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僕らの愛しきユートピア  作者: モッツァレラ
第一章 玉将の王政編
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第十話 鳩海湾

挿絵(By みてみん)

↑今回の舞台 神琉王朝の地図↑

透明で透き通る水と言う物質は集まると青く光り、刺激を与えると白いしぶきを上げる。流れは一定の向きだが、全てが同じ道を辿るわけではない。透明で青く白い、枠に収まりながら自由である液体は、人間に落ち着きをもたらしてくれる。

 せせらぎの祝福、木々の喝采、月光の静謐。選んだあの場所は最後の場所。その時の水の色は赫赫として輝いていた。刀を拭ってせせらぎを濁す。現状をうれいても仕方ないのに、溢れる言葉で胸が張り裂けそうだった。我慢できずに漏れ出たのは、捨て台詞のような悲しみ。


「……親孝行って何だろうな」——。



 御伽達は高天河原を後にして白波を切って神琉王朝へ向かった。左に見える故郷に思いを馳せながら、空と海に深い青色を臨み、船内で緑茶を啜る。高天河原のガラス製の茶器と緑茶は味も見た目も劣らない嗜好の一品。


「ナギ君、そろそろ外に出たら?」


 花蓮がドアを開けて顔だけを覗き込ませる。ナギ君と言うのは道中で勝手に作られたあだ名で、梔子姫が考案した。梔子姫はあの淑やかさの反面ユーモアがあって、その性格ですぐに打ち解けられたのは嬉しい誤算だった。


「なんか見えたの?」


 すると花蓮より下の位置から違う顔が覗き込む。巫女とは思えない大活躍を見せた溶礼道の巫女、千々波であった。彼女は世界の視野を広げてくれている。


「ナギ様、向神島むこうじまが見えてきましたよ!」

「向神島…?」

「目的地の島ですよ!」


 千々波はそう言うと直ぐに姿を消した。冷えた緑茶をのどごしのある内に一気に飲み干す。体には悪いかもしれないが、美味しく清々しい気分になれるから止められない。


「赤城も行くか?」


 赤城は故郷の方を眺めながら同じく緑茶を啜っている。しかし、彼はいつものように冷徹な反応しか見せない。


「…俺はいい」

「そう……わかった、じゃあ行ってくる」


そう言って扉をくぐり、船首の方へと歩みを進める。船首の方には既に女性達が陣取り、景色に夢中になっている。風と波の音が自身を洋上に居ることを実感させる。


「あらナギ君、見る?」


 梔子姫に場所譲られ、そこから正面を覗き込む。目の前には堂々と大きな島が見える。


「あれが向神島?」

「違う、あれ実は二つの島が遠近法で繋がって見えるだけで、左の奥にある山が向神島。右の手前にある島が台巌島だいがんとう。見えないけどあの間に愛槻海あいつきかいが広がってるの。」

「梔子姫って意外と地理に詳しいんだな」

「趣味で見てた本に書いてただけだよ」


右から痛い目線を感じるのはさておき、左の千々波にあとどれぐらいで着くのか聞いてみた。しかし、それは誰もわからなかったみたいで、千々波が船長に聞きに行った。

 故郷に近い島とはいえ訪れたことない島。父は「あまり近づかない方がいい」と言っていたが、東へ行くのにこの島を通らずには行けないらしい。そんな不気味な島は故郷が小さくなるにつれて大きく見えてくる。


「あと十七分で着くみたいです!」

「そっか、楽しみだな」

「ただ問題なのが…」


千々波は少し表情が怪しくなり、次第に全員の表情が険しくなる。天気に反して旅の雲行きが怪しくなってきた。


「神琉王朝の情勢によっては上陸ができない可能性もあるそうです……」

「情勢って、そんなに危険な国なの?」


 梔子姫が思い出したように口を開く。しかし、表情は全く変わらないことから、良い情報ではないのは確証がついてしまった。


「確か、国と言うのも危ういとか……」

「国じゃないってこと?」

「いや、国と言うより、王朝なのに王が居ないの」


 全員理解するのに暫く時間がかかった。『王が居ない王朝』。それが意味するのは統制が採れていない国家。理解するにはこの情報だけで十分だった。一気に全員の表情が重苦しく、不安な表情に顔を切り替える。


「この王朝は長らく外国からの関係を絶っている。だから東に行く事が不可能だった。」

「なら東はおろか、上陸もできないのになぜここに…」

「糀谷君曰く、親書が届いたらしい」

「親書ってのは国からの手紙……」

「恐らく国は統一されてる、もしくは平和がある。上陸さえできれば私たちは良いから、何とかなるでしょっていう感じの——。」


 梔子姫は察するように視線を向けて回った。察することはできなくはないが、「てへッ」と言わんばかりの無邪気な顔を見て察する気は失せた。


「——要するに、安全の確証もない所に行くという…」


 梔子姫は「察しの悪いガキが」と言わんばかりの目つきでこちらを睨みつける。いや、この道を提示してきた時点で悪いのはそっちだろ。


「道はそれしかない訳だし、無理だったら戻ればいいだけだよ。梔子姫の旅でもあるんだから別に構わないよ」


 菊水がそう言うので、その意見に合わせる事にした。梔子姫の様々な能力を知り尽くす人物とは一体どのような人間なのだろうか。それ以前にこの島で起きている事も知りたい。眺める島と昂る好奇心は益々大きくなってきた。

 船の軋む音と波に打たれる音を聞きながら船を停泊させ、初めて神琉王朝へ上陸する。上陸すると既に人影が見える。だが、高天河原に比べてかなり少ない。

鳩海湾は大きな港湾都市であると聞いた割に閑散としていて、家屋には砂埃がかかり、柱は腐っている。店は商売を放棄しているようにも見える。この町に気力が無いのは言うまでもなかった。


「な、なにこれ…」


 思わず漏れた言葉がこの島の率直な感想であった。それにしてもここまで荒廃している国家であるのに、通商しないのはなぜだろう。とにかく、鳩海湾を探索してみる事にした。荒廃した船舶、家、店、道。そんな中で唯一優雅さが残っていたものがある。


「…これって」


 朱色の壁面と柱が反射して輝く。装飾も金がちりばめられ、龍の紋章があしらわれている。かつての鳩海湾の栄光を物語っているようでもあり、現在の王権の強さも物語っている。


「ここだけ綺麗に手入れされてる…」

「どうやら国を持つだけの体力はありそうね」


 菊水が呟くと門が開いた。動揺したが閉じる様子もないので、遠慮なく城壁の中へ入る事に。何故かここに来るまでも、今現在も赤城だけが表情を曇らせているように見える。

 場内に入ると間取りはなく、赤い絨毯の直線上に玉座が見える。その玉座に傲慢を具現化したように居座る人物が一人。なんとなく彼の人物像とこの島の現状に察しが付く。


「ようこそ神琉王朝へ、神琉の王・尚志王しょうしおうだ。皆さんを歓迎するよ」


 柔らかな発言の裏側に見下す意図があるのがよくわかる。正直言ってあまり好きな人間ではない。赤城も同じなのか、かなり不機嫌な態度をとっている。


「皆さんは何をしに来たのかな?漂流かな?」

「高天河原から来ました。これより東に行こうと思いまして」

「ふーん、ならいいよ、入港を許可する」


 自分の思い違いで、思ったよりもいい人かもしれない。そのまま莽薙は感謝を述べようとした時だった。


「だ・け・ど、見ての通りこの国の貧困極まれりの状態でね、通行料は貰うよ」

「通行料…?」

「うん、この国のお金で『五百万ジーン』払ってほしいな」


 全員が手持ちの金銭を確認し始める。しかし、それも意味のない行為だったと判明する。


「ちなみに『一ジーン』はどれくらいの価値何ですか?」

「高天河原なら『一鐘=二十ジーン』かな」


 ちなみにこの時の一鐘は一円と同義だと思っていただいて構わない。そう考えるとどれだけ過酷なノルマかわかるだろう。やはりこの人物は嫌いな奴で合っていた。


「…払えないのですが——。」

「そっか、ならその不機嫌なそこの子だけ置いてって。今回だけだからね~」


 その指は赤城に向いていた。赤城が不機嫌な顔を崩して、上陸してから初めて口を開く。


「…俺はここに残る、お前たちは東に行け」

「いや、護衛を頼んでるから…」

「そうよ、私たちを守るんじゃ——。」

「その節は申し訳ない、だが、ここから出れないなら仕方ない。護衛はここまでだ。」


 言葉が出ない。彼の決めた事に口を出すのが申し訳ない。しかし、彼が居ないと旅が進まないのも事実だ。どうにかして赤城を引き戻す方法を考えなければならない。


「赤城…たっぷり遊んでやるからな」


 尚志王が吐露した言葉に反応したのは意外にも梔子姫だった。梔子姫は赤城の前に腕を伸ばして赤城と尚志王の間に入る。


「どんな目的で弄ぶか知らないけど、私は嫌だから。赤城は渡さない」


 梔子姫は振り返って莽薙に目線を向ける。莽薙は何故自分に目線が向けられているのかもわからないまま、梔子姫の目線に合わせてみた。


「もっと自分の思っている事を言っていいのよ、私はあの時言えなかったから」


 その言葉を聞いて莽薙は心情が揺らぐ。迷っても仕方がないと決意し、莽薙は遂に口を動かした。


「僕も嫌だ、赤城は渡さない、赤城は護衛以上に仲間としてもっと一緒に居たい」


 旅を出た時には思わなかった感情が溢れる。そんな体が動いた自分にも驚いたが、どうやら赤城も驚いている様子だった。梔子姫は期待通りの行動に対して笑みを浮かべている。


「悪いな尚志王、どうやら無理みたいだ」


 その赤城の返答に尚志王は予想外にも大笑いをした。その大笑いは貶している様相だったので、莽薙は訝しげに尚志王を睨みつける。大笑いも収まって尚志王が余韻に浸ると、その笑顔を崩さず赤城を睨みつける。


「……じゃあ、力ずくでやるか?」


 そう言うと赤城は刀の柄に手をかけて応じた。


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