64話 Rebirth(1)
ほんの刹那の攻防。
篶成は自身の上に覆いかぶさる修哉の荒い呼吸を聞いて、今何が起きたのかを理解した。
修哉の背中からは、銃弾によって開けられた傷から血が吹き出ていたのだ。
「後は頼むぞ篶成」
修哉は空元気のような笑顔を篶成に向けながら、ゆっくりとその目を閉じた。
あまりの痛みに、修哉は思わず意識が飛びそうになっていたのだった。
そして修哉が目を閉じた代わりに────怪物が目を覚ます。
「ブチ殺してやる」
単純。しかし、これ以上に殺気が篭る言葉など存在しない。
そんな言葉を呟いた後、篶成は横に修哉を寝かせてライムを殺す為にその場から駆け出す。
「馬鹿だな」
ライムは再び篶成の声を聞くことで、相手の大凡の位置を把握して拳銃を構える。
ライムは完全な回復はしていなかった。特に目立つのは目であろうか。
ライムは先程から声がする方に適当に拳銃を向けている。
目が見えていないからこそ、相手の声を頼りに照準を定めなければならないのだ。
代わりと言ってはアレだが、ライムは目以外の細胞は全て回復していた。
局所的な回復。
目の回復を遅らせることで他の回復を優先させる。
普通の不死者なら、まずそんな器用な事は出来ない。
しかしライムなら可能であった。
篶成に拳銃を向けた際、ライムの片目はほぼ治りかけていた。
必ず一発で仕留める為に右目だけを見開く。
血眼になりながらこちらに高速で向かってくる篶成に対して、ライムは冷静を保ったまま拳銃を再度調整し、トリガーに指をかける。
────させるかよ!
篶成はライムの銃を無力化させる為に、思い切り脚を振り上げようとするが、ほんの少し時間が遅かった。
先にダメージを与えたのはライムであった。
篶成が脚を上げようとしたタイミングで篶成の心臓を狙って拳銃の引き金を引いた。
しかし篶成は運が良いのか悪いのか振り上げた右脚に丁度鉛玉が当たり、膝の関節部分に体を引き裂かれるような衝撃が走った。
「ダァァァァァァ!!」
「嘘だろ!?」
しかし篶成は痛みを堪えながらも、銃弾を受けた右脚を振り切った。
それには思わず、ライムも驚きの声を上げてしまった。
常人なら銃弾を食らえば、まず衝撃の強さに動きが停止する筈である。
しかし篶成は止まらない。今の篶成は修哉を撃たれた怒りに身を任せて暴走する、怪物と化しているのだから。
篶成はライムの腕をピンポイントで蹴り上げた事により、ライムは思わずその手に握っていた拳銃を手放した。
この時のライムは完全に目の回復も終わっていたので、すぐさま篶成の位置に照準を合わせて最初に使用していた魔術の使用に切り替えようとしたのだが────篶成がそれを許さない。
篶成はすぐさま振り上げた脚を下ろすと同時に、まだ座ったままのライムの頭を上から蹴り下ろした。
ライムは一瞬意識が飛びかけるが不死者の力により、すぐに意識レベルを回復させる。
それと同時に再び魔術を展開しようとするが────今度は篶成の銃弾を食らっていない左足から放たれる横膝蹴りがライムの顔面を襲った。
ライムは軽く二メートル程吹き飛ばされ、鼻血を流しながら地面に横たわる。
数秒後には時間が巻き戻るように吹き出た血が逆行し、ライムの身体に戻っていくのだが、それを見た篶成はつかさず追い討ちを仕掛けに行く。
────面倒臭い奴だな。
ライムは静かに舌打ちをした後、篶成を止める為にある策を展開する。
篶成が再び蹴りを入れようと近付いた瞬間────辺り一面が白い閃光に包まれた。
「何だ!?」
「目眩しっすよ篶成さん!気を付けて!」
遠くから見ていたバンドメンバーの津田がつかさず声を張り上げ、篶成へ今何が起きたのかを助言するが、だからといって篶成がライムに対して今の状況でどうこうできる訳でも無かった。
「クッソ!」
篶成は半ばヤケクソで周りに円を書くような回し蹴りをするが!ライムには掠りもしなかった。
ライムは魔術によって光を放った後、篶成に攻撃を加える訳でもなく、その場から離れて月が見える位置に移動を始めていた。
この廃工場の中で最も月明かりが照る場所────
それはこの工場内で抗争が始まった時に空いた天井の穴。
篶成と美鈴が穴を開けた、その天井から漏れる月明かり。
その場所へライムは足を進めていく。
離れた場所から見ていた美鈴は、ライムの身体を目で捉えるなり、すぐにライムが今何をしようとしているのか気付き、バン者の中から声を張り上げて篶成にライムの位置を伝える。
「お兄ちゃん!私達が最初侵入した天井の真下!月明かりを浴びせないで!」
嫌な予感が走る────
美鈴が最初に予想していた事態に事が進んでいく。
時刻は23時40分。まだ時間的には早いが、嫌な予感は美鈴の中に募り募ってライムの動きを封じろと命じている。
篶成は美鈴の声を聞くなりすぐに駆け出そうとするが、閃光の中から急に夜の暗闇が大半を占める工場内では目が即座の光度変化に慣れず、ライムの位置を正確に把握できなかった。
────クソッ!
篶成は舌打ちをしながらも、なんとか音を頼りにライムの元へ行こうとするが、時は既に遅かった。
「全く、とんだ邪魔者だ。不本意ではあるが────今ここで成ってしまおう」
ライムは完全に身体の痛みが回復しているのか、流暢な足取りで穴の空いた天井の下に歩いていく。
「プラト、始まるよ」
ハルネはそんなライムの事を実に興味深気に見ながら相方のプラトに語りかける。
「何が始まるんだ?」
「自身の命を捧げる事で人間の領域を超えた力を手に入れる────古代魔術ってやつさ」
ライムはそんなハルネに興味など微塵も示さず、月明かりを浴びる。
「ようやく────俺達の復讐が始まりそうだよ」
ライムは今日、初めて飽和的で優しさを含んだ笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。
何故か札幌に募る魔力の渦。
そして満月の夜にしか成せない魔術の条件。
全てが重なり合い────ライムの身体は人を捨てる。
「命を捧げる。代わりに────力を寄越せ」
ライムは先程の優しい笑みを殺し、篶成や修哉と殺し合いをしていた際の厳しい表情を貼り付けながら月に問いかける。
「リバースの始まりだ」
次の瞬間、ライムの目は赤色に染まり、身体を灰色と白色の毛が染め上げていく。
段々と変化して行くその姿はまさに────歴史上で度々語られる、人狼そのものであった。




