第九十五話 代償、懇願
凄まじい音が、鼓膜を破らんばかりに襲いかかってくる。
音がこんなにもビリビリと、肌を刺すように感じたのは初めてだ。
俺はやがて来るのだろう痛みを覚悟しながら、なんとか先生と直紹さんだけでも生かすことだけを考えていた。
──けれど、凄まじい音がするし、周囲にとんでもなくデカい岩が落ちてくるというのに痛みは一向に襲ってこない。
「オロチ……」
まさか、と顔を上げると、頭上に見えたのはオロチの顎だ。
喉と首の境目にあるのは逆鱗というやつだろうか、と思ってしまう程に近くに、オロチの頭がある。
それは明らかに俺達を守るための動きで……けれど、多少の岩が降ってきてもその頭は少しも揺るがない。
俺達の周囲は、あっという間に崩れた岩でいっぱいになってしまった。
パラパラと、バキバキと。
未だに崩れてくる壁の音に、直紹さんが身を竦ませる。
落ちてきた岩の欠片は頭上にあった鳥居にも直撃し、その破片が砕けて落ちてくる。
石や木で出来ていた鳥居が崩れてしまうのはなんだか凄く心が痛んで、自分が傷つくよりも辛い気持ちになった。
けれどこの鳥居があってくれたおかげできっと、オロチに当たる岩の威力も軽くなっているんだろう。
俺はもう少しオロチの近くに身体を寄せてから、二人の頭を解放した。
「……助けて、くれたのか?」
直紹さんが、すぐ近くにあるオロチの巨大な手にそっと触れる。
オロチの身体は、霧子が開こうとしていたあの巨大な扉の向こうにもあって、全貌はまるで見えてこない。
この頭ひとつ、手ひとつで、ある程度の範囲は破壊出来そうな巨大さだ。
だがオロチは、触れてきた直紹さんに向けて手のひらを開き、人間のものに近いような、まるで違うような、そんな不可思議な手を見せている。
そもそもヘビには手はないはずだし、そういえばさっきからオロチは常に直紹さんの側に居た。
懐いている、と言えばいい、のだろうか?
パラパラと降り落ちてくる岩の欠片が少なくなっていくのを確認しながら、立ち上がってオロチの手に触れている直紹さんを見る。
オロチの爪は、とんでもない巨大さだ。
おそらくあの爪一本で俺達3人を切り刻めるだろうし、大きさで言えば直紹さんの身長と同じくらいの長さがある。
なのに、攻撃をする気配はない、が……
「あの火種、そういえば元々直紹に懐いてたねぇ」
「そういえば……関係あるんですかね」
「まぁ、肉体の再構成に直紹の髪を使ったみたいだし、相性がいい所もあるんじゃない?」
そもそも直紹は、オロチのために整えられた身体だもんね。
先生の言葉に、俺はグッと押し黙った。
オロチ復活のために整えられた身体、は、その通りだ。そのせいで直紹さんは今までほとんど自由もなく、布団の上に縛り付けられていたようなものだと判明している。
アレが「オロチのため」と言っていいのなら、今のオロチのなつきぶりも、まぁ、理解出来なくも、ない、のか?
「そういえば霧子のやつ、結局もう消えたんですかね」
「多分ね。さっきまでは霧子の残穢……ていうか残滓? は残ってたみたいだけど、今はもうスッキリ消えてる」
「冷たい風も入ってきてるし、外に繋がっちゃいましたね、ここ」
「そうだね……」
大崩落で外に繋がる洞窟とひとつになったのか、さっきまで少しばかりのあたたかさがあったこの空間にも、冷たい空気が降りてきつつある。
今はオロチが近くに居るからあたたかいのだろうが、このまま冷えていけば直紹さんの体調が心配だ。
そう思って直紹さんに近付いた俺は、直紹さんが先生をじっと見ていることに気が付いた。
どうしたのかと俺も先生を振り返ると、顎に手を当てて先生が真剣な表情をしつつ天井を見ていた。
パラパラと、未だに降ってくる石の欠片。
それにすらも嫌そうに眉間にシワを寄せる先生に、俺も胸の中がザワザワとしてしまう。
「オロチ、教えて欲しい。霧子は──霧子の残穢は、本当に消滅したの」
「先生?」
「僕の思っていることが正しかったら……お前だって本意じゃないだろう、オロチ!」
『然り』
どうしたんですか、と聞こうとした俺の頭上で、オロチは煙のような白い鼻息を吹き出した。
途端に、右目が熱くなって僅かに痛みすらも感じてしまう。
目に直接痛みが出たのは、初めてのことだ。
だが俺は、この痛みが何故起きたのかをすぐに理解した。
あまりに広い範囲──帝都へと、俺の視界は繋がっていた。
繋がっていた、というのはおかしいのかもしれない。
正しくはきっと、これはオロチの視界だ。
オロチが見ているもの、感じているものが、オロチを通して脳に吹き込まれているんだ。
その光景は異常で、異様で、おぞましいものだった。
空中を舞っている黒い煤が、高笑いをしているのが空間の振動でわかる。
霧子の煤だ。霧子の、残穢。
それが、帝都まで舞い上がり──炎と水を、撒き散らしていた。
水は空中で氷になって地上に降り注ぎ、炎はまるで焼夷弾のように家々を焼き払っていく。
人々は逃げ惑うしか出来ず、しかし逃げ惑う先で氷に打たれて傷を負う。
とんでもない光景に、俺は右目を隠していた手で自分の顔に爪を立てていた。
これは、今起きていることなのか?
それとも──これから?
どちらにせよ、あの女の吐いていた「一人でも多く道連れにする」という言葉の意味を理解させられて、俺は吐き気を覚えた。
「あんの……クソ女……!!」
「ソウちゃん?」
「オロチ! アレは、今のは……これからのことか!」
『然り』
オロチは、首をずるりと伸ばして、俺を見た。
目玉はないのに、ハッキリと俺を見ているとわかるその圧に、俺は一瞬気圧されそうになる。
だが、でも、ここで立ち止まっていれば、オロチの言う「これから」が確定してしまう。
「オロチ、頼む。力を貸してくれ! お前の望みがあるなら、全てが終わってから俺がそれを叶える。だから、それまでは!」
「ソウちゃんっ」
「明神っ」
「俺の目玉も持っていけばいい! 帝都には代えられない!」
頼む、頼む。
心の中で懇願しながら叫ぶ俺を、オロチは直紹さんを手のひらで包みながらジッと、見つめていた。
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