第八話 春の香り
「……良く来たな、赤城」
「さっき会ったばかりだろ。」
「これでお互い、覚悟はできているだろう。」
尚志王は玉座を立ち、青龍刀を肩に乗せて赤城に近づく。後ろの部屋から伊舎堂の率いる近衛兵がゾロゾロと現れる。
「……近衛兵はこれで最後だ。だが、こいつらに兄弟喧嘩をさせない。俺はお前と一対一だ。」
「数的には不利だな。お前たち、任せられるか?」
「たまには赤城のワガママを聞いてあげるよ」
「……しかと、承った。」
全員が臨戦態勢を整えた。相手は魔導銃を構えている。その構えた瞬間、莽薙と花蓮が手を伸ばして空打ちを行う。その空打ちの風切り音が戦いの合図となった。
『獅子奮迅』!
炎の斬撃が敵に流れる。莽薙は斬撃と共に追随し、敵陣に討ち入る。花蓮もその傷口から中央突破を行う。
「がら空きだっての!」
莽薙の背中に達した所で花蓮は自身を妖術で軽くし、莽薙の肩に手をついて飛び越え、上から薙刀の猛威を振るう。そしてすかさず空打ちを追い打ちで行う。梔子姫が先程敵兵を治療してくれた事が、二人の血を見ることへの抵抗感をなくしていた。
「ナギ君、行くよ!」
「おう!」
莽薙の腕を掴んだ花蓮。莽薙を妖術で軽くし、薙刀の振り回すように相手に投げ飛ばす。少し回転がかかった莽薙は予定通り技を繰り出す。
『獅子舞ノ渦』!
莽薙の刀を中心に炎の渦が莽薙を覆う。それが敵に向かうのだから、敵は恐れ慄いてしまい、魔導銃を落とす者も多くなる。
「がら空きはどっちよバーカ!」
「うつけ者、覚悟!」
「えぇ!?」
伊舎堂の横から大太刀が振り下ろされる。莽薙に向ける銃口は断念せざるを得なかった。近衛兵は後ろに下がって銃剣を取り付け始めていた。
「その銃剣で何をするって?」
花蓮は妖術で魔導銃を上げ、空いた胴に薙刀を叩き込む。別の人物がその花蓮に銃口を向けた時——。
ヴァン!
「……え?」
「油断しないでくださいよ!」
千々波が溶礼術で出現させた白いフワフワとしたクッションが銃弾を包み込み、花蓮に当たるころにはマシュマロ状になっていた。
「ごめんごめん」
ヴァン!
「全く、私いなかったら死んでますからねー?」
千々波は見切ったように次々とその白いクッションのような物を銃弾に投げつけていた。それも体に当たる物だけ。選球眼と言うべきだろうか、千々波の成長もここで良く発揮されていた。
「……尚志王。いや、晴通。これが最後だとは思わないでほしい。いつまでもがめつく、執拗に迫って来る無邪気で、活発な喧嘩をしよう。」
「……兄貴。」
尚志王強く青龍刀を握り、深く息を吸った。赤城も同様に深く息を吸い、刀の柄に手をかけた。
「……俺は兄を越える。」
「調子に乗るな。」
『青龍一閃』!
『抜刀・飛龍』!
両者の刃がぶつかり、激しい音が鳴り響く。尚志王は赤城に向かい続け、赤城はそれを払い続ける。その時折見える火花が綺麗に見える。
言葉でしか伝えられない物があるならば、同じ様にぶつかり合わなければ伝えられない物もあるだろう。その点において喧嘩というのは、意思表現の一つとして美しさすら感じる。ただ純粋な感情が、その場に於いて一番のエネルギーに成るのだから。
「弟がこんなものか。この実力で王に成れるなら、誰でも成れるな。」
「……まだまだ、こんなものじゃねぇ!」
「そうかよ、強がりじゃなきゃいいが。」
二人の間に春の香りを伴う風が吹く。それと同時に走馬灯のような思い出が溢れ出る。桜から漏れる陽の光。大きな兄を相手取った稽古を何度行った事か。同じ汗を流し、どれだけ負けてきたことか。負ける度に何度手を差し伸べてもらったか。それをどれだけ笑顔で受け取って来られたのか——。
「尚志王、お前は強い。いずれか俺を越す。その時を楽しみにしている。」
桜の花びらに舞うその言葉が、どれだけ自分の心を奮い立たせたのか。忘れるはずもない。忘れてはいけない——。
火花がそれを彷彿とさせる。あの時と同じ戦い方。あの時と同じ太刀筋。あの時と同じ気持ち。あの時兄が置いて行ったすべての気持ち。すべて背負っても。
「兄貴!」
これだけは消えないで欲しい。いつの間にかそこにあって、通り過ぎた物——。
『龍帝流軌』!
未だ越えられない『家族の絆』だけは——消えないで。いや——
——『消えない』。
尚志王は龍が飛翔するように蛇行する軌道を横から叩き込む。赤城はその刀の速さと予測のできない物に翻弄された。
「……いい太刀筋だ。」
赤城は後ろに退きながら左手に鞘を出現させ、そこに刀を納刀する。態勢を整えたうえで——抜刀。
『抜刀・下龍』!
刀を上から振り下ろす。その刀は尚志王の青龍刀の横に叩きつけた。もし青龍刀をに当たらなくとも、足に当たっていた軌道。尚志王は只々何もできない。
赤城は左手に残る鞘を尚志王の首の付け根に叩き込む。初めて当てたその攻撃が、尚志王の体と心を尽く震わせた。
「終わらせねぇよ……!!」
尚志王は妖術で自身を軽くし、片手で自身を持ち上げる。そのまま勢い良く起き上がる。赤城はトドメを刺そうと追撃して来た。が、兄弟の癖は良くわかる。このような時、赤城は右側に攻撃をする事を理解していた。避けたところでそのまま青龍刀を拾う。再び最初に戻った。
「致し方無い、早急に終わらせよう。」
「…一体何をするつもり?」
「平たく言えば——『呪詛』になりましょう。」
お凛は形代を取り出し、呪文を唱える——。
——天津道を知る者よ、赤き炎を以て護道せしめ給え。
天地玄妙『焔狐』
我が声に答え、ここへ来たれり。
急々如律令!
お凛は形代に強く息を吹く。その形代が指を離れて宙を舞う。不思議にもその形代が飽和していく。大きくなった形代は、狐の形を模し、式神が現れる。
「……焔狐、敵を一掃せよ!」
見た目は麗しい白狐。目の奥に光る赤く人間らしい目が謂れのない恐怖心を煽る。その狐が目を閉ざした。多数の鬼火が狐の周りに布陣し——放射。
「そんな奥義があるんだったら、速く使ってくださいよ~」
「……申し訳ない。魔力の消耗が些か激しい物でな。」
「うわ、熱そう……」
千々波はそう言いながら落ちている魔導銃に先程のフワフワしたものを詰め込み、無力化して回っていた。
「こむすめがぁ!」
千々波は銃剣で襲われる。千々波はそのフワフワしたものを自在に操り、レイピアとして刺突——。その兵士を貫通、無力化した。
「銃剣とか危ないでしょ、ほら、銃口も塞ぎますからね~」
尚志王は果敢に攻めかかる。しかし、赤城は隙を見せようとしなかった。尚志王はその冷静で非の打ち所がない赤城に酷く嫉妬し始めていた。でも、自然と笑みが浮かぶ。
——しかし、時として、すべての終わりは『突然』やって来る。
ヴァン!
梅の花。咲くべき時に咲き、散るべき時に散る。その紅色の春の始まり。それが尚志王の顔に咲いた。
「……兄貴?」
「赤城!?」
ヴァン!
赤城は膝から崩れ落ちる。高威力の魔導銃が二人の春を攫って行く。それは春雨や春嵐のように、無情にも花を散らしていった。
「尚志王、あんたが負けるなんて事は許さない。」
「……母さん」
その場にいる一同、二度の銃声でその場に固まる。静寂を破った莽薙によれば——。
「あ、赤城が——」
『赤城が撃たれた!!』




