第十七話 一つ目
龍帝には愛人はいたが、妻はいなかった。彼の兄弟と称した二人も、息子と称した二人も血縁関係に無い言わば仮初の家族だった。いや、仮初とは言え、本物の家族だった。だが、血縁の繋がりを気にしてしまう事がある。別にこの仮初の家族を嫌っているわけではない。ただ純粋に、知りたかった。血縁があるという事を。
そこで俺は龍帝の亡き後に自分の出自を調べ、神琉王朝に赴いた。大した剣技を褒められ宮廷の侍従となり、侍従長となった。そこまで来ても実の親が見つからない。だが兄弟とも呼べる仲間とも出会い、自分の余生は十分な物だと感じていた。
やがて謀反の討伐を命令され、その仲間達と宮廷へと向かった。だが、運命は時に残酷だ。謀反を起こしたのが仲山王の指南役で従っていた「比嘉美佐子」、その人物こそ俺が探していた母親だった。
俺は憧れの存在であった「蒼樹」という男が亡くなった時に、龍帝から「蒼樹」の苗字を譲り受けていた。その為「蒼樹晴通」の名前で侍従長をしていた。だから自分の昔の名前を知る人は仲山王以外にいない。今回もいつものように仲山王の手となり足となり……
「『比嘉尚太郎』、私の息子であろう…?」
そういわれた時は心臓が止まった。自分は全く動けなかった。自分にはこの人を殺すことはできないのだと分かってしまった。殺せば今まで、ここまでして来た意味が問われる。過去の自分を裏切る行為になりかねない。そして親殺しの兄、いや赤城と一緒になりたくない。
仲間達が向かっていき、指南役の彼女の術中にはまっていく。自分はそれを見ているしかできなかった。そんな自分が真っ先に術中にはまっていると言うのに。
「晴通、戦え…、動いてくれ…‼」
「尚太郎、こいつらにトドメを刺しなさい」
二つの名前と二つの家族。どちらを優先しようとか、どちらに恨みがあるわけではない。だが、もう……
「家族は失いたくない……」
その時、涙を流して刃を振るったのは「晴通」と声がする方。過去の自分を裏切りたくなかった。過去の自分を一人にしたくなかった。向き合いたかった。仮初ではなく、本当の家族を知りたかった。龍帝を思い出したくなかった。赤城みたいに家族を切り捨てたくなかった……。
涙も枯れ、感情も無くなり、刃を離す。ただ仲間だった彼らの血液がダラダラと、あの時のせせらぎのように、ただ自由に——。
なぁ、赤城、親孝行ってなんだろうな——。
「赤城、大丈夫か…!?」
なぁ、赤城——。
「ああ……、少し眩暈がしただけだ…」
…なぁ、兄貴——。
「いや、凄い出血してるじゃないか…‼」
兄貴は父を殺した時、どんな気持ちだったんだ……?
「バカッ、何もしなければ慣れる、それにこのくらい…」
あの冷徹な視線は何を意味してたんだ……?
「遅いわよ、醜女」
「アグッ…」
「…花蓮ッ‼」
……あの小娘はうちの母を殺めようとした。それで返り討ちにあって首を掴まれている。何故だろうか、母を守る気力が湧かない。立っている事が精一杯だからか…?
『獅子奮迅』……‼
……あの小僧は小娘を守ろうとしている。なぜ家族でもないのに守ろうと動くのか。あの小娘は赤城をおいてまで助けるに値するのか…?
「だから無駄なのよ‼」
「な、なぜ……」
母が腕を伸ばした先にある小僧の動きが止まる。母には守護神獣は宿っていないはず…。
「ナギ、あいつの首から下げている勾玉が能力の根源だ……‼」
……結局歩む道は同じ、運命は選べても既視感のある結末。
「……尚志王、この小僧を殺しなさい……‼」
「……や、やめ、て…」
「……クソ、動かねぇ…」
これまで選んだ運命はその時正しいと思った運命だ。これまで選んだ家族はその時居心地がよかった家族だ。これまで歩んできた道は……
「……晴通‼」
「やりなさい、尚志王‼」
……正直名残惜しいところもある。
尚志王は非力な腕で刀を振りかぶる。
『青龍一閃』…
だが……、経験としては正しかった。
尚志王は、自身を尚志王と呼ぶ方を高速で切り捨てた。
「しょ、尚志王……おま、え」
尚志王は母の身につけた勾玉を取り上げる。そして自身に身につけた。尚志王は終止母の声が聞こえないように振舞った。
「……兄弟喧嘩の邪魔をするな、ババァ…」
莽薙も菊水も赤城もそれを見ていた梔子姫も、全員が啞然としている中で尚志王は息を整える。なんだかんだ言って、最初の義理の家族が一番楽しかった。その楽しさも、二つ目の侍従長としての家族、三つ目の血縁上の家族があってこそ分かった事だ。後悔はしていない。そして結果的に俺には家族はいなくなった。……いや、まだ残っていたな。
「さあ、兄貴、兄弟喧嘩の再開と行こうか……‼」
赤城はその言葉を聞くと珍しく笑みを浮かべ、頭を押さえていた左手を刀に当てる。
「……フッ、お帰り、晴通。兄貴として、最後まで手加減は無しだ。斬ってやる」
尚志王はそれに対して笑みを浮かべながら莽薙に腕を伸ばし、莽薙を軽い力で赤城の下へと飛ばす。
「お前もだ、莽薙。龍帝の借りは返させてもらうぞ‼」
莽薙も伝染して笑みを浮かべる。
「上等だ、父の顔に泥は塗らせない…‼」
眩暈が起きそうになりながら進む彼らは、こうしてかつての運命と因縁を呼び覚ます。数奇で偶然現れた運命と因縁、血縁の再来である。




