71話 協力
時を同じくして工場内────
「わざわざそっちから出向くか」
基仁の姿を視界に捉えたライムは篶成との戦闘の最中だと言うのに、篶成から完全に目を逸らし基仁に言葉を投げた。
当然篶成はライムの行動に苛立ちを露わにし、ライムに飛びかかる。
しかしライムは獣人となった事によって完全に人智を超えた五感を駆使し、空気の流れや音だけで篶成の攻撃を見ずに交わしてみせた。
「この身体も馴染んできたな」
ライムは篶成の攻撃を交わした自分の感覚に思わず微笑むと同時に凶悪的な笑みを浮かべて基仁に再度言葉を投げる。
「今更何のようだ?」
「この抗争は一応堺家と『リバース』の抗争だ。決着をつけるならやはり長同士の戦いによる『決着』が必要だろう」
「普通ならアンタを老人と見て余裕をかますところだが……ハバネの情報が正しければアンタは不死者だそうだな。油断はしないぞ」
「さあ、確かめてみればいいさ」
基仁は言葉を言い終えると同時に腰の刀を抜き、両手でその刀を構えながらライムに着々と近づいて行く。
基仁が歩みを進める道中に篶成も合流し、二人は隣に肩を合わせる。
「随分と手こずっているな」
「ああ!?まだ本気出しちゃいねえよ」
篶成は首の骨をボキボキと鳴らしながら再度ライムに視線を移す。
「速えぞ、アイツ」
「今のお前さんならスピードでも力比べでもある程度の力を発揮できるだろう?」
「あ……?」
基仁の言いように篶成は煽られていると感じたのか若干イラつくような態度を見せたが、今は言い争っている場合では無いと思い、再びライムに視線を戻した。
「まあ、後少しで今のアイツのスピードも掴めそうな気がするんだよ。ギアは上がり続けてる」
「上々だ。好きに動け。合わせよう」
「合わせられんのか?」
「誰にモノを言っている」
篶成の小悪魔めいた問いかけに基仁も笑いながら返答し、再度刀を握り直す。
そして二人は────同時に駆け出す。
初めは篶成が真正面から拳を見舞おうとしたがライムは簡単に脚を曲げて、体全体を下に動かすようにそれを躱す。
しかし立て続けに基仁の刃がライムを襲う。
横振りで振られた基仁の刀はライムを真っ二つにする勢いで振られ、そのスピードはまさに神速と言っても過言ではなかった。
年相応とは言えない剣技にライムは若干の遅れを取り、重心をすぐさま後ろに移すが、腹部の部分が数センチ切られ、血と共に獣人化によって生えた黒い毛が宙を舞った。
────チッ……
予想以上の速さにライムは舌打ちをしながらも頭を冷静にして次の一手を見定める。
持ち前の回復力を駆使し、刀によって付けられた傷はすぐに治った為、ライムは自身の傷に目も向けずに篶成と基仁を見定める。
しかし次の篶成の一手は────
────!?
ライムが篶成の姿を捉えた瞬間には既に篶成の足が目の前にあった。
篶成は拳を躱された瞬間、すぐに横蹴りにシフトしていたのだった。
しかしそれを省いても────篶成のスピードは明らかに今までで一番早かった。
顔面を勢いよく蹴られたライムは意識が一瞬飛びかけたが、すぐに自我を取り戻す。
だがまだ攻撃の応酬は続く。
篶成の攻撃が終われば今度は基仁の斬撃がライムを襲う。
勢いよく振られる刀の一刀一刀には明確な殺意が込められており、ライムは獣人化していなければ今頃刀の餌食になっていた事だろう。
最もライムは不死者であり攻撃を受けてもすぐ治るのだが、それでも痛みは走るし動作も鈍くなる為ら、攻撃はなるべく受けたくはない。
さらに基仁の刀の攻撃はまともに受ければ一撃のダメージが大きい事は見ればわかる為、なるべく避けるべきであるのは明確である。
だからこそライムは防戦一方を強いられている。
────クソッ、身体に似合わないスピードだな。
基仁は誰が見ても老齢と捉えられる見た目だ。
しかしその見た目に似つかない刀の振りのスピードは目を見張るものがある。
気を抜けば腕を一本は持っていかれそうな気迫に加えて基仁自身の攻撃のスピードは相手に警戒心を与えざる終えなかった。
さらにライムにとっての問題は────
「おらよ!」
沙羅 篶成という男の存在。
先程から基仁が刀の攻撃で切り開いた隙を突いて攻撃を繰り返しているのだが、その攻撃は段々と────威力を増していた。
さらに言えばそのスピードも着実に速くなってきている為、いよいよライムは手の施し様が無い事態に陥り始めていた。
「クソッ!光れ、紅玉石!」
ライムは慌てて右手を二人に翳して魔術を唱える。
しかし二人は魔術を見るなりすぐに攻撃をやめ、躱す事に意識を集中させる。
「魔術だ。来るぞ」
「もう既に一度食らってんだよ!」
二人は同時に身体を仰け反らせる事でライムの放った魔術を避け、同時に攻撃へと意識を転換させる。
まずは基仁が刀を右から左に横振りする。
まさに一閃だった。
銀色の煌めきが一瞬ライムの視界に映るとその直後、視界が赤く染まる。
────コイツも……目を!
不死者にとっての弱点とも言える脆い割に再生が遅い箇所である『目』を基仁は今の一瞬で同時に潰してみせた。
そして極め付けに篶成の拳がライムの肋骨目掛けて放たれる。
轟音と共に肋骨は再び派手に折れ、内臓にまでそのダメージが浸透する。
ライムの特徴とも言える即興の回復は再び封じられ、形勢は完全に逆転した。
「不死者を完全に封じる方法なんかねえのか!?」
「首を取る!あくまで再生は脳からだ!」
言うが早く基仁は素早く刀を握り直しライムの首めがけてその刀を振る。
目を切った時と同じスピード────ライムの首にその刀が届こうとした瞬間だった。
ライムは僅かな余力を振り絞り、自身の歯で基仁の刀を受け止めてみせた。
「なんと……!」
基仁は流石に驚いた顔を露わにするが、ライムにとって今はそれどころではない。
集中すべきは基仁の後ろに控えている篶成という存在。
今の篶成の拳をもう一度喰らえば大打撃となり、再生に数分の時間を強いられる事だろう。
さらに言えば────ライムの身体にボロが出始めていた。
獣人化による反動。
禁忌魔術に必ず着いてくるデメリットが着実にライムの身体に負担をかけ始めていた。
────再生が遅くなっている……
ライムは数日間かけて禁忌魔術に順応しようと考えていたのだが今の状況となってはそれは無理な話である。
初見で順応など出来るはずもなくただひたすらにライムの体力は消費されていく。
────不味いな……
獣人化によって強化されている牙も基仁の斬撃によって折れそうであるが、その再生は数秒経っても行われない。
何とか基仁を引き剥がそうとするが基仁がその度にジリジリと足先だけで距離を詰めてくるのでそれは不可能であった。
さらに言えば基仁は剣技の天才である。
刀が止められた時の対処法は心得ている────
基仁は刀に対して横に流す力から上に対して力を流した。
腕を僅かに捻ることで刀は牙を上向に滑り、そして────ライムの上口先を切り裂いた。
「ガッ……!」
まだ明瞭で無い視界が痛みと共にさらに赤く染められる。
しかし二人の連携はここで終わらない────ライムの恐れていた攻撃が牙を剥く。
基仁の背後から右膝を折り曲げ、こちらに蹴りを食らわせようと跳躍している篶成の姿がうっすらと見えたのだ。
ライムはこの瞬間、敗北を悟った。
不死者故に死の概念は無いが敗北という恐怖は存在する。
ライムは────静かに目を閉じた。
「喰らえ!」
次の瞬間、篶成の蹴りが空を裂きながらライムに対して放たれる。
しかし────
────ッ!?
篶成の蹴りに先程のような威力は存在していなかった。
「篶成!」
すぐに違和感に気付いた基仁が篶成に対して注意を促す声を上げるが既に遅い。
ほんの一瞬の隙を見逃す程ライムは素人では無い。
ライムも最初は何が起きたのか頭が追いついて居なかった。
煽りとも取れる寸止めかと思われたが自身が不死者ということを踏まえてもそんなことをする必要は微塵もない。
ならば何が原因なのか────
ライムはニヤリと頬を緩ませて一連の流れを理解する。
篶成の右膝にも────ボロが出始めていた。
先程受けた銃弾がようやく効き始めたのか篶成の右足は急激に力を失い、思わず篶成は汗を滲ませた。
ライムはすぐさま右腕に力を入れて人並みを外れた力で篶成を吹き飛ばした。
すぐさま基仁に対してもそのまま右腕を向けるが基仁はすぐに気を取り直してライムの爪を刀で受け止める。
「天はまだ……俺を見捨ててないみたいだな」
「さぁ?まだ目の前に俺がいる事を理解してその口を叩いているならもう一度その口を切り裂いてやろう」
「口が達者な老いぼれだ」
ライムは足元にグッと力を入れて勢いよくその腕を振り切った。
篶成ですら耐えるのに精一杯だった腕力を基仁が耐えられるはずもなく思わず基仁は足を後ろに下がらせた。
「さっきの不死者なんだろって話……煽りに乗ってやろう。俺が確かめてやる」
────厄介な奴だ。
基仁は今までの真剣な表情をさらに深くさせ、ライムに対して意識を全集中させる。
それ程までにこの状況は勢いのまま負ける可能性がある為、不味いと感じたのだった。
「まだ、止まるなって言われてんだな」
「……?」
ライムの唐突な独り言に基仁は疑問を浮かべるがライムはそんな基仁を他所に今回の禁忌魔術に手を出す原因となったあの日を思い出す。
────わかってる。協会を壊すまで俺は死なない……死ねない。
────お前達との約束を果たすまで必ず。
ライムは一度深く深呼吸をした後に獲物を狩る狼のような鋭い目で基仁を見定める。
「終わらせよう。この抗争を」
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