第三話 王将の王将
「……御伽家か」
赤城は真顔になった尚志王を見て、急いで花蓮に薙刀を出させ、赤城が薙刀を持って立ち上がる。莽薙はそれに気が付くことができない程緊張していた。
「また御伽家だったか。伊舎堂、こいつを——」
『蜂の巣にしてやれ。』
「!?!?」
伊舎堂との間合いはどう考えても辿り着かない程遠い。銃口が構えられた。莽薙は睨みを利かせるだけで、内心は焦燥感に駆られていた。赤城は傷を抑えながら薙刀を片手に莽薙の前に立ちはだかる。
「……赤城、お前はそっち側なんだな。」
「だから言っただろ、俺はお前の言う事には従わない。」
「……では、御伽諸共死ね。」
ヴァン!
莽薙の旅。それは当主の器を身に着けるものだった。赤城の同行。それは莽薙の身の安全を確保するための物だった。しかし、その願いはどちらも叶わぬ願いとなってしまった。この段階では、そう結論付けられる。
「全く、久々に来てみたら、こんな惨状だとは……笑えないね。」
莽薙と赤城の前に杖をつき、白い髪に王冠を被る凛々しい人間が立っていた。銃弾は地面に落ちている。莽薙と赤城は意味も分からぬ安全を確保され、憔悴していく。
「……面倒な事になったな。」
「おや、人のことを『面倒』だと言うのは失礼だな。」
「どうしてここに来た?」
「客人をもてなすのは『王の仕事』じゃないか。」
「……王?」
尚志王も王。この目の前にいる人も王。「翁」の聞き間違いだろうか。ではこの上の王冠は何を意味するのか。そもそも王冠が二つある時点で何かがおかしい——。
「……今は相手にできん。帰るぞ!」
尚氏王らはそのまま引き払った。立っている人物はゆっくり振り返り、後ろにいる梔子姫の様子を伺う為に膝を曲げた。
「……凄いな、この状況でも生きているのか。魔力量が減少しないとは——。」
その人物は梔子姫の傷口だけで包帯で止血した。その間、莽薙は赤城に肩を貸して花蓮と千々波の元に戻った。
「……ナギ君、あんま無茶しないで。貴方の命が一番なんだからさ——」
「命に一番も二番も、あってたまるか。」
「……。」
「いいや、残念ながらこの世には命に順番がある。」
梔子姫に治療を施した人物がそのように告げる。その人物は梔子姫を背負っていた。莽薙はその人物に視線を向ける。
「確かにその世界の方が良いだろう。でも、世界は綺麗事だけでは回らない。この子達が死んだら、君に衝撃を与えるだろう。だが、君の死が与える衝撃は、世界を変えてしまうかもしれない。それを自覚したまえ。」
「……。」
「まぁ……あそこまで命を張る主も珍しい。そう言う主は人に好かれやすい。それも良いとは思うがな。」
その人物は指笛を鳴らす。すると天から翼の生えた大きな白い馬がやってくる。その白馬はその人物の前に座割り込み、梔子姫を前に乗せ跨った。
「君たちの避難所に案内しよう。この子に乗ってくれ。」
「……いいんですか?」
「いいとも、早く乗りたまえ。」
「というか、貴方誰なんです?」
「話すと長くなるから、この後話そう。まずはここから逃げる事が先だ。」
莽薙がその後ろに座り、その後ろに花蓮が千々波を載せて跨り、一番後ろに赤城が跨った。白馬は立ち上がり、ゆっくり翼を動かして空へと翔けた。
「あれ、花蓮さん目を開けないんですか~?」
「か、風が強くてぇ……」
「ほら、下とかいい景色ですよ~」
「ひ、ひぃ!」
「千々波は大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、楽しいじゃないですか~!」
「どこがだよ!!」
花蓮は終始そのように叫んでいた。しかし、その後ろの赤城も静かに目を閉じていた。それには誰も気がつかない。目に見えて怖がる花蓮を見てからかい続けていた。
その団欒も束の間、白馬はとある島に降り立った。そこには立派なお社のような建物があり、その玄関口に着陸した。到着と同時に梔子姫と赤城は指示を受けて侍女に連れられて治療室へ向かった。
「さて、旅で疲れただろう。少し部屋で待っててくれ。」
すると侍女が案内をして中に入る。中はそれほど荘厳なものではないが、かなり整理整頓が行き届いている簡素で雅な場所であった。その先には椅子と机、その上に人数分のジャスミン茶が淹れてあった。次女はそこで待つように言い、莽薙らの三人はそこに座って待つ事になった。
「ナギ君……私、怖いんだけど……」
「……何が?」
花蓮はテーブルにあるジャスミン茶に手をつける。ジャスミン茶の水面が小刻みに波打っているのが分かった。
「……ほら、菊水家ってのは、軍政をする家じゃない?」
「まぁ、御伽家の軍政を担ってることぐらい知ってるよ。」
「……私、武芸は嗜んでいるけど、実戦は——。」
花蓮はそのままジャスミン茶を少し飲んでテーブルに置いた。
「無理もない。文官なのはよくわかる。」
「……こんなに戦闘が続くとは思わなくてさ、私、怖くなっちゃって。——梔子姫が撃たれた時なんて、もう、頭が真っ白に……。」
「自責する必要ない。こうして無事に居る訳だし、君の強さは誰よりも知っているつもりだ。武芸ができる事が必ずしも強いわけでもいい事でもない。逆に、御伽家が菊水家の時代に戦闘を経験していない程、平和に貢献している事の暗示だと感じるよ。」
部屋にいいにおいが充満する。花蓮はその言葉に頷く拍子に、千々波の手元を覗く。そこにはあの店主が焼いていた焼き魚を頬張る千々波の姿があった。花蓮は涎と目を輝かせてそれを見ていた。
「あ、食べます?」
「食べます!」
「逃げる前にいち早く六本貰っておいたんです、莽薙さんもどうぞ!」
「……そこだけは用意周到なんだな。」
苦笑いを浮かべながら櫛を受け取る。冷めてしまってはいたが、中々美味しい焼き加減である。塩の旨味が魚の旨味を引き立てる。これは冷えても変わらない。店主の手腕には感激せざるを得ない……。
「いいものを食べているな。」
「食べそびれてたんで!」
「元気なことは結構な事だ。」
救ってくれたその人物が一番奥の席に座る。
「改めまして、神琉王朝国王、仲山王だ。此度は御伽家がわざわざ来るとは思っても居なかった。改めて歓迎しよう。」
「……王ってのは、この国には二人いるんですか?」
「まぁ、そうなるよな。説明させて頂こう。」
仲山王は生まれつき病弱で、王政の先行きは危ぶまれていた。仲山王が王になった頃、尚志王がやってきた。彼は元の名を「晴通」と言った。彼は武術に優れ、仲山王に無い王の素質を補った。安心した父はその数か月後に亡くなり、母は後を追うように数日後に亡くなった。
事態が動いたのはその数年後。仲山王は病を患ってしまう。治すために一時的に津幡ノ口へ移動した。その時に向神島で仲山王に対する謀反が起きて王宮が占拠された。
「陛下、私が朝敵を討伐いたします」
そう志願したのは晴通だった。彼と共に仲の良い三人も連れていくことになり、仲山王も彼らなら任せられると信じて任せることにした。それが「晴通として」最後の姿になった。
次に来た情報は一か月後、仲山王の病は完治しており、晴通の帰りを待っていた頃。この事件の処遇と晴通の恩賞を考えて気持ちは昂っていた。
「晴通が尚志王として王位に就きました……。」
その情報に仲山王は杖を持っていたのにも関わらず、膝から崩れて無音で無心の極地に閉じ込められた。信じていた者の裏切り程、心に響く傷は存在しない。
「晴通が——。」
後から仕入れた情報だが、尚志王は謀反を起こした「比嘉」という女に操られていたらしい。連れた仲間を三人暗殺し、彼の親に手をかけて脅した。尚志王は比嘉の人形にすぎない。その噂ばかりの一方的な情報だったが、それを信じなければこの心の保ちようが無かった。
「私が王将ならば彼は玉将——。私が病で鳩海湾を離れたばかりに—。」
話を終えた仲山王は俯いて動かなかった。全員が莽薙に目線を向けた。決定権を託し、どの様にするのか判断を待っていた。悩んだ挙句、仲山王が言葉を続ける。
「——あまり好まないが、貴殿らにはやってほしい事があるんだ。」
「赤城と梔子姫の治療、匿ってくれた対価として、出来る事なら何でも。」
「それは頼もしい。では——」
『君たちが尚志王を倒してくれ』




