第九十八話 昇龍、消黒
オロチの飛翔は風を置き去りにするほど速く、瞬く間に帝都の輪郭が眼下に迫ってきた。
先生の『天響の灯』が放った絶対的な白光は、空を覆っていた煤の雲に大穴を穿ち、一時的に朝のような輝きをもたらした。
だが、光が収束していくと同時に、地上にへばりついていた影が蠢き出すのが、右眼を通してハッキリと視える。
地面にへばりついていた黒いヘドロのようなものは、全部、煤だ。
帝都の地面の殆どを埋め尽くしている黒い煤は、近づく人間たちを飲み込もうと蠢いている。
逃げ惑う人々は、ほんの少しの明かりを頼りに神風屋敷に駆け込んでいる、ようだ。
轟々と炎を巻き上げているのは神風屋敷と、神風の領地内にある公共施設だろう。
和穂。和穂は無事だろうか。
刀と鉄を打ち付ける手が一瞬緩みそうになるが、今は少しでも多くの火花を散らすことを考えて出来るだけ余計なことを頭から排除する。
「直紹、もう一発同じの使える? 地面から剥がしたい」
「わかりました。大丈夫です」
「……無理してない?」
「ふふ、この場面こそ無理をすべき時ではありませんか」
ギィィイインッ
強く鞘に刀を打ち付けて、オロチの速度にも負けない火花を生み出す。
今はもう、オロチの周囲にはそこそこの数の火花がバチバチと音を立てて明るさをたもっていた。
地上から見れば、大きな火の玉が空を飛んでいるように見えるかもしれない。
今は、それでいいか。
地上の人々から見て、オロチがどう受け取られるかは分からない。
またバカでかい妖怪が出たと思われるかもしれないが、この火花が散っていれば少しくらい、安心してくれるかも。
そう願いながら、俺はまた強く、刀を叩きつける。
『神風の風よ……』
『沈みゆく泥濘、 遠き警鐘っ……』
先生と直紹さんの詠唱が同時に始まる。
オロチの身体が揺らぐほどの強い風が空中で渦巻き、竜巻のように地上のものを吸い上げ始めた。
神風屋敷の人間は、これが主の術だとすぐに気付くだろう。
──主が、無理をおして術を展開しているのだということにだって、葵は気付くかもしれない。
すでに、直紹さんの顔色は真っ白を通り越している。
体調が回復していないのにあの寒い中を連れ回されて、更に強い術を連発しているんだ。
疲れていないはずがないし、消耗していないはずがない。
それでも直紹さんだって命を賭けてくれている。
他でもない、帝都の人々のために。
ゴォッと凄まじい音をさせて風が地上を舐め取るように動き、それを光が貫いていく。
さっきよりもハッキリとした、夜住どもの断末魔が聞こえる。
地上は近く、けれど、決定的に近すぎることもない距離だ。
俺は刀を振りかぶり、周囲の火花たちに切っ先を向ける。
「明神流華炎術──っ!!」
巻き上げる風を、拒絶しない。
そこに炎を乗せて、強く、強く──共鳴させるように、火花を流し込んでいく。
炎は、風を伴い急激に強くなっていくものだ。それを今、直紹さんの術式に乗せて、帝都で、やる。
まだ、帝都は死んでいない。
ご照覧あれと、先生の輝きで貫かれた空に見せびらかすように、炎を喚んだ。
「炎帝!!!」
風に絡みつき、混ざり合う炎に更に術力を込めて威力を上げる。
いつもならばしないし、出来ない、帝都に火をつけても構わないと言える、本気の炎。
地面から剥ぎ取られた黒い何かが、赤い炎に変化して空で霧散していく。
その光景はまるで、滝を上がる鯉が龍に変化する様のようだ。
合間にギィギィと唸るような声が聞こえてきて、なんとも嫌な気持ちになる。
だが、炎に巻き付かれて消滅していく様は神秘的で、俺はなんとも言えず皮肉じみたものを感じるなと、刀を鳴らして火花を作りつつ、口角を上げて眉を歪めてしまった。
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