68話 Rebirth(5)
数分前、廃工場内の地下通路。
「何故お前がここにいる……?」
「ほう、あの時の」
三春や凛達が一旦外へ出た後に二人は再会を果たした。
最もその再会は感動的などでは決して無く女側にとっては最悪な再会となったのだが。
その女────ハバネは斬られた右肩を押さえながらその右手を斬った張本人である堺 基仁を睨みつける。
元々部屋で休んでいたハバネだったがペアの男が部屋の目の前で暴力沙汰を起こしていたので物音が気になり、少し落ち着いたと思われた時に部屋から出てきたのであった。
しかしちょうど部屋のドアを開けた瞬間、目の前の道を基仁が通過している最中だったのであった。
「酷い顔だな」
基仁はハバネの顔を見るなりわざとらしい笑みを浮かべて会話を始めた。
「誰のせいだと思っている」
対するハバネはより一層目を細めて目の前にいる老人を睨みつけた。
しかし基仁は対して恐怖も感じていないのか薄笑みを絶やす事なく会話を続けていく。
「早く病院に駆け込んだ方がいいんじゃないか?」
「私の顔は既に割れてると知っていて勧めているのならかなり性悪な奴だ」
「老人の若者いびりだ。付き合ってくれ」
「それ余計嫌われるぞジジイ」
基仁の冗談に苛立ちを覚えた蒼矢が尽かさずツッコミを入れるが基仁はそんな蒼矢は無視して話を続ける。
「上で抗争が行われているようだな。全く堺家との抗争だというのに堺家の人間が全くいないと来た。こんなデタラメな抗争があってたまるかと思わないか?」
「……私は上の事は知らない。ずっとここで休んでいたからな」
ハバネの顔は誰が見ても調子が悪いと思われる蒼白の状態で下手に動けないのは容易に想像ができた。
しかし基仁はそれを知っていて尚、相手を煽る言葉を吐く。
「幹部だと言うのにか?」
単純だが胸の奥に刺さる言葉────
ハバネは苦虫を噛み殺したような表情になりながらも何か返す言葉を探すがその言葉は思い浮かばずに終わりハバネの胸の奥に突っ掛かりを残す形となった。
そこで基仁はさらに質問を加えて行く。
「お前さんや他の一部の輩がライムという男に忠誠を誓う理由は何だ?」
「私は……」
基仁の続け様の問いにまたしてもハバネは口を曇らせた。
数ヶ月前。
魔術協会から魔術秘匿を破った事により目を付けられ、トーチカと逃げている最中にライムは現れた。
ライムは二人を見るなり協会の連中を瞬く間に倒してしまい二人を救う形となった。
ライムはその時二人に向けて実に優しく、穏やかな笑みを浮かべて「君達の力を貸して欲しい」て言い放った。
その時から、命の恩人であるライムとの日々が始まった。
ライムはある野望があると言う理由で世界中を渡り歩いていた。
その最中にも優秀な仲間をスカウトしてみるみる仲間の数を増やしていった。
もう一人の幹部のウィルがその例である。
そして彼は日本の北海道────さらに言えば札幌という土地に目を付けた。
異様に高い魔力濃度。原因はいくら調べても不明であったがライムはこの土地を見つけた瞬間に目を見開いて笑っていた。
ここならあの魔術が使えると。
そんなライムの表情を思い出しながらハバネはようやく基仁に言葉を返す。
「私は、借りを返したいだけだ。命の恩人の行く末を見てみたい」
「それは右手を失ってまでのものか?」
自身で斬り落としたというのに基仁は何の躊躇いもなく右手についての話題を出す。
しかしハバネは先程と違って基仁を睨む事はなく、逆に目を逸らしながら淡々と言葉を返した。
「……後悔はしていない」
その言葉を聞くと基仁は地下通路の天井に目をやりながら言葉を紡ぎ始める。
「他人に尽くして死ぬ事程、後悔の残る死に方は存在しない」
「え?」
ハバネは急な語り口調に驚き思わず疑問の声を上げた。
驚きの表情を露わにしているのはハバネだけで無く基仁の後ろに立っていた蒼矢も同じであった。
そんな二人を他所に基仁は語りを続けていく。
「あの時あの人に忠誠を誓っていなければ、あの時自分自身の命を優先していたら────死後の世界でこの考えが一生纏わりつく事になるぞ」
基仁の語りに違和感を感じたハバネは思わず言葉を返す。
「死後の世界の事などお前が知る由もないだろう!」
最もな意見だ。
しかし基仁は首を横に振ってその言葉を否定するとその意見への反論を述べた。
「俺の後ろには常に死んだ仲間達が立っている」
基仁の不可解な言葉にハバネと蒼矢は眉を顰めるが基仁は語りを止めない。
「毎晩目を閉じ夢を見る。その夢は決まっていつも同じ内容だ」
そういうと基仁は天井を見ていた眼球の上に瞼を乗せて暗闇の世界に身を投じる。
「俺の為に死んだ仲間達が俺の肩を掴んでこう言うんだ『何で俺は死んでしまったんだ』とな」
ハバネと蒼矢は変わらずに険しい表情を浮かべながら基仁の言葉の続きを待つ。
「中には『貴方の為に死ねて良かった』と言うものもいる。しかしそいつらは大抵幼き頃から剣道を共に歩んできた者だ。途中で俺に命を預けた奴らは決まって俺を恨んでいる」
基仁はそう言うと腰に刺してある刀に手を置きかつての仲間達を思い出しながらゆっくりと目を開けていく。
「『アンタはまだ生きているのか』、『アンタの思い描いてた世界に身を投じた俺の命を返せ』……挙げればキリがない程に死の気配は俺を内側から貪る」
そうして基仁は再度ハバネに視線を向けて語りを終える。
「だから、他人の為に生きて死ぬなどと言う行為は愚行なのだ。ライムという男が何を考えているのか俺にはわからない。しかし、少なくともこれだけは断言できる────組織を形成して一つの街を壊そうとしている男の行く道など、ろくな結果が待っていないぞ」
ハバネは自身を見つめる基仁の目を思わず逸らしてしまいそのまま床に焦点を据えたまま言葉を探す。
確かに基仁の言っている事は正解だ。
このままライムの為に生きてライムの為に死んだところで何も残らないだろう。
それよりかは自身の魔術という異能を用いて自身が成したいことを自由に成す方がよっぽど有意義だろう。
そして何よりライムは────
「考えておく」
ハバネは目を逸らしたまま答えると壁に寄りかかり地上へ続く階段への道を開けた。
基仁はそんなハバネともう話す事はないと判断したのかハバネの横を通り過ぎ、既に終わりに近付きつつある抗争へと足を向かわせる。
────本当はわかってたんだ。
ハバネは出会った時からライムに感じていた違和感を思い出しバツの悪い顔をしながらライムへの本当の気持ちを再確認する。
────あの人は、私達を道具としか見ていない事なんて。
「気を付けろよ」
最後に、ハバネは基仁の後ろ姿に語り掛けた。
踏ん切りが付いたとまではいかない。
しかし基仁の言葉に確かにハバネの心は揺れたのだった。
とは言ってもライムの行動を今更邪魔するつもりなど毛頭もない。
ただ────現実に返してくれた僅かな感謝の意を込めてハバネは基仁に忠告をしたのだった。
「あぁ、すまない。後そうだな、最後にこれを渡しておこう」
ハバネの言葉を受けた基仁はその場でくるりと踵を返すと浴衣の内ポケットからある紙切れを取り出してハバネに渡した。
「何だこれは?」
その紙には黒ボールペンでこの街にある病院の名前とそこで働く医者の名前が書いてあった。
「そこで働いている神田という男を訪ねろ。アイツは『裏』側専門の医者だ。きっとお前さんを警察には突き出さないだろう」
「全くお前は……」
ハバネは自身の腕を斬り落としておいて今更病院を紹介してくる基仁に軽いため息を付いたがそっとその紙を貰い拳の中に仕舞い込んだ。
「それじゃあ、また会う機会があれば」
そういうと基仁は再び踵を返して地上へと足を向かわせる。
対してハバネはそんな基仁とその後ろにいる蒼矢に背を向けて裏口の入り口側に歩き始めた。
道中倒れていたペアの男を肉体強化魔術を使用しながら背中に背負い、紙に書かれている病院へと足を向かわせる。
歯車が収束していく────




