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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
終章 神話の帰還

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第百話 白

チリン、チリ──ン────

 

 こんな状況だというのに鈴の音が静かに、穏やかに鳴り響く。

 鈴がカラコロと音をたてるたびに霧子だったものが呻き、苦しみ、ドロドロと煤を撒き散らす。

 先生の透き通るような青い瞳が、泥の蛇と化した霧子を真っ直ぐに射抜いていた。

 視力を失っているはずのその瞳に、今は確かに強烈な意志と光が宿っている。

 そのゾッとするような美しさに、俺は言葉を失い息を呑んでいた。

 

 チリン、チリンと鳴らされる鈴の音は、さっきまでの清らかな響きとは違う。

 空気をビリビリと震わせるような、重く、そして圧倒的な神気を帯びた音色。


『淀む夜住の毒気を薙ぎ、昏き妄執を此処に断つ。祈りを形に、音を刃に』


 チリ──ン────…

 泥の蛇が、その音をひどく嫌がるように雄叫びをあげながら身をよじり、先生に向けて牙を剥く。

 咄嗟に、俺が先生と霧子だったものの間に身を躍らせる。

 その瞬間、先生が持つ鈴が、カッと目も眩むような青白い閃光を放った。

 背中を向けていても、目を細めてしまうようなまばゆい輝き。

 

 光は先生の手の中で縦に伸び、チリチリと雷のような火花を散らしながら、一振りの美しい白銀の大刀へとその姿を変えた。

 神の威光をその身に宿した、破邪の剣。

 ジリジリと音をたてる真っ白な雷の火花が先生の周囲に散り、周囲の煤を一瞬で消滅させていく。

 

『──神威抜刀(しんいばっとう)、《布都御魂之大刀ふつのみたまのおんたち》』


 屋敷の方で、八岐大蛇が雄叫びを上げるように大きく低い、遠吠えを放った。

 まるで、神威の共鳴。

 ビリビリと響くオロチの声と、先生の持つ刀のジリジリという焼ける音が、俺の目を通して頭に響いた。


「ソウちゃん。灯守として、これを君に」


 いつもの声よりもずっと、ずっと静かで穏やかな声色で、先生がその柄を俺へと差し出す。

 その声は昔──昔に聞いたことのある声の音だった。

 静かで、優しくて、まるで何かの覚悟を決めたような、そんな声。

 

『……こんな時間に、お外にいては、いけない、よ……』

夜住(よすみ)の残りが、影にいるかも、しれない、からね……』


 十年前のあの日。

 雪に埋もれて今にも消えてしまいそうだった先生を見つけたあの日に聞いた、俺を案じる先生の声。

 あの時はまだ「神守」だった先生が、どこの誰とも分からない俺のためにかけてくれた、優しい声色。

 そんな声をまさか今、聞くなんて。

 

 俺は持っていた自分の刀を鞘に納め、代わりにその光の剣の柄を力強く握りしめた。

 ズン、と。

 見た目の美しさからは想像もつかないほどの重圧が、腕を通して全身に伝わってくる。

 だが、それは俺を押し潰すような重さじゃない。

 俺の中にある術力と、先ほどまで纏っていた火花の残滓。

 そして俺の眼窩に収まっているオロチの眼が、剣の放つ神気と強烈に共鳴している重さだった。


「お兄ちゃーーーーん!!!」


 布都御魂之大刀を受け取った俺が、その刀身の重さと先生の儚さの間で言葉を失っていると、その背中をぶん殴るように聞き慣れた声が響いてきた。

 和穂。

 身体のあちこちに包帯を巻いた幼馴染みの少女とその灯守が、オロチの結界ギリギリで腕を振っていた。

 父さんと母さんも、いつの間にかそこにいる。そこで、見守ってくれている。

 俺の、日常の光景の、ひとつ。


「やっちゃえお兄ちゃん!! 終わらせて!!」

「残ってるのはソイツだけだ! 後は、俺等でもなんとかなる!」

「宗一郎!!」

「やっちゃいなさい、宗一郎!」


 男の子でしょ! なんて、この年齢になって言われるとは思わなくて、先生と一緒に苦笑してしまう。

 目の前の大蛇は、沢山の人間の声にイライラしているのかその長い尾を振りかざし、振り下ろしながらのたうっている。

 その周囲には布都御魂之大刀から散った火花が舞っており、あの火花たちが俺を守ってくれていたのだと、知る。


 俺は、グッと、手に力を入れた。

 ただそれだけで、周囲に火花が増えて音をたてる。

 炎がさらに力を増したような、雷の火花。

 俺は背後に立つ先生をちらりと見て、彼の瞳の中に今は見えない青空を見た。 


「先生……ありがとうございます」

「いいってことよ、愛弟子! ほら、アイツ待ちくたびれてるみたいだよ」


『トバリィィィヤアァァァァァァッ!!』


 布都御魂の光に当てられ完全に狂乱した泥の蛇が、ついに火花を蹴散らして巨大な顎を開いて俺たちへと襲いかかってきた。

 何本もの腕が泥の中から突き出し、ベタベタベタと身体を支えるように地面を叩き、凄まじい速度で俺を引きずり込もうと宙を掻く。

 狙いは、俺よりも俺の後ろの帳先生だろう。

 まだ、霧子の意識が残っているんだ。正確には、先生への憎しみと執着、が。

 

 俺は大きく踏み込み、布都御魂之大刀を上段に構え、足元から明神の火花を散らし、布都御魂之大刀からは雷の火花を散らす。

 朱と白。二つの色の火花は俺の中に残った術力を増幅させ、術力を筋力に回した俺は地面を駆け抜けて宙を蹴ると、渾身の力でその白銀の刃を真っ向から蛇の頭部に振り下ろした。


 ガァァァァンッ!!


 鐘を打ち鳴らしたような凄まじい破裂音が響き、神威の雷が泥を焼き焦がした。

 二種類の火花がジュウジュウと重い音をたてて蛇の鱗を焼いていく。

 だが――斬れない。

 頭蓋骨なのか、それとも皮膚を断ち切れていないのか、途中で刃が止まっている。


「ぐ、ぅぅうッ……!」


 刃が、蛇の頭部に半ばまで食い込んだところで、分厚いゴムの壁に阻まれたようにピタリと止まってしまった。

 蛇は俺の方をチラリと見ただけで、刃が食い込んだまま地面を叩き更に先生に向かっていく。

 俺は決して軽くなんかない。デカさと筋肉に見合った重さがあると、自負している。

 なのにこいつは、一顧だにしない。


『ユルサナイッ!! オマエダケハ!!! カミモリ!! トバリィィィッ!!』


 泥の中から無数に生えた悍ましい腕が、白銀の刀身に群がるようにへばりつき、力任せに進行を阻んでくる。

 なんだ、この凄まじい怨念の密度は。

 神剣の放つ浄化の光を、霧子の底なしの悪意が無理やり押し留めている。

 それどころか、泥の蛇は俺ごと剣を飲み込もうと、巨大な顎をさらに大きく開き、ドロドロの毒の煤を俺の腕へと這い上がらせてきた。


 霧子の、刀主としての神への対抗力がこんな所でも悪戯をしているのか?

 刀主としての能力と夜住としての属性が絡み合うとここまで凶悪なものになるとは、想像もしていなかった。


「くそっ、重いっ……!」


 腕の筋肉が悲鳴を上げ、鱗に足をつけ踏ん張る膝がガクガクと震える。

 すでに『炎帝』で術力も体力も底をつきかけているんだ。

 布都御魂の重圧に耐えながら、これほどの呪いの塊と押し合うなんて、無茶にも程がある。

 這い上がってきた煤が手の甲に触れ、ジュッと嫌な音を立てて皮膚を焼いた。

 痛い。

 だが、ここで少しでも力を抜けば、俺も、後ろにいる先生も、結界の中のみんなも。

 この泥に飲み込まれて──帝都は、完全に終わる。


 まずい。

 そう思った瞬間、凄まじい風と光が蛇の身体を押し返し、俺は再び地面に足をつけた。

 神風の風と、先生の光だ。

 俺はバッと顔を上げて屋敷を見ると、屋敷を覆う程の風が神風屋敷の上空に渦巻いていた。

 灯守が傍にいる、刀主の力。

 俺はその凄まじい術力に感動しつつ、刀を握った手に力を込めて再び火花を散らした。


「歯ァ食いしばれ、ソウちゃん」


 背中から、トン、とあたたかい体重を預けられた。

 先生。

 白い手が横から伸びてきて、柄を握る俺の手を上からしっかりと包み込む。

 昔は、大きな手だった。今は俺の手よりも、ずっと儚く、脆そうに見える。


「せ、んせい……」

「言ったでしょ。最後は僕たちで決めるって。こんな泥んこ遊びに、これ以上付き合ってられないよね」


 なのに、どうだろう。この頼もしさは。

 俺の手を包む先生の手から、清烈な光の術力が布都御魂へと注ぎ込まれる。

 刀が食い込んだままの頭部に、更に刀が食い込んでいく。

 

 さっきは少しも動かなかったのに、光に満ちた刃は力を入れればさらにググ、と皮膚を裂いて煤を散らした。

 青い瞳を真っ直ぐに霧子へと向けた先生は、一切の恐怖も揺らぎもない声で告げた。


「君の居場所は、ここじゃない。泥に還れ、霧子」

『トバリィィィアアァァッ!!』


 霧子の断末魔のような叫びが響く。

 頭を振り上げて俺達を弾こうとするかのように、首に力が入るのが筋肉の動きでわかった。

 だが、させない。

 俺は自分の術力を全て下半身に回して、どっしりと根を張る大木のように力を込めた。

 

 更に噛みしめていた奥歯を砕けんばかりに食いしばり、最後の、本当に最後の一滴まで術力を絞り出す。

 元々術力は多い方じゃない。術を使うのだって、得意じゃない。

 でも今は、そういうことを言っている場合じゃあないんだ。

 

 右眼が熱く脈打ち、オロチの視界が泥の蛇の『核』をハッキリと捉える。

 同時に、オロチの眼から術力が漲り脳が燃えるように熱く、熱くなった。


「オオォォォォォッ!!」


 先生の光と、俺の炎。

 そして神剣の雷が三位一体となって、爆発的な輝きを放った。

 一瞬刀を握っている俺の視界すらも焼いて、布都御魂そのものが膨れ上がるように輝く。

 視界は、真っ白どころじゃなくただただ無の世界になったような、そんな気さえもした。


 やがて、群がっていた泥の腕が光に焼かれてボロボロと崩れ落ちる音がして、ようやく俺は目を開けた。

 蛇の肉体がボロボロといくつかの塊になって落ちていき、落ちた一片は煤になって焼かれて消えていく。

 途端、抵抗を失った刃が、泥の蛇の頭から尾の先までを、今度こそ真っ二つに引き裂いた。


 両断された泥の肉体は、猛毒の煤ごと細胞の一つ一つまで焼き尽くされ、真っ白な灰となって風に散っていく。

 もう、煤じゃない。

 ただの真っ白な灰だ。

 あとに残ったのは、焼け焦げた地面と、静寂だけ。

 柄からふっと重みが消え、布都御魂之大刀はチリン、という小さな音を立てて元の鈴の姿へと戻り、地面に転がった。

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