭苦しい暗闇で一人なんて常人でも堪えられないのだから、私も時間の流れがゆっくりに感じる。いいタイミングがあればいいけど。
ゴンッ
あれ、何かにぶつかった。木製の何かにぶつかった音が響く。体も少し揺れたが、水は入ってきていない。なら大丈夫か。
「か、棺桶が流れてきたんですけど…」
人の声、これは船にぶつかった…らしい…。
「……どうしようかこれ、ここって川に流して埋葬する文化ないでしょ…?」
この話し方的にこの地域の文化を知らないみたい。どこから来たのだろうか。とにかく気に留めず、海まで流してくれたらそれで……。
「引き上げてみようか…?」
『ええーー!?』
え、ちょっと、それは予想外。
「なんか可哀想だし、土に埋めてあげよう」
「……あなたの親切心は時に不気味ね」
「まあ、やって罰は当たらないだろ」
上下左右の水の動きが激しくなる。やがて外からの水の音は消え、大きな衝撃と共に自体が悪化する予感がする。大きなため息と共に、この後の行動を考える。
「このままだとスペース取るし、先火葬する?」
は?
「不死鳥の力で船ごと燃やさないでよね」
「分かってるわよ」
これはまずい、計画通りじゃないけど一か八か開けてみるしか…。いや、迷っていたら死んでしまう。
バン…
勢い良く棺桶の蓋を蹴る。外の人たちも流石に動揺しているみたいだ。立て続けて何回か足を上に蹴る。
バン、ババン、ドン、ドンドン、ドバン
棺桶の蓋は勢いよく開いた。四人の男女の顔が覗き込んでくる。
「……え、不死鳥って死者蘇生の能力も…」
「え、そうなのかな、だとしたら、でも、どう、え、ええ…」
まあ、絵に描いたように動揺している。当たり前の反応だけど、演劇だったら主演女優賞ね。さて、私を引き上げようって言ったのは、この男のどちらかね。全く、計画が台無しだわ。また私はこの町から脱出しなきゃいけないのね。
額を押さえて散々の運命と、自分の不幸に呆れる。それを見て、莽薙達は蘇生の反動だと思って丁重に扱い始める。
「だ、大丈夫ですか…?」
声の主である莽薙の方を睨みつける。さっき引き上げようと言ったのは声的に彼に違いない。
「あなた、流れている棺桶を拾うなんていい趣味ね」
「うぇ、えぇ…?」
棺桶から起き上がり、小舟のから周囲を見渡す。どうやら守衛は見えない。ひとまず安全か。もう一度棺桶に戻って海に出ようかしら……。
「じゃあ棺桶はいらないね」
棺桶に小さな火が灯る。長時間の移動を考慮して敷き詰めたクッションに引火し、瞬く間に燃え広がる。
「え、何燃やしてんの……」
「スペース取るから灰にしようかなって」
再び額を押さえて息を吐く。本当に何もかもうまくいかない。
「……すみません、失礼ですが…、お名前は…?」
赤髪で一人だけ和風ではない。出身が違うのか。だが一人だけ出身地が違うってのもおかしな話。恐らく彼女らは西の方から海を越えて遥々来てくれたのだろう。この地獄に。ならば氏名を言っても何も問題はないか。
「……ソフィア、私に合った事はここだけの話にして」
「…ソフィアさん、初めまして、私『花蓮』って言います!」
この人私の言った最後の文章ちゃんと聞いてた…?
「私は梔子姫、隣から莽薙、兼通です」
「おい、赤城でいいよ」
名前なんてどうでも良いわよ……、とにかく早く陸に上がらないと、ここでは見つかりやすい。何の障壁のない河川の中央で見つかったら本当に逃げ場がない。両岸の歩道は石畳で高低差があり登れそうもない……。と言うよりこの船川上に向かってない…?
「あの、この船は何処に向かっているの?」
「レアンダム留置所…だっけ?」
不幸中の不幸も世の中にあるのね、まさか振り出しに戻る事になるとは。いや、元に戻って振り出しに戻れたらいい方ね。
「なに、あなた達何かしらの法を犯したの?」
「いや、ここには居ない子が留置所に送られちゃって……」
「……異端審問」
「あ、そう、それ。どうにかして取り戻さないと、仲間だから…」
ソフィアは再び額を押さえて度重なる不幸に頭を悩ませる。やはり神なんて信じるだけ無駄で、彼らの狂信的な信仰を抑える必要を改めて実感する。
「……異端審問の場合は、そう容易じゃないわ」
「…え、それって」
「現段階では不可能、『裁審官が大審院の法廷』に立てばあり得るけど……」
「…裁判ってことです?」
「ええ、だけど今大審院を占拠しているのはレアンダム派と言う宗教派閥。裁審官が大審院に行くことはおろか、異端審問で逮捕される。そんな状況でお仲間さんが異端審問で捕まるなんてお気の毒ね…」
「……じゃあ今から行く留置所も…」
「お察しの通り」
一気に重苦しい雰囲気になる。それはソフィアも流石に察することができた。ソフィアはポニーテールをほどいて結び直し始める。
「……それで、どうするの」
白い髪が月光を反射して夜風になびきながら、一つにまとめ上げる。その赤い眼差しは莽薙に向けられていた。
「……レアンダムに」
「行くのは無謀、捕まりに行くような物。レアンダム派にとってあなた達は今不都合な人物。異端者として処罰されるのは目に見えて明らかね」
ソフィアが髪を結び直すと、勝手に途中の波止場に船のロープをかける。しかし、誰も止めようとはしなかった。
「…私ならどうにかできるかもしれない…って言ったらどうする?」
あんまり希望的なことは言いたくないんでけど、こんな雰囲気にしてしまったのは私だし、棺桶を開けた借りはこれで返してもらいましょう。
「できるなら…是非!」
ソフィアはニヤリと笑みを浮かべて船を降りる。再び無表情に戻ると、柔らかな手を莽薙へ差し伸べる。
「……なら、私の言う事を聞いてね」
一行は船を降りて町の中を歩く。ソフィアは結んだ髪の毛をフードの中にしまい、顔を隠すようにフードを頭全体に深々と被る。その時の彼女はどんなものよりも黒く、目立たないように気配を消していた。そのまま小さな声で喋り始める。
「あなた達が行こうとしていたレアンダムは、ここテミスリンブルクの東側に位置する。今から行くのは南にあるアヤメーニュ。そこならレアンダム派の影響は少ない。」
「船は使わないの?テミスリンブルクは水路が充実してるって聞くけど……」
この中で妙に地理に詳しい梔子姫が喋りかける。ソフィアもそれには驚いた様子で少し顔をこちらに向かせたが、顔までは拝めなかった。
「……アヤメーニュは新しい町だし、水源が多くある北、東とは違うからね。水路を作るにはコストがかかるのよ。だから徒歩移動ね」
ソフィアが正面に顔を直した瞬間にソフィアは歩くのをやめてしまう。それによって全員が急に止まる事になる。
「ど、どうしたの…?」
花蓮の言葉に正気を取り戻したソフィアは早歩きを始めた。歩み始めた先には鎧をつけた騎士が二名向かってきていた。ソフィアは再び額を押さえている。莽薙達は察しがついたので、無言のままソフィアの後に続く。




