第十八話 生きている限り
『龍王争覇』…‼
『龍王争覇』ぁあ‼
『獅子舞ノ渦』‼
尚志王は多勢相手ながら、同等に渡り合っている。あの勾玉のおかげだろうか。刀を打ち付ける音、炎が舞い上がる音、上下左右に揺れる足音、風を切る袴の音。全てがこの戦いを祝福している様子だった。
「本当、男の子って、バカよね……」
梔子姫が千々波を癒しながら呟く。
「……私はその馬鹿らしい所が好きだけど」
菊水が梔子姫の横に座り込む。
「…そう、どうして?」
「なんか、素直に喜怒哀楽を表現ができるのって、素敵じゃない…?」
「……そう言う考えもあるのね、でもあれみたいに血反吐を吐きながらはちょっと…」
菊水はそう聞くと苦笑いを浮かべる。そんな表情を尻目に音は過激さを増していく。
『反響清水』‼
尚志王はダメージを負わずに技を繰り出す。衝撃波が赤城の下へと進んでいく。だが、対策はできている。
『集炎高雅』
赤城の前に刀を持って来て波動を吸い取る。発火して加速した刀身を尚志王へと進める。梔子姫は天馬を思い出し、自身の背中から翼を出して女性陣を衝撃波から守る。
「……反響清水も対応されたか、流石仲山王が見込んだだけはある」
『昇龍旋風』
尚志王は高速で向かってくる莽薙の下から切り上げ、そのまま後ろに待機する赤城に斬撃を飛ばす。
「莽薙、悪いが、避けてくれよ、」
「ヘッ…?」
『赤城流奥義・龍王争覇 連撃』
莽薙は体を仰け反り、連撃をかわす。服の一部が斬られるが、それは却って尚志王の不意を衝く攻撃となった。尚志王は焦りながらも冷静に対処する。
『反響清水・波紋』
尚志王も刀を打ち合わせる。打ち合わせた時の大きな音が反響して波動を生み出す。その波動が連続して波紋のように周囲へと広がる。
「さあ、莽薙、この波動の連撃をどう回避する…‼」
莽薙は息を整える。
『集炎高雅』
刀に波動を集め、炎へと昇華。それを繰り返して、炎の勢いは凄まじく、刀の速度は上がり始める。だが、波紋の勢いは止まらない。だからといって赤城が連撃をやめれば、相手に隙を与えることになる。それに連撃の練度は赤城の方が上手で尚志王に少しずつダメージを入れている。莽薙は刀をうまく操作して威力を殺そうと奮起する。
いよいよ莽薙が刀の加速について来れず、炎の大きさが上がり、刀が変色し始める。最早戦いはお互いの我慢比べとなっていた。
「このままじゃ、刀諸共、体が焼ける…」
莽薙はそんな中で仲山王の言葉を思い出す。
「既存の技は全て能力者の技の真似でも、オリジナルでも作れる。重要なのはその技のイメージと、そのイメージを冠するような技名を言う事。人によるが、能力者はそうやって技を自分のものにする。
「……自分のイメージとそれを冠するような技名を…」
「技名を言うのは面倒だが、何故か言わないと技を具体化できないんだよねぇ…」
……やってみよう。この大きな炎と刀の速度から生み出される技のイメージと、その技の名前…
『炎転流星』
右足を軸に刀を回転させる。軸がぶれないようにしっかりと抑え込み、右足を離す。すると、刀が先導して体を引っ張る。そのまま尚志王の下へと流星の如く翔けていく。
「…はぁ!?」
尚志王は攻撃をやめて後退りし、赤城も攻撃をやめて後退する。その間を流星が駆け抜けていく。莽薙が両足でブレーキをかけ、刀を横へ凪いだことで勢いを殺して停止ができたが、刀は手元に残らずに地面へと滑り落ちる。
「……焦ったぁ、止まらないと思ったぁ…!」
『焦ったのはこっちだよ…‼』
勢いを失ったのは莽薙だけでなく、彼らもそうである。最早燃え上がる闘志は、疲労と傷という雨に打たれて下火になりつつある。それを裏付けるのが、今ここに響き渡る荒い呼吸音である。
赤城が吐血して座り込む。尚志王も脇腹の痛みが増幅し、貧血状態に陥る。莽薙は慣れない技を頻発したことで、刀を握る事さえままならない。落とした刀が持てない。それでも彼らを立たせるのは「プライド」と言う実体のない荷物だ。
「…ナギ、お前、限界じゃ…」
「あ、赤城も、休んだ方が……、自分は外傷はないから——。」
「…だからって、戦えなかったら……ゴフォッ」
赤城は大きく息を吸い込んで刀を構え直す。尚志王は痛みで足が動かせない。
「……これが決まらなかったら…、俺の負けでいい——。」
赤城は刀身をゆっくりと持ち上げる。刃を上に向けて頭の上で構える。高波の構えを暫く保った後で、捨て台詞のように莽薙に言葉を吐き捨てる。
「…莽薙、お前の技、良かった。もらうぞ」
『赤城流・獅子龍王』
刀身を発火させ、「赤龍一閃」の足運びで瞬時に尚志王の間合いに入り込む。尚志王は龍帝の大技を繰り出して対抗する。
『龍帝流軌』
獅子が噛み砕くように赤城は上から刃と炎を振り下ろす。尚志王は龍が飛翔するように蛇行する軌道を横から叩き込む。尚志王は最初に会った時にやったように赤城の刀身に横から当てて、赤城の斬撃を回避しようとした。
「弟の考えてることは…お見通しだ」
赤城はそう来ると予知して早めに左側に振り下ろし、意図的に空振りをする。莽薙の「獅子舞ノ渦」の足運びで体を真反対へ大きく回転させ、「龍驤斬り」の剣筋で刀の刃を上に向ける。
そして捻じれた体を戻す力を使い、そのまま上に切り上げる。原理としては刀身を「背負投げ」して勢いを上げるような事。その軌道の中で下から斬り上げられた青龍刀はその勢いの前に折れ、その間を風を取り込んだ業火が翔ける。
「……カッ」
この間僅か三秒と半分。赤城は血反吐を吐かないようこの間呼吸を止めている。しかし、この険しい体の動きは流石に体に応える。思わず変な声が漏れてしまうのもやむを得ない。
「武器は体の一部として扱え、あくまでも腕の延長だ」
仲山王に教わったこの知恵。
「呼吸で空気を吐くときの方が、手足は動く」
龍帝と組み合わせたらこの状況をどうにかできないだろうか。
フー
息を少しずつ出しながら再び腰を横に捻り尚志王の方へと向き直る。大きく振りかぶり尚志王を斜上から両断しようと……
…ガハッ
息を吐いている事に気づいたように喉が悲鳴を上げる。仕方なく息を止めるも、既に遅い。だが、刀身は既に尚志王の肩に届こうとしていた。
「……やめとけ、お前、死ぬぞ」
赤城は腕を掴まれ、刀身は尚志王の方で止まる。尚志王は自身の死を目の前にした事で力んでいた。
ゴフッ、ハァハァ…、グフォゲホ、ゴホッツ……
赤城は膝から崩れて咳に苦しみ、呼吸ができていない。腕を離し、朦朧とする赤城を麻酔で眠らせる。尚志王は異変を感じて目を見開いた。
「……な、なんで」
「…君を迎えに来たんだよ、尚志王」
横には神々しい白馬。その人物でさえも神々しく映る。
「……いや、尚太郎か、晴通か——。いや、別に分かればなんでもいいか」
少しも負の感情を見せず、裕福を気取らず、誰にでも優しく、自身の体を憂う事もない。
「へ、陛下…」
杖を持ちながらも、余裕な笑みを浮かべて尚志王を迎える。
「……陛下、自分は、何と言う非礼を……。自分は血縁を優先し、王国と陛下を裏切り、民を飢えさせ、母の私腹を肥やし、自分もそのお零れを……」
仲山王は杖を捨てて尚志王へと倒れ込みながら両腕の中で慰める。
「君はこれまで多くを失ってきた。これ以上失うでない。自分自身も、唯一の兄弟も、私との関係も……」
尚志王は朦朧としながらも、伝えなくてはならない事を言おうと努力する。だが、涙声のせいで中々切り出せない。
「君は何も悪くない。ただ不運が続いただけだ。だが、生きている限り、いつだって幸福の機会は訪れる。君が今までに多くの人物と出会ったように。」
家族が羨ましい、自分の存在意義、あの日の選択を後悔する、別れが悲しい、すべてを疑う、そんな自分を嫌いで自暴自棄になる。それらのわだかまりがいつまでもいつまでも続いていた。
「君は一人じゃない。君は誰かのために生きれている。これからは私の下で希望とやらを国家と言う家族と共に見つけよう。」
わかっているのにわからない。不明な感情が水分となって頬を滴り落ちる。
「もうわからねぇよ、血縁も、親も、兄弟も、家族も、親孝行も……。何処にも龍帝の姿はないし、あの頃はもう亡い。何が……、何が家族なんだ……‼」
そんな嘆きながら問う愚問の答えは以外にも単純明快で、
「……君が家族だ思うものは家族だ。相手を常に思えるなら条件なんてない。」
今になって赤城の冷徹で優しい目線の意味が分かった気がする。目の前で倒れている事が家族としての何よりの証明。赤城は兄貴として、家族としての責務を果たした。尚志王は昏睡する寸前まで頬を赤らめながら輝かせる。それを隠すように仲山王の懐へ潜り込んでいく。
「今までよく頑張ったな、辛かったろうに……」
「……あ、ありがとう……自分を…見捨てないでいてくれて……」
尚志王はやっと言えた言葉を放つと、大きな願望を叶えたかのように力尽きた。仲山王の服は尚志王の汗や涙、そして血液で混沌としていた。だが、そんな姿でも凛々しく見られるのは、彼の外見がそうさせている訳ではないのだろう。莽薙は口を開けなかったが、なるべき当主像という物を脳内にイメージさせていた。




