70話 市民A - 迷
基仁が抗争へと本格的に乗り出した時と同じくして廃工場裏口の近く────
基仁の手配によって三春と凛を迎えに来ていた車を二人は視界に捉えるとその車に乗り込み、抗争の場を後にしようとしていた。
車の運転手は三春と凛を最初に堺家に連れて行ってくれた男であり、堺家内で起きた抗争の際には背後から頭部を殴られ意識を失っていた。
しかし今は頭部に包帯を巻いており、運転もできるという事からそこまで重症ではない事が見受けられた。
その事実に三春はホッとため息を吐き、その風景を見ながら今後の事を考える。
────このまま帰って良いんだろうか……
三春はこの抗争での目的は果たした。
凛の奪還を成功させ戦線を離脱。三春は抗争の場に戻っても足手まといにしかならないのでこれが最も良い選択肢なのは間違い無いだろう。
しかし三春の中には言葉に言い表せないモヤモヤ感が残っていた。
三春はこの街に変わりに来た。
田舎者で臆病な自分を変える為に札幌という街に移り住んで来た。
この街に来て初日となる今日。少し思い出すだけでも色々な事が記憶に残っている。
久志との出会い、この街に顔が広い杏梨や修哉との出会い。
街最強と言われている沙羅 篶成とその妹美鈴との出会い。
凛や今運転先にいる男などの堺家の人々との出会い。
人々との出会いを思い返す度に三春は小さくため息を吐く。
これまで三春は抗争を通じて何とか勇気を振り絞り立ち向かってはみた。
しかし最終的に三春は何も成せていないのだ。
『リバース』の男に立ち向かった時も最後には返り討ちにされ、その度に三春は痛みを身体に抱えてきた。
時刻はもうすぐで0時に到達する。
美鈴の言葉が本当なら今ある怪我と更にこれまで蓄積された痛みが同時に襲ってくるらしい。
そうなれば三春は間違いなく立ち上がることが出来なくなるだろう。
自分の身体のことは自分が一番わかっている。
だからこそ。
だからこそ三春の心には何かが引っかかる。
このまま帰れば結局自分は市民Aのままなのではないか。
結局何も変わらない────過去の自分のままなんじゃないか。
そんな葛藤を心中で繰り広げていると三春の右手に温かい感触が触れた。
三春は何事かと思い慌てて右手を見るとそこには自身の腕より少しか細い凛の手が置いてあった。
凛は三春のことは見ずに外の風景を見ながら呟く。
「アンタが今あの場に戻っても、何かができる訳じゃないでしょ」
三春の考えを見透かしたような言葉を呟きながら凛は小さくため息を挟み更に言葉を続けていく。
「アンタは十分に頑張ったじゃない。ヘタレなりに私を救いにきてヘタレなりに最善を尽くした。これ以上は欲張りよ」
凛の言葉に三春は思わず視線を下に移動させ、気まずそうな顔をしながら考え込む。
────でも……このままじゃ僕は前と何も……
考え込んでいる間。
凛に続いて今度は運転席の男が重々しく口を開いた。
「自分に出来ることはこれだけで終わりかい?」
「ちょっと!」
運転席の男の言葉を聞くなり凛はすぐに言葉を遮った。
しかし男はバックミラー越しに映る三春から目を逸らさずに言葉を続ける。
「やりたい事はやっておくに越した事は無いんだぜ」
「……僕は────」
「ダメよ」
三春が男に対して口を開いた瞬間、今度は言葉を最後まで待たずして凛が三春の言葉を遮った。
「これは堺家の問題よ。これ以上、私達の抗争に首を突っ込まないで」
凛の言いたい事がようやくわかったのか運転席の男は頭を抱えながら「お嬢……」とだけ呟いた。
そんな男を他所に凛は三春に対して一方的に言葉を紡いでいく。
「アンタは巻き込まれた側。これ以上血を流させる訳には行かないの。あなたは一般市民なの。だからこれ以上は欲張りと言ってるの」
凛の言葉に三春は何も言い返せなかった。
実際三春は凛の言う通り部外者だ。
これ以上堺家の抗争に身を投じる理由も無いし三春にそんな度胸は無い。
しかし三春はそれを誰よりも、自分自身が一番理解している。
堺家に足を踏み入れた時からそんな事は何度も理解してきた。住む世界が違うのだと。
抗争の最中に戦った男からもそれは嫌と言うほど思い知らされた。
だからと言って────
だからと言って、三春は逃げ出す事も出来なかった。
何度も、何度も青痣を作り、血を流し膝を着いても三春の心の片隅にある『思い』がそんな傷を忘れさせて三春を何度も立ち上がらせる。
『変わりたい』
この一心で三春は今日の夜を駆け抜けてきた。
そしてその気持ちはまだ────
「大丈夫だよ」
「なっ……だから!これ以上は────」
「大丈夫だから」
「……」
三春は凛の言葉を遮り、凛からそっと右手を離して言葉を続けようとする。
凛は初めて真剣な三春に言葉を遮られた事により言葉を曇らせてしまっていた。
「これは僕の私情だから。ここからは堺家も『リバース』も関係ない────」
三春は自身を鼓舞するように声色を少しずつ強くして言葉を締めくくる。
「ここからは僕が変わる為の戦いだ」
その返答を聞くなり運転席の男はニヤリと笑い車のエンジンをかけ、急いでその場から車を走らせる。
突然の事に三春と凛は後ろの席で驚いた顔をしているが男はそんな二人を見ながら言葉を呟く。
「じゃあ、行き先は廃工場の正面でいいかな?」
三春は最初に何を言われているのか少しの間気付けなかったが男が遠回しに「変わってこい」と言っているのに気付き、三春は頬を緩ませながら強く頷いた。
「はい、お願いします!」
歯車が収束していく────
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