第十五話 応龍の形見
少し休んで天馬で来た道を翔けていく。やがて屋敷に到着し、会話もほどほどに自室へ戻る。莽薙は痛烈な戦いのほとぼりを風に当たって冷やそうと自室から屋敷の外へ出た。すっかり空は暗く、無数に光が漂っていた。そんな中で奇怪な気配が背後より迫りくる。
「おう、居たか」
その気配は赤城だった。赤城が夜間に外に出るのは珍しい。莽薙は訝しげに赤城を見つめる。赤城は気にも止めずにそのまま隣へと座り込む。
「……どうしたんだ、こんな時間に」
「…別に理由なんていらないだろ」
赤城は吸い込まれるように夜空を覗き込む。初めて綺麗な夜空を見たかのようなかよわい目つきを上に向けている
「…お前にも、あったんだな、守護神獣」
「仲山王がその気配を察してくれたおかげでね」
「……もう俺はここに居れないかもな」
何を言っているのだろう。全く赤城の言いたいことが分からない。
「…それはなぜ」
「…感心したよ、お前が翼を斬った時。啞然として見ていた。それと同時にもう戦闘要員は要らないと感じた。俺はお役御免だよ」
「いや、そんなこと…」
「——それに、俺は御伽家には肩入れできる人間じゃない」
分からない。だが、一つ思い当たる節がある。
「…尚志王を倒したら俺は帰る。梔子姫を任せたからな」
「……」
赤城は立ち上がり、振り返って莽薙との距離を離していく。
「龍帝……お前の父さんじゃないのか」
莽薙が振り返りながら言うと、赤城はその場で背中を向けながら膠着していた。
「……お前、知ってたのか…?」
「ああ、氷川隊を追い払う時の君の技を見てから察しがついてた。違うなら…ごめん」
「違う……が、あっている」
発言の矛盾を脳で整理している最中に、膠着していた赤城は振り返る。睨みつける眼はさながら人間を見定める龍のよう…。
「龍帝は、俺の義理の父だ」
龍帝はかつて父・御伽莽鐘と島の勢力圏を巡って抗争を続けた大勢力。龍帝は守護神獣・応龍を遺憾なく発揮。非能力者の莽鐘の一方的な敗北かと思われたが、勝者は見ての通り御伽家であった。莽鐘は最後の戦いで龍帝を捕縛したが命を取らなかった。それが彼にとって屈辱的だった。故に自害したというのが龍帝の最後。確か彼は四人の優秀な息子がいると聞いた。
「君が四人の息子のうちの一人…?」
「…そうだ。父は実子を残さなかったが、養子や盃で義理の家族を作った。そして、尚志王も父の養子の一人だった。」
それは予想外だ。だから彼は最初から赤城の名を知っていて、赤城に固執していたのか。
「尚志王を止めるのは兄弟である俺の務めだ。龍帝の、父の時代は終わったと伝えなければならない。そして、御伽家とはこれ以上関わりたくない。」
赤城は言いたい事を言い終えると屋敷へと歩みを進めた。言い逃げに近いような捨て台詞を吐いて一人、莽薙の元を離れていく。本来、彼の意見を尊重すべきだと思うが、後悔はしたくない。
「…龍帝の時代が終わったなら、御伽家との因縁の時代も終わってるだろ、赤城」
「悪いが、龍帝の時代が終わっても、俺の中で龍帝が生きてるんだ……」
「そんなのお前の自己満足じゃないか、そんな事で——」
「…そんな事……だと…?」
赤城は鬼の形相で振り返る。
「自分の手で父を殺した事がお前にあるか…!?」
赤城は大きな歩幅で莽薙に近づく。この時彼が鬼人と呼ばれていたことを思い出した。
「てめぇの手で親父を殺したことがあんのか⁉、感情を押し曲げて親孝行をしたことがあんのかって聞いてんだよ‼」
赤城はそのまま莽薙の胸ぐらを掴む。顔が近づいたときに初めて彼が涙を浮かべていることが分かった。こんな赤城を見たことがない。
「確かに……ないよ、そんなことできない……」
「親父はお前の父に殺されたかったんだよ、それなのにお前の父は……」
赤城は必死に涙を堪えている。大きな重荷を彼に背負わせてしまっていた。赤城は力が弱めて掴んでいた莽薙を降ろす。そのまま自身も膝から崩れ落ちる。
「……じゃあなんで母の話を吞んだ、御伽家が嫌いなら……」
「お前の母は親父の刀を取引に出してきた。『捕縛した時に押収した父の刀を莽薙の身の安全と引き換えに出す、莽薙の帰還時に渡す』と言われた……だが、お前を見るとお前の親父を思い出してしまう。だから親父の刀を諦めて、さっさとやめにしようと思ったんだ」
ないも言う事はない。と言うよりかは彼を止める言葉が見つからない。だが、彼はこの旅に欠かせない存在だ。何故なら戦闘員としてよりも、龍帝の息子としてよりも——。
「僕は友達として、旅を君と一緒に行きたい。」
「……友達、それは全ての免罪符になるのか……?」
「縁を切るのは物でも他人でもない、いつだって本人だ。免罪符になりうるかは分からないが、使い方によってはそのようにも使えると思う。僕だって失いたくない。それに、龍帝も自分の父も、仲良くできなかった。その未練を叶えられるのは僕らしかいないじゃないか。」
「……都合がいい解釈で羨ましい限りだ」
莽薙は崩れて動かない赤城の横で優しく背中を撫でる。彼の落とした水滴は彼の名誉の為に天を仰いで見ないようにする。
「汗が多く出てるじゃないか、何か拭く物でも持ってこようか?」
「いや……大丈夫だ」
赤城の震える声は今までに聞いた事のないほど情けない声だった。だが、「知らぬ仏より馴染みの鬼」と言う。どんなに情けなくても、どんなに恨みがあっても、どんなに力が無くても、この先の旅に僕は馴染みの鬼を選ぶ。
「明日の朝、仲山王に頼んでさ……」
翌日、天馬に跨って空を翔ける。仲山王は莽薙の提案を快諾してくれて今に至る。その提案と言うのが…
「着陸するぞ」
見慣れた景色が次第に大きくなる。天馬が着陸して久々の空気を肺一杯に満たす。
「母さん、ただいま」
「あれ、莽薙早いわね、もう旅は終わったの?」
母はあたりを見渡す。仲山王を見つけるとお辞儀をし、仲山王も会釈を返す。しかし、すぐに一人いない事に気がつく。
「あれ、花蓮ちゃん…まさか……⁉」
驚愕して顔を手で覆う。莽薙はそれを察して
「いや、死んでないから‼」
中に入ると、変わらないなつかしさが視界に入ってきた。母の机はあの時と変わらずに資料が乱雑に置かれている。しかし、母の目線は資料ではなく莽薙に向いていた。
「それで、どうしたの?」
「龍帝の刀を赤城に引き渡してほしくて……」
「え?」
赤城は深々と土下座をした。それに呼応するように莽薙も土下座をする。母の表情は見えなかったが、かなり驚いている様子だと雰囲気で感じ取る。
「自分は無事で帰って来ました、取引の違反にはならないはず、ならば龍帝の刀を——」
「それは……できない」
母は目線を泳がせてとても迷っているように見えた。その為、莽薙は次の一手を仕掛ける。あまり親に対して言うべきことではないが、僕らの未来未来の為に押し通らなければならない。そう決意して姿勢を元の正座に戻す。
「もし返さないのであれば、母であっても『切り捨てる覚悟』です」
「莽薙、貴方、何を言って……‼」
「赤城と同じ苦しみを持って刀を取り返せるのであれば、家の敵となっても構いません‼」
「おまえ、その発言がどういう意味か分かって言ってるんだろうな…?」
奥から荒川実義が神妙な面持ちでズカズカと部屋に入って来る。莽薙もそれは予想外で流石に動揺してしまった。
「お前が敵に回すのは、今の御伽家を作った莽鐘の家臣団だぞ…?」
ここまで大きくしたのは確かに尊敬できる。莽薙は目の前の偉大なる歴史の建設者たちに背筋が凍る。だが、ここで下がるわけにはいかない。
「それがどうした、所詮過ぎた歴史を威張ってばかりの老人が‼」
「莽薙‼言葉を慎みなさい‼」
「事実を述べただけだ!結局偉大なのは父さん一人で、残ったのはその取り巻きなんだろ!だから今この家が止まってるんだよ!」
あれだけ相思相愛の家族だったのに、自分が壊してしまった事に涙が溢れそうになる。だけど……だけど…‼
「赤城と旅をつづける為に……、」
「莽薙…あのなぁ……」
もう心が持たない、僕に喋りかけないでくれ。説得して説き伏せようとしないでくれ。僕らの旅を終わらせない為にはこれしかない。
「もういい、自分で探す!」
そう言ってむせび泣くために右足を進めてこの部屋を出ようとする。だが反対の左足が動かなかった。
「いや、いいんだ莽薙。こんなにしてまで父の形見は欲しくない……」
赤城は右手で莽薙の左足を掴み、見たことない優しい目つきでこちらを見上げる。その顔には莽薙も度肝を抜かれた。
「だけど、赤城は…‼」
「また俺の負けだ、旅は続けるし、刀もいらない」
赤城はそれでいいかもしれないけどよ、僕はもう引けないとこまで来てしまったよ。ここからどうやって後退すればいいんだよ。家族と喧嘩してまでここに来たのに。
「君の負けは僕の負けだ、絶対に引かない」
もう止めてほしいのか、背中を押してほしいのか分からない。ただ進んだ方向にがむしゃらに進むしかない。でも、早くここから抜け出したい。
「……分かった、分かったわ、ちょっと持ってなさい」
母は足早に部屋を出ていく。荒川は呆れた様子で母についていく。莽薙のは何が起きたのか分からないまま膠着する。暫く膠着した後に赤城と顔を見合わせて正座に戻る。
そして戻ってきた母の手元には細長い木箱があった。木箱を開け、白い布を丁寧に捲る。現れたのは黒に輝く鞘。白の間に赤が入り、上品さを醸し出す柄。鍔は青黒く渦を巻いているように見える。瑠璃は恐る恐る鯉口を切って刀身を眺める。そんな刀の刀身は薄く黄金に輝いているように見えた。
「…さすがの保存状態ね、錆一つついていない」
母は刀身をしまって赤城に明け渡す。赤城は夢かと疑心暗鬼になっている様子だった。
「……御伽家なのに、なぜこんなに保存状態が…」
「……それはね、うちの莽鐘も貴方の父を尊敬していたからよ」
赤城は刀から母に目線を合わせる。
「それって…敵なんじゃ…」
「『敵ながら天晴』ってやつよ、龍帝の武芸にはいつも驚かされていた。捕縛した時も主人の願いで決闘していた。その決闘は主人が負けたけど、『戦で負けたのだから』と言ってその刀を置いて自身で縄をつけていたわ……」
「自身で……縄を……」
「それで、『この刀を後世の者に託す』と言ってのけた。主人は命だけは許すと言って解放した。主人は龍帝を御伽家に勧誘したけど断られた。『息子たちより先に行きたくない』って、『自分が解放されるなら息子たちの罪もなくしてくれ』って…」
母はお茶を啜り、一呼吸置く。赤城はそんな少しの間も啞然としている。
「それが主人との最後の別れ。龍帝と主人はよきライバルだったのよ。貴方達もそんな関係になったら本望です。過去のことは水に流してよろしくね、赤城君」
赤城はコクッと頷く。一見強制的にも見えたが、莽薙は赤城のその横顔から自発的な物だと感じ取った。
「莽薙はちょっと来なさい…?」
顔はにかやかでもオーラは完全に鬼人である。黒いオーラが轟々と漂う。隣の鬼人よりもよっぽど鬼に見えるのは自分だけだろうか。
「……大丈夫だったか?」
「そりゃ……鬼人に怒られて無傷の方が心配でしょ…」
「…それもそうだな」
莽薙は仲山王に合図して天馬を用意させる。天馬に跨り終えると、天馬は元居た空へと天高く翔ける。
「な、俺の言った通り莽薙も成長しているだろ?」
「……まあ、予想外ではあったけども」
「瑠璃の人選もいい方に効いたみたいだな」
「……ええ、そうね」
息子の怒号を受けても尚、彼らは喜びの笑みがこぼれてしまう。これが親の本性でもあり、瑠璃の作戦勝ちなのかもしれない。
「……莽薙、ありがとうな、俺の為に——。」
「赤城のためでもあり僕の為でもある。感謝はいらないよ。それに赤城の本番はこれからだろ?」
「ああ……兄弟喧嘩で勝たないとな、父にも面目ない」
仲山王もその会話に微笑み、提案を承認した甲斐があったと心底思っている。赤城が覗き込む父の形見はその言葉に反応したかのように反射光で輝いた。




