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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
終章 神話の帰還

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第九十七話 上空、浄空

 うわ、と、俺は思わず声をあげていた。

 オロチの手に包まれて上へ上へ。

 ただひたすらに地下空間からまっすぐ上に向かっている俺達の前に、行く手を遮るものはなかった。

 当たり前だが、普通ならば岩の天井はあるし、坑道だって合ったはずの場所だ。

 それなのに、オロチの手の中に包まれていると、それらが一切干渉してこない。

 まるで自分たちが幽霊になってしまったかのように、俺達は岩や土を通り抜けていた。


「これ、オロチが手を開いたらって思ったら、怖いね」

「怖いこと言わないでください……」


 オロチの手は、俺達三人を包んでもまだ少し余裕があるくらいには巨大だ。

 いや、そもそもがオロチには大きさの概念というものがないのかもしれない。

 さっきまでは直紹さんを手のひらに乗せられる程度の大きさだったものが、いきなり俺達全員を掴んで余裕があるくらいまで大きくなるわけがない。

 八岐之大蛇という存在は、俺達にとっては埒外の存在であるということを、思い知る。


 岩と土を通り抜ける時の、ひょうひょうという風を切る音。

 外に出た瞬間に身体にぶつかってきた冷たい風を吹き返す、ぼぅという鼻息の音。

 それらの全てが、俺達の意識の外から来るもののように、どこか現実感がない。

 だが今触れているオロチの手は確かにここにあって、まるで身体の内側と外側を同時に触れられているような、そんな気分になる。


「さ……むくはないな」

「オロチが守ってくれているんでしょうか」

「あんだけ時間かけて来た道が一瞬かよー」


 数回の瞬きと、ほんの数回の呼吸。

 たったそれだけの間に、オロチは俺達を連れて外に飛び出していた。

 オロチの身体の大きさは、地下で視た時よりもやはり少し小さいように思う。

 ここからだと全長を測ることなんかは勿論出来ないが、俺の目からはヘビというよりも大陸の方の龍に似た形をしているように見えた。

 両手足があり、それぞれの指の数は四本ずつ。

 一体どういう作用で飛んでいるのかもわからないが、空気の上を這うように身体をくねくねとくねらせながら前に進んでいた。

 

 下の方を見てみれば、俺と先生が乗ってきた馬たちが白い鼻息を散らしながら雪の中を走っているのが視界に入ってくる。

 あの色の馬着は、間違いない。

 坑道が崩れる前に自力で脱出して外に出ていたのだろう。賢い子たちだ。

 自力で戻れそうな二頭にホッとして、俺はゆっくり開かれていくオロチの指の隙間から帝都の方角を見た。

 

 俺たちの意識が向いている方角を理解したのか、オロチはぐるりと喉を鳴らしてから身体をそちらに向ける。

 まだ、帝都の方角からは黒い煙は上がっていない。

 霧子が攻撃をしていないのか、それともあの幻覚は本当にただの幻だったのか──

 

「あ」


 そんなことを考えてぼんやりとしていると、少しだけ間の抜けた先生の声が一瞬空中に漂って、流されていった。

 どんな作用でか、帝都へ向けて飛ぼうとしていたオロチがピタリと止まって首を上げる。

 一体何事かと思ってオロチを見上げた俺達の視界の端で──帝都に火の手が上がった。

 直紹さんが喉の奥で悲鳴をあげ、俺は思わず飛び出しそうになるのと先生に止められた。

 

 花火玉が上がる時のような、巨大な爆弾が落ちていく時のような、ひゅぅるるという音の後に、眩い閃光。

 そして、黒い煤が帝都の空にぶわりと巻き上がった。

 衝撃は離れた所に居る俺達にも届き、俺は落ちないように先生と直紹さんを支えながらオロチの指にしがみついた。

 先生が小さく「くそっ」と声をあげる。俺も、同じ単語を吐き出したかった。


 巻き上がる煤は、炎が生んだものではないだろう。

 霧子が撒き散らす、〝これから夜住を生む〟煤だ。

 今空で燻っているこれらが雨や雪とともに地面に降り注いだり、風に運ばれて人々の肺でも入ったら──

 それは、帝都の終演を意味するだろう。


『這い寄る灰は枷と(あら)ず。見えざる風の刃を束ね、虚空の果てまで薙ぎ払え』


 帝都の上に渦巻く黒い煤が、徐々に黒い雲へと変化していく。

 オロチが再び帝都に首を向けたが、それよりも直紹さんの術の詠唱の方が早かった。

 片手を空に向け、一文字一文字が直紹さんの声で紡がれるたびに、俺達の周囲に巨大な風が渦を巻き始める。

 俺と先生は、咄嗟にオロチの指にしがみついた。

 立ち上がろうとする直紹さんの身体は、俺が掴んで守る。


神風(かみて)の風よ、断ち、狂い、消滅せしめよ──《断風(たちかぜ)・八重》っ!』


 ゴゴッ、と、空をくり抜いているような重々しい音がして、オロチが大きく揺らいだ。

 それだけの圧力のある風が、直紹さんの詠唱に乗って凄まじい質量をもって帝都の上に渦巻く煤の雲にしょうとつする。

 本来はぶつかり合っても音なんか鳴らないはずの、風と雲。

 なのに、衝突した瞬間にまるで分厚い壁に鉄球でもぶつけたかのような凄まじい音が響き渡った。


『沈みゆく泥濘! 遠き警鐘っ! 黒き雨は焦がし、見えざる影を光で縛らん!』


 即座に、先生が鈴の音を鳴らしながら術を展開する。

 直紹さんの煤を散らすことを目的としたものじゃない、純粋に煤を消滅させるための、広範囲術式だ。

 先生の手の中で鳴った鈴が、先生の手がヒラリと翻ると銀色の刃変化する。

 光は、刀の切っ先に宿っていた。


『夜の底より、無慈悲なる明星を喚べ! 《天響の灯(てんきょう ともしび)》!!』


 視界を焼く真っ白な光が、直紹さんの風の塊を追うように帝都の空で輝く。

 一瞬切っ先から消えた光は、ほんの一拍の隙間の後に凄まじい光を放ちながら帝都の空を一気に朝にした。

 音はない。あるとすれば、まるで刀同士がぶつかるような甲高い鈴の音だけだ。


「オロチ、急いでくれっ。霧子が次の手を打つ前に、迎え撃つ!」

『応』


 俺は、刀を抜いて鞘と刀身をぶつけ合わせた。

 ギィィィンッ

 金属同士がぶつかり合う音と共にチリチリと火花が散り、俺の周囲に滞留していく。

 足で地面から火花を生めない時、この鞘に仕込まれた鉄の部分をぶつけ合わせれば火花は生まれる。

 歩法で火花を生むよりも数が少ないからあまり使わない方法だが、今はこだわっている場合じゃない。


 ギィン、ギィンッ


 帝都へ向かうのをオロチに任せて、火花を次から次に、生み出していく。

 直紹さんの術で散らされ、先生の術で祓われた煤が──いや、霧子の煤が、それだけで死ぬとは思えない。

 きっと、俺達が帝都についた瞬間が勝負だ。あの女はきっと、そういうことを、やる。


 ギィンッ!


 ならば、俺も一瞬であの女の煤を焼き祓う。

 こればかりは、オロチではなく俺が──俺達がやらねばならないことだ。


 ギンッ、ギャリッ


 俺は、唯一残る神風の灯楼にまだ炎が宿っていることを遠目で確認をしながら、強く、更に強く、鞘で刀を叩いた。

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