第十一話 天馬翔ける
「待って待って待って!」
不穏な静寂を破ったのは梔子姫の後ろに隠れていた千々波だった。腕で莽薙と花蓮の間を分けて、そのまま梔子姫の前までトコトコと歩いて行く。
「意味のない争いは良くありません!」
「お嬢ちゃん、まだ小さいから分からないだろうが、そんなの世の中で通用しないよ…ね?」
尚志王の視線が向いている赤城は沈黙を貫いている。尚志王は返答のしない赤城に対して苦笑しながら玉座から立ち上がる。赤城は微動だにしないまま直立不動でいる。
「あーもう‼、みんなゆーこと聞かないんだから!」
千々波は癇癪を起して懐にあった球体を地面に叩きつけ、煙幕を展開した。千々波は全体重をかけて赤城を引っ張る。大きな岩を動かさんばかりに体を張って、ようやく赤城の体勢を崩す事に成功した。
「逃げますよ、赤城様‼」
「…ああ、」
煙幕を飛び出し、全員が前に走っていることを確認して自身も足を動かす、が——。
「あ—、もうつかれちゃあ~~」
千々波の走る足は千鳥足となっており、最早体が蕩け始めている。呆れた赤城がため息をつきながら背中に背負いながら逃げる。千々波は赤城にべったりと接着して休憩した。
「あ、こっち行き止まりじゃね……?」
莽薙の危惧したようにこちら側は鳩海湾に最初に上陸した方面。つまり島の先端にあたり、逃げ場がないのだ。それが連鎖的に思い出されると、一気に血の気が引き始める。
「もうちょっと早く言ってくんないかなああ‼」
今度は菊水が癇癪を起こす。しかし、それでも現状は全く好転しない。先は行き止まりと分かっていても、歩みを止めてはならないのだ。
「あ、そうだ、船長さんに…‼」
乗ってきた船の船長に向かって叫びながら手を振る。暫くして気づいた乗組員がこちらに手を振り返す。梔子姫は出港するようにジェスチャーをする。乗組員は意図を汲めずに梔子姫の指した船首の方へと歩みを進めて手を振っている。勘違いも甚だしい。
「……あいつ後で殺していい?」
「溶礼道の名のもと、殺しを許可します」
「じゃあなんで今逃げてんだよ、戦いを許可しやがれ‼」
「普段は勿論ダメですが、あいつは私たちの命を弄んでる…。これは正義の鉄槌なのです‼天誅ですよ、天誅‼」
「天誅アリなら戦うぐらいありだろ‼」
「……お三方、後ろ見てみな?」
梔子姫、赤城、千々波が振り返ると、青龍刀を輝かせた尚志王が余裕の笑みを浮かべて歩いてくる。
「もう来やがった…。ヤツは?」
赤城が乗組員の方を見ると、既に船首には居なくなっていた。近くまで来て乗船するルートが全くない事にも気づいた。つなぎ合わせた梯子も桟橋もしまわれている。
「あいつめ……、消し炭にしてやる…‼」
もはやあの乗組員の擁護する者はおらず、嘆いているその間にも尚志王との距離が徐々に狭まっていく。
「お楽しみの所失礼するけど、なんで逃げるのかな?」
「貴方が武力で脅すからです‼この野蛮人‼」
尚志王は苦笑して赤城に襲い掛かる。素早い動きに対処するために、千々波を離して迎え撃った。鍔迫り合いが始まり、千々波が尻もちをつく。
「なに襲ってきてんだ、この人殺し‼お巡りさん助けてええ~‼」
「こうなったら『天誅』じゃないのか?」
「そうです‼天誅だ天誅‼」
赤城も千々波の扱いにもだいぶ慣れてきた様子だ。しかしながら、誰も尚志王の威勢に敵うものなどいなく、赤城の行く末に運命を委ねるしかなかった。やがてお互いに間合いを取って下がると、赤城が先行して攻撃を仕掛ける。
『抜刀・昇龍』
高速で間合いに入り、尚志王の視界から消える。赤城は尚志王の直下から刀を抜き、一気に斬り上げる。
「かかったな、赤城‼、『龍気衝天』‼」
切り上げられた赤城の刀に、横から強く青龍刀をぶつける。その衝撃で接触部が激しく爆発し、お互いが衝撃波で外へと追い出される。
赤城が次の攻撃に移ろうと構えた時に違和感を覚えた。普段よりも軽い感触で、空気が斬れる感触がない。先程の爆発で赤城の刀が折れてしまっていたのだ。
「……!?」
「そんなオンボロ刀でよく今までやってこれたな」
刀は横からの衝撃には弱い。尚志王はそれを見抜いてあのような攻撃をしたようにしか思えない。赤城はその折れた断面を眺める事しかできなかった。
尚志王は笑い声を上げると次には黙り込んでしまった。そして哀愁漂う立ち振る舞いで赤城をよく見る。
「結局お前もその程度かよ」
襲い掛かってきたが、固まったままだった。全員で赤城の名を叫ぶが正気に戻らない。やがて尚志王の攻撃が来たが、赤城は反射的に急所だけを守って攻撃を食らってしまう。赤城は廃れた民家へ吹き飛ばされる。忽ち廃れた民家は倒壊した。
「少し残念だな、赤城がこの程度とは……。」
全員が衝撃を受けた。あの赤城が相手に何もせずに負けるとは。あんなに不死鳥を制した男の最後にしては呆気ない最後である。
「君たち、早く行きなよ。対価は貰ってくから。君たちは赤城がこうなった時点で王手で手詰まり。まだ赤城を諦めないなら、相手になるけど」
どうしようもない。この感情をどこにあてれば良いのだろうか。この感情から見れば、この空の晴天も阿保らしく見えてくる。照らす日光とは別に悪寒による汗が滴り落ちる。だが、自分はまだ納得できない。おもむろに刀を抜いたのは莽薙だった。
「な、何やってんのナギ君⁉」
「そ、そうよ、貴方に敵う相手じゃ——。」
「いいんだ、自分が納得できれば、それで……」
本人が自らそういうならばだれも止めることはできない。尚志王は笑みを浮かべて刃を莽薙に向かって構える。もう逃げ場はない。自分から自分に分からせて、赤城の事を自分で自分に諦めさせよう。負けると分かっているから、あえて戦おう。
『天馬、駆けよ』
高鳴る心臓がその声を打ち消し、莽薙は漠然とした悲劇的な未来を見ていた。やがて尚志王の目線が気になり、後ろを振り向く。そこには翼の生えた白馬が表れていた。
「来たか…。」
尚氏王が吐露した言葉も束の間、天馬が莽薙達の目の前に着地。輝かしいオーラを放ちながら、どこからともなく第二の声が発せられる。
『天馬、人々に祝福を、崩す物に天誅を』
「天誅…⁉」
その男性の清らかな言葉は天馬を唸らせ、尚志王へ突進する。尚志王は何故か笑みを浮かべながら突進を避け、そのまま来た道を帰って行った。天馬はある程度の場所まで追いかけると、そのまま飛んで返ってくる。そして天馬の主であろう男性の声が響き渡る。
「天馬、この者達を私の下へと連れてきなさい」
天馬は唸ると次々と服を噛んで大きな背中に乗せていく。全員が嫌々乗せられると、赤城も乗せられた。大きな外傷こそないが、呆気にとられたような様子で天を見つめていた。
「あ、赤城…、大丈夫……?」
心配しているうちに天馬は空を翔けていく。あれ程阿保らしい晴天を悠々自適に翔けてくのが憎くもあり、安心できるものだった。しかし、どれほど広く澄み渡っている晴天でも、この先に何が待ち受けているのかまでは全く見える気はしなかった。




