第十三話 未来への布石
何の変哲もない朝日が昇るが、一風変わった生活が幕を開けた。それぞれが別の行動をするのは旅が始まって以降初めてのことなのではないだろうか。
「やあ、やってるか?」
仲山王は赤城のもとへ顔を出した。赤城はいつものように素振りから始めている。しかし、赤城が仲山王の言葉に全く気づく様子はない。そこで仲山王は天馬を呼び出して耳元で指示を送る。
ドサッ
天馬は背中から長い鼻で赤城の頭を小突いた。赤城は驚いたように振り向く。天馬と気づくと頭を優しく撫でて応対した。その後ろに居る仲山王を視界に納めると軽く目礼した。
「…赤城君、君は自分が思っているほど『強くないよ』」
「おはよう」でも軽い挨拶をすると思っていながら、正反対と言ってもいい文言が耳を貫いて脳で吸収される。不意を打たれた挨拶に赤城はただただ啞然としていた。
仲山王は近くの大きな岩に座り込み、小包から赤城の折れた刀剣を取り出す。目の前で観察して見せ、刃先を見ながら折れた断面を指でなぞる。
「刃こぼれをして、刀剣の折れた断面も岩のようにデコボコしている。力に任せて多彩の剣術を武芸のように扱うのは構わないが、それは所詮『芸』止まりだ。」
「体が動かない奴に言われても説得力がないな」
「いや、その逆だ。体が動かせないからこそ、自分や他人の体の使い方や癖は直ぐに分かる」
天馬は赤城から仲山王に駆け寄って、愛でることを要求している。仲山王はその要求を呑むように膝に顔を乗せさせて鬣を撫で始める。赤城はその悠長な様子を見て少しばかりの怒りを抱くようになる。
「さっき言ったように君の戦いは『力の入った芸』。決まった動きにはとても強いが、瞬時の動きには力を無駄に使ってしまう——。君、本当にこの剣術でここまで上り詰めたのか?」
「……じゃあどうすればいいんだ、実際に守れてるのは事実であるわけだし、護衛任務には支障を出していない」
「問題は君の剣術が全くあってない事だね」
赤城は仲山王に隠し事が通じないと感じ、赤城が何故このように戦うかを説明した。その説明は仲山王の思っていた以上の回答だった。感銘を受けた仲山王は呆気にとられた様子だったが、微笑んで頷いて赤城の主張を認めた。その上で現状の打開策を講じる。
「では、練習が『ルーティン化』している事ではないかな。同じことをしてもあらゆる状況の対処にはならない。君は真面目だがそこに気づけなかっただけだと思う。」
「——なら、何をすれば…」
「僕は君の今までしたことを知らない。知ってるのは君自身だ。」
赤城が考えている間に仲山王は天馬に合図し、体を浮かして優しく乗馬する。赤城が気づいた時には手で撫でながら次の行き先を呟いて走り去ってしまった。
「あ、おい‼」
「君だけに構ってられない、なにか欲しかったらそこの侍女に行ってくれたまえ」
赤城は暫く手を止め、啞然として考えていた。自身に足りないもの、自身の理想的な戦い方に必要なもの、いらないもの、道具の各々の性格を再整理して——。
仲山王は次に莽薙の下へ馬を走らせた。莽薙のは挙動不審となって歩き続けながら熟考しているようだった。その様子を見て仲山王はぶら下げていた仮面を着けてから降りることにした。
「莽薙君は何をしているんだい?」
「うわっ⁉なにいきなり⁉」
天からいきなり天馬と人が降りて来たら、それは驚かない人なんていない訳で。それが知っている者であれば驚きは次第に小さくなる。だが、それが乾いた老人のようなお面をつけていたら、それは全く別の話である。
「いや、いいお面だよな、千々波が渡してくれたんだよ、これ」
そういいながらお面を外して笑顔をこちらに向ける。一体こんな状況になったら人間はどのような反応をすればよいのだろう。多くの人は恐らく彼と同じ愛想笑いをするだろう。
「で、どうした、こんなとこで動き回って……」
もう一つ不気味なのは莽薙が仲山王の顔を見てから、仲山王の前を再び円を描くように回っているのだ。仲山王のこの言葉でやっと止まる事ができた。
「いや、考え事です」
「どんな考えなんだ……?」
「この状況を打開して、安全に世界を回る方法です」
「……それって修行したくないだけだよね??」
「そう…とも言えますよねぇ……」
「よくこの僕の前で言えたな」
少し呆れた仲山王と相対して、莽薙は真面目な雰囲気である。仲山王は赤城のように正当な理由があると信じて真剣に莽薙の話を聞くことにした。莽薙は仲山王の言葉に出さない問いかけに対して答える。
「僕は早く世界を見なければならないのです」
「…なぜそんなに急ぐ必要があるんだい?」
「僕らの『夢』には時間が足りないのです、僕らは誰も通った事のない道を逆風の中開拓しなければならない。その為にはここで時間を使うことは良くない‼」
仲山王は目を瞑ってしみじみとその回答を受け取る。そのまま自分にも照らし合わせて、理解せざるを得ない感情を自ら作り出した。
「そうか…、君は夢への出口を探しているのだな」
「不死鳥の一件で命の尊さを知って、僕らは今ここに居ることが奇跡である事を実感した。時間は有限でありながら、終わりがいつかは知らない。できるときに夢を追わなければ…‼」
「確かに…そうかもな、私もこの体では君らのような夢を追えないだろうし、時間が全て持って行っていくような虚無感すらある……」
仲山王は自身の肉体と将来を千々波の作ったお面に落とし込む。その切ない眼でシワの一本一本をゆっくり見ていた。同時に儚さと言うのをしみじみと感じていた。だが、仲山王は既にその答えを持っていた。
「未来や終わりがいつか分からない。だが、未来や終わり方を作るのは今の自分だ。出口を考える前に一つでもできることをすれば、それは自身の未来や終わり方を作る事にはならないだろうか……?」
仲山王はお面を顔の前に持って来た状態で莽薙に話しかける。
「私はこのお面のように笑顔で、未練なく終わりたい。その未来を作るのは今の自分だ。だから君たちに誠心誠意尽くしているし、尚志王も諦めていない。これは我儘かな、怠慢かな、君はどう思う?」
お面を下した仲山王の尊い笑みがこぼれる。その笑みは正に莽薙の求めていた統治者の理想像であった。莽薙はその顔つきから目が離せなかった。
「……い、いいえ、とてもいい考え方だと…感じます……」
「じゃあこの環境を未来のために生かすようにしなければならないな」
莽薙が決意の目を宿して赤城から教わった修行でもしようとしていると、仲山王が再び話しかける。
「そうそう、君から守護神獣の匂いがする。君も開花する事を願っている」
「……守護神獣って…?」
「君たちが見てきた能力のことだよ、赤城君の赤龍、梔子姫の不死鳥、僕の天馬みたいに加護を受けられる神獣。その加護が能力として使える。莽薙君はどうやら『加護を能力に変換する』ことができていないみたいだ。その方法を教えるから実践してみてくれ」
そう言って仲山王は懐から莽薙に文字が多く書かれた紙を渡した。莽薙はそれを眺めて早速実践しようと準備を始めた。
「さて天馬、次へ行こうか」
次へ訪れたのは梔子姫。彼女は静かに瞑想をしていた。仲山王を見ても再び目を瞑り瞑想に戻る。見かねた仲山王は梔子姫の横で天馬に下ろしてもらって腰を掛けた。
「不死鳥を抑えてるように見えるけど、それでいいのかい?」
梔子姫は首を縦に振る。邪魔者扱いしているのは雰囲気でわかる。
「……不死鳥を逆に利用できる方法を教えようか?」
梔子姫は目を大きく見開いて仲山王を注視する。それが言葉のない回答として受け取ると、仲山王は杖に力を込めてゆっくりと起き上がる。
「じゃあ実践してみようか」
そう言って仲山王は屋敷の中の地下室へ招き入れた。深く潜った所に石畳に囲まれた部屋が出てきた。石と石の節々から天馬の力を感じる。その空間で一体何をするべきなのだろうか……。
「今からこの部屋でやるべきことを言うからよく聞いて」
そう言って仲山王は開けた門の外側へ立つ。
『この部屋で好きにして』
「——え?」
薄く大きな扉は勢い良く締まる。梔子姫は騙されたと感じて扉に精一杯の力を与える。だが、薄い扉であるのに梔子姫一人の力では空きそうになかった。梔子姫の内部で恨み憎しみの感情が駆け回った。
「さっき千々波には侍女をつけて稽古させたし、梔子姫は地下室に入れ、赤城君は自主練の練習、莽薙君は守護神獣の訓練……後は菊水君か」
仲山王はいつものように天馬に跨って菊水の下へと向かった。菊水の様子を上空から見守っていると、彼女は薙刀の素振りをしている様子だった。そこで仲山王は降りて様子を見る事にした。
「うわ、なにッ…ゴホッツゴホッツ」
「あー…ごめんごめん、勢いよく降りすぎたね」
咽た菊水に駆け寄って心配しようとしたが、却って自分が着地時に転んでしまった。結局天馬に支えてもらいながら何とか立つことができたが、変な心配を菊水にさせてしまった。
「心配するな、それほどもろい体ではない」
「いや、それでも、随分派手に転倒されていましたので…」
一呼吸間をおいて転倒した話を退ける。そして軽い咳払いをして、新しい話を切り出し始める。
「で、調子はどうだね」
「万事順調ですよ」
謙遜してそのような言葉が出ているのだろう。だが、転倒が原因か分からないが、彼女の戦い方を観察することはできなかった。さて、どんなアドバイスをしたものか……。
「あ、あの……ナギ君達は……元気にしてますか…?」
「……ああ、みんな元気にしているよ」
一人、地下室に強引に閉じ込めた者はいるが…。
「なら…安心ですね」
「何か恐れているのかな、僕を疑っているとか…?」
「そんな、とんでもない‼」
「じゃあ安心したまえ、僕は人の嫌がる事をしない」
一人、地下室に強引に閉じ込めた者はいるが…。
「……ただ寂しいというか、虚しいというか、仲間といない日常に戻る事に少し嫌悪感があるんですよね…」
彼女の事情は知らないが、その発言には裏はないと思える。それほどに悲壮の笑みを浮かべている。あまり過去の詮索はしない方がよさそうだと直感で感じる。逆に察して支えることが必要なのかもしれない。
「…ならば千々波と一緒に侍女と訓練するか?」
「いや、この感情にも終止符をつけなければなりませんよね、一人に慣れる訓練としても私はこのままやります」
「……そうか」
弱さを理解して克服しようとするのは、強さへの第一歩には違いない。菊水君も他人事にせず、自分自身についても向き合えるならば、僕がこの機会を設けた意味があると言う物だ。
それにしても彼女の他人思いと言う性格は戦闘面でも遺憾なく発揮できるだろう。それが気付けたならば、アドバイスもそれに沿ってすればいい。
「…なら君は『他者を援護する』ような戦い方を教えよう。非能力者が能力者を支援できるような形のね」
「はい!是非とも‼」




