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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
終章 神話の帰還

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第九十九話 帰還、妄執

 「炎帝」の名の通り、俺の放った炎は絶対的な嵐と絡み合いながら、空の王者のように空間を支配した。

 直紹さんの風が炎の渦を加速させ、先生の光が影の逃げ道を塞ぐ。

 逃げ場を失った黒い煤たちは赤い劫火に飲み込まれ、断末魔の悲鳴すら鼓膜に届く前に灰となって消滅していく。

 夜住化しそうになっていた人間も、身体にへばりついていた煤が巻き上げられた事で一緒に、消えているだろう。

 夜住が消えていく時の煤もまた、炎と風に掴み上げられて光に貫かれ、消えていく。

 

 これだけの炎の渦だ。

 俺達にも凄まじい熱波が吹き付けてきて、オロチの背にいる俺たちの髪や着物を激しく揺らした。

 熱いし、それを通り越して痛くすらある。

 でも、この熱は帝都を凍らせていた夜住の冷たさに比べれば、圧倒的に『生』の温度だった。


「ははっ、すっげぇ火力! さすがソウちゃん!」

「明神……見事、だ……」


 先生が上機嫌に手を叩いて笑い、直紹さんが苦しそうに、けれど満足げに微笑む。

 俺は刀を振り抜いた姿勢のまま、大きく肩で息をした。

 一気に術力を放出するのは、未だに慣れない。

 身体全体は熱を放出したせいで冷え切っているのに、肺に入ってくる空気がひどく熱くて混乱する。

 だが、視界を覆っていた真っ黒な絶望の雲は、見事に焼き払われていた。

 

 空が割れ、暗いけれど確かに存在している月の光が白い光を漂わせている。

 しかし、安心するのはまだ早い。

 空の煤をあらかた焼き払ったとはいえ、地上にはすでに降り注いでしまった残骸が散らばっている。

 今の嵐で巻き上げられなかった残骸も、まだ居るかもしれないのだ。

 ここで安心して力を抜いてしまうのは、危ない。


『グルルルゥ……ッ』


 不意に、オロチが低く喉を鳴らして身体を揺らした。

 危うく落ちそうになって慌てて直紹さんを支えてオロチの指を掴むと、直紹さんの頭がカクリと、力なく揺れた。

 ハッとして直紹さんを見ると、直紹さんは胸をぎゅうとおさえたまま意識を失っているようだった。

 その顔色はもはや死人のように青白く、唇には微かな血の気が滲んでいる。

 あの体調で神風の風をあれだけの規模で、しかも連続で操ったのだ。

 彼にとっては、文字通り命を削る行為に違いなかっただろう。

 

 オロチは、誰よりもさきに直紹さんの異変に気付いて俺達に警告をしたんだ。

 俺は直紹さんをしっかりと抱き寄せると、オロチの指を二度、叩く。

 それだけで俺の意志を汲み取ったのか、それとも元々そうするつもりだったのか。

 オロチは空中で身体をうねらせると、真っ直ぐに神風屋敷へと降下を始めた。

 

 ビョウゥと耳元を過ぎていく強い風の音を聞きながら落ちていく視界の中で、帝都の惨状がより鮮明になっていく。

 炎上する家屋と、異常な寒気によって凍りついたままの路地。

 身体の末端から徐々に煤になっていく人間と、おそらく神風の人間だろう灯りを持った人間がそれに武器を向ける姿。

 炎と氷、闇と光という相反する二つの世界が、ひとつの街を無惨に引き裂いている。


「ソウちゃん。今見るのは、前でしょ」


 先生のいつも通りの、余裕ぶった声に少しだけ救われる。

 そうだ。すでに神風の者が対処に入っているのであれば──俺は俺で、やるべきことをやらなければ。

 まずは直紹さんを安全な場所に届け、治療を受けさせる事。

 俺が刀を振るうのは、その後だ。

 

 俺は前を向き、迫り来る神風屋敷の敷地を睨みつけた。


 ドンッ!!


 ゴゴゴゴ、と最早風とも言えない空気の塊が俺達の近くを通り抜けていく音がして、直後に凄まじい地響きと共に、オロチが神風屋敷の巨大な庭園に降り立った。

 いや、降り立ったという生易しいものではない。

 巨大な胴体が屋敷を囲い込むようにトグロを巻き、残っていた炎や、外から屋敷に襲いかかろうとしていた夜住の残党を、その圧倒的な質量で壁となって押し潰したのだ。

 一緒に壁やら木々やらをなぎ倒してしまったのは、仕方がないだろう。

 今の帝都に、オロチという巨体を受け止めきれる広場などないのだ。


「な、なんだアレは!!」

「お、大蛇……!? なんでこんなところに!」

「近づくな! 攻撃してくるかもしれん!」

「市民を館へ逃がせ!!」


 屋敷に避難していた人々や、屋敷の刀持ちたちの悲鳴と怒号が飛び交う。

 まぁ、そりゃ、無理もない。

 突然空から巨大な炎の滝が降り注いだかと思えば、今度は見上げるほどの巨大な蛇が屋敷を囲んだのだ。

 混乱しない方がおかしいだろう。

 だが、その混乱の中で俺たちの姿をハッキリと見つけた者たちがいた。


「宗一郎……っ!? 直紹っ! 帳先生まで!」

「お兄ちゃん!!」


 屋敷の縁側から身を乗り出すようにして叫んだのは、葵と和穂だった。

 ハルもその後ろで刀を握りしめながら目を丸くしている。

 どうやら治療を受けに戻ってきていたのだろう彼らの衣服は、煤けてところどころが破れ、血が滲んでいる所もある。

 間に合った。

 無事だった。

 その事実に、胸の奥で張り詰めていた糸がふっと緩みそうになる。

 

 オロチがゆっくりと巨大な手を地面に下ろし、俺たちはその掌から屋敷の庭へと飛び降りた。

 葵が、俺に抱えられた直紹さんを見て転げるように駆け寄ってくる。


「みんな無事? 状況報告!」

「葵、直紹さんを頼む。さっき意識を失ったんだ」

「まさか、さっきの風は……」

「直紹さんだ。デカいのを2回……でも、呪いはとけているはずだ」

 

 葵が、斬られてザンバラになった直紹さんの髪に触れて悔しげに顔を歪める。

 葵にとっては、大事な幼馴染みであり主であり、番でもある存在を目の前で奪われた挙句にこの有様なのだ。

 不甲斐なくて、悔しくてたまらないだろう。

 しかし直紹さんの口元に付着した血と、その体温の高さに気付くとすぐに、俺に頭を下げてから館の中に走っていく。


 俺はそれを見送りながら、大きく息を吐き出した。

 これで、一段落だ。

 空の煤は焼き払い、直紹さんも先生も無事に帰還できた。

 あとは残った夜住の残党を掃討するだけだ。

 ──そう、思っていた。


 ズキリ。


 不意に、右目が燃えるように痛んだ。右目の痛みが強すぎて、頭まで痛くなるほどの熱さだ。

 ただの疲労じゃない。

 この眼が、オロチの眼が、強烈な『悪意』を感知して俺に警告を発している。


「お兄ちゃん?」


 和穂が俺の異変に気づいて声をかけるが、返事をする余裕はなかった。

 俺はバッと振り返り、炎上して黒焦げになった門の向こうを睨みつけた。

 オロチもまた、シューッと威嚇するような低い息を吐きながら、そちらへ首を向けている。


「……しぶといってレベルじゃねぇぞ、アイツ」

『然り、(しか)り、(しか)り』


 先生が、いつものおちゃらけた空気を完全に消し去り低い声で吐き捨て、オロチも不快そうに身体をうねらせた。

 門の向こう。黒く焼け焦げた地面の上で、何かが蠢いている。

 煤だ。

 先ほどの『炎帝』で焼き尽くしたはずの煤が、泥のように集まり、影のように形を作っていく。

 煤は、その場にあったものだけじゃない。

 さっき空に浮かんでいたソレのように、あちこちから煤を呼び寄せ形を成そうとするかのように、黒い帯があの煤に──あの影に、吸収されていく。

 

 人間の形では、なかった。

 あれは、ヘビだ。大きな頭と、同じ太さの身体。あちこちから集まってきた煤の帯が、そのまま肉体を構築して唸り声をあげる。


『ユルサナイ……ワタシヲ……ミトメナイ……セカイナド……』


 ギリギリと、ガラスを引っ掻くような不快な声が脳に直接響く。

 深神霧子の、最後の残滓だ。

 肉体を失い、術式を焼かれてもなお、深神という家と己の執着だけが、夜住の呪いとなってそこに顕現したのだ。

 本人の意識は、もうないだろう。

 ただただ、妄執だけで出現し、一番忌々しく思っていた場所へ──帳先生の居る場所へやってきたのだ。


「……オロチ、お前は屋敷を守っててくれ。結界の代わりだ」


 俺の言葉に、オロチは熱風のような鼻息を吹き、その光で空を照らし出した。

 アイツはもう、神でも刀主でもない。

 ただの、呪いだ。

 こんなものに、オロチの力を借りるまでもない。

 俺は、熱を持ったままの刀を静かに正眼に構えた。


「ソウちゃん」

「なんですか、先生」

「使わないで済めばいいと思っていたけど……アイツを確実に葬るものを、君に託すよ」


 先生が残った片手で静かに鈴を構える。

 先生の言葉が不思議で、一瞬だけ霧子の怨霊から意識を反らして先生を見た。


『打ち鳴らすは暁の鐘、降り注ぐは建御雷(タケミカズチ)の威光なり──』


 先生は、持っていた鈴をチリン、チリンと鳴らしながら、何かの言葉を紡いでいく。

 霧子を睨みつける先生の目は──まるで昼の空のような青い色をしていた。

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