80話 抗争後(1)
「此度の抗争……これにて幕引きだ」
基仁が静かに呟いた言葉を聞くなり篶成や蒼矢は肩の力をそっと抜いた。
基仁の足元にはライムの首が転がっており、再生にはかなりの時間を要する事は一目で分かった。
実際ライムの身体から流れる血は中々、元に戻ろうとせずに地面を赤黒く塗りつぶし続けている。
「今のうちに此奴の身体は縄で縛っておけ。後は我々の出る幕ではない。警察の仕事だ」
基仁が刀を完全に鞘に収めたところでライムの身体にある異変が起きた。
再生をやめたライムの身体がみるみる元の人の身体へと戻り始めているのであった。
「どういう事だ?」
篶成が訝しむようにライムを見つめているとその原理を説明するかのように一人の男が口を開いた。
「何、単純な体力切れってやつさ」
「お前は……?」
「ハルネ・ハーネスト。君達の戦いは遠くから見せてもらってたよ。実に楽しい戦いだった。まさか生身の人間が不死者に勝つなんてね」
突然声を掛けてきた外国人の男に篶成はライムと同じく、怪しむような目線を送っている。
その警戒を感じ取ったのかハルネは黙っている篶成に淡々とライムに関する説明を始めていく。
「禁忌魔術の憑依型って奴は異様なレベルで魔力と体力を内側から食われてね。だからこの魔術を使った奴は死ぬって言われてるんだけどこの人は不死者だからね。魔力が切れようが死ぬことが無いんだよ」
「じゃあコイツがさっきの犬みてえな姿になる事は?」
「まず無いよ。再生にも相当な時間を要するんじゃ無い?」
一通りハルネが説明し終えた後に篶成はさらに目を細めてハルネに最後の質問をする。
「なんでそんなに詳しいんだ?」
「さぁ?なんでだろうね」
ハルネは十八番とも言える悪戯好きの狐のような笑みを浮かべて篶成の質問を軽く流した。
────読めねえ奴だ……
篶成は即座に目の前のハルネという人物が苦手な人物に部類されると思い、これ以上の会話はやめる事にした。
ハルネは篶成の昔からの知り合いである、とある男に少し似ている風に見えたのだった。
会話が終わったと思い篶成は肩の力を抜いているとハルネは相変わらずの笑みを貼り付けながら篶成の近くに歩み寄って来た。
篶成は何の用だと言わんばかりに肩の力を入れ直したがハルネは特に篶成を警戒することも無く淡々と小声で会話を再開していく。
「沙羅 神羅という男に覚えはあるよね?」
────!?
ハルネの口から放たれた言葉に篶成は耳を疑った。
何故ならその人物は────
「なんでお前がそいつを知ってやがる!?」
「ちょっとした有名人だからね。君のお父さんは」
沙羅 神羅。
篶成の血縁者の一人であり父親に当たる人物。
幼少期の頃、篶成と美鈴の身体で幾度となく実験を繰り返し、二人の身体を蝕んできた人物である。
そんな男の名が何故今、目の前の初対面の人物から放たれたのか。
篶成の頭が理解に追いついていない所を知ってか知らずかハルネはさらに言葉を発していく。
「僕は君のお父さんについて色々知っていてね。知りたかったら明後日の夜、ここに来てみるといい」
そういうとハルネは胸ポケットから『招待状』と書かれた紙を二枚取り出した。
二枚という事は美鈴も連れて来いという事なのだと即座に篶成は理解したがそれ以上に疑問が溢れて止まらない。
「なんの招待状だ?」
「僕は明日からこの街の市長でね。そのお祝いパーティーさ。君には僕の護衛役を任せたくてね。夜七時から。秘密を知りたいなら参加する事だね」
ハルネは言いたい事を全て言い終えるとすっと篶成に対して踵を返して歩き出す。最後に言葉を付け足して────
「もちろん、参加は二人でだよ」
ハルネの後ろ姿を見ながら篶成はため息を深く吐いた。
────あの手の野郎は昔からホント苦手だな……
篶成はハルネの事を考えるとこの世で最も嫌いな人物の顔が脳内にチラつく為、頭をむしりながら舌打ちをする。
────クソッ!でもアイツの事聞きたいなら従うしかねえよな……
篶成が胸の中で葛藤をしているとその後ろからふと男だらけの廃工場にふさわしくない甲高い女性の声が響いた。
「何してるの?」
「あ?」
篶成が咄嗟に声のした方に振り返ると、そこには見慣れた女性が顔を伺うように膝を少し曲げて自分の顔を見つめていた。
「何だ、戻ってたのか美鈴」
篶成の妹である美鈴は結局工場内に戻ってきたのであった。
それには少し理由があるのだが────
「まあね、ほら。警察の人達が動いてるから」
「ん?あぁ?」
美鈴が指を刺した方向を見るとそこには確かに何十人もの警察官の姿が見えた。
警察官達は全員警棒を持ち、念の為にいつでも銃を抜ける位置に片手を置いている。
『リバース』のリーダーを失ったメンバー達は流石に抵抗する気が無くなっているのか拳銃を見れば全員素直に両手を上げて降伏の意を示していた。
そんなメンバー達に警察官達が手錠を嵌めていく中、篶成にとっても見覚えのある警官が首が切られたライムに近寄っていく。
「アイツがいるって事は……」
「そ、杏梨さん達が修哉さんを運んでる時に呼んだんだよ」
ライムに近付いていく警官は修哉の弟──── 上林 裕斗であった。
裕斗はまだまだ駆け出しの警官であり、現場ではまだでしゃばる事は中々できないのだが、今回ばかりは立場どころではなかった。
裕斗はライムを見るなり怒りの表情を顔に貼り付けながらライムにどんどん近寄っていく。
「テメェがうちの兄貴を撃ったんだってな。しっかりとツケは払ってもらうぞ」
裕斗は首から下の身体を起こして腕を手錠で繋げた後に身体をさらに縄で縛り上げた。その上にライムの首を乗せて一先ず再生を待つ事に決めた。
「そうすれば再生は少しは早まるだろう」
首を乗せる事を提案した基仁は工場に積んであるよくわからない木箱に腰をかけながら休んでいた。
そんか基仁に裕斗は脱帽と共に頭を下げると仕事として、そして個人的な感情を込めて礼を口にした。
「ご協力、ありがとうございました」
「頭を上げてくれ。若者が老人に頭を下げるなどしてはならない」
裕斗はその言葉を聞くと一度顔を上げた後に小さく再び一礼をしてライムに向き直った。
するとジャストタイミングでライムの再生が始まった。
まるで時間が逆行していくかのように血が体内に戻り始め次第に皮膚に温かみが戻り始める。
そして首の皮膚が結合した所でライムの頭部の傷も治り意識を取り戻す。
「何だ……警察か」
ライムは一瞬で状況を悟ったのか小さなため息を吐いた後にその場から立ち上がり、裕斗の元に歩み寄った。
「何か企んでるつもりか?」
そんなライムを裕斗が怪しむような目線で見つめるとライムは疲れ切った顔で首を横に振り、質問の回答をする。
「この状態じゃ何もできやしない。魔力も切れているしな」
裕斗がライムに触れるのを躊躇っていると後ろから基仁が念を押すように裕斗に話しかけた。
「安心しろ。其奴の言葉は確かだ。先程の通り不死者の力とやらも薄まっているだろう?」
「はっ、はあ……?」
兄から噂は聞いていたが初めて見る不死者という存在に裕斗は若干の困惑を露わにしていたが、それよりも修哉を傷付けられた怒りが勝り、裕斗はライムの後ろを押してパトカーへと連行を始めた。
「罪は償ってもらうぞ」
「俺が償う前にアンタが死ななければな」
不死者ならではのジョークをライムは吐いたが裕斗はそれを綺麗に流した。
ここで怒りを露わにしてはいけないと。
牢に入れるまでは────誇り高き警官として手は出さないと。
パトカーに連行される途中。
ライムの視線に憎らしい顔が現れた。
「何のようだ?」
その男────ハルネは相変わらずの笑みを浮かべてライムに言葉をかける。
「少し……話をしようか」




