62話 予兆
「ていうか……なんでアンタがここに来てるのよ」
「なんでってそりゃ愛らしい妹を守る為に決まってるだろ?」
「えっ、キモ……」
「えっ、さらっと凄い罵倒してくるじゃん……」
三春が落ち込んで居るのを他所に凛と蒼矢が会話を始めた。
蒼矢がここに来た理由は父である基仁からの凛が危ないという情報を聞いた為だったので会話に嘘は微塵も無いのだが、それをストレートに凛に対して語る蒼矢は普段から毒舌気味な凛から反感を買うのは目に見えてわかっていた。
しかしそれを知っていても蒼矢は口調を変えずに会話を続けていく。
「まあ、その罵倒がお前の良い所なんだがな。さあ俺相手にはもっと罵倒して良いぞ」
誰が聞いても気持ち悪いと感じ取れる口調に凛は言葉を失うと同時にあからさまに嫌気が差しているような顔を浮かべて最後にはそんな兄を無視してその場から立ち上がった。
「とりあえず私と三春はここにいても何も出来ないから安全な場所に移動する。ありがとうお兄ちゃん」
お兄ちゃんと呼ばれた事に蒼矢は胸を締め付けれらるような感覚に襲われたがなんとかそれを抑え込み、言葉を返す。
「あぁ……良いんだ。裏口を出てすぐのところに堺家の奴に車を停めさせてある。あの三春も連れて一緒に連れてとりあえず逃げれば良い」
「アンタは?」
「俺は────」
「俺と蒼矢はここに残ろう」
凛の質問に蒼矢が答えようとした瞬間、もう一つの声が地下通路に木霊した。
聞こえてきた声は重みのある深い声色をしておりその一言だけで相手が歴戦の猛者であるような錯覚さえ覚えさせる。
声質的に老人の男という事が聞き取れるが侮れない雰囲気のようなものを与える独特な声をしていた。
最も今地下通路に居るメンバーは全員その声の正体を知っていたので警戒など微塵もしていなかったが……
「基仁さん……」
三春が顔を上げるとそこには厳格な表情を携えながらこちらに歩み寄ってくる凛の父────堺 基仁の姿が見えた。
「俺と凛の会話を遮りやがって……」
小声で蒼矢が会話に割り込んだ基仁に愚痴を吐くが基仁は綺麗にそれを受け流し会話を進める。
「この抗争は元は堺家と『リバース』のものだ。しかし今、上には堺家の人間が一人もいない。このままでは示しがつかぬからな。せめて最後にケリを付けるぐらいはしなくてはな」
「まあ、そういう事だ。とりあえず凛とそこの男は早く安全な場所に。後は俺とクソ親父に任せてくれれば大丈夫だ」
蒼矢は綺麗に愚痴を流されたことに若干の苛立ちを感じながらも凛に対しては丁寧口調で話しかけて今後の予定を決めた。
凛は特に何を言う訳でもなくその場から立ち上がると三春の方に近付き「行くわよ」とだけ告げて裏口へと足を運んでいった。
凛はこの時三春の考えていることに大凡な察しがついていたが今この場でその思考を咎めた所でどうにもならないのであえて触れずにこの場を後にした。
三春は凛が声を掛けてから四秒後ほどにその場からゆっくりと立ち上がり基仁に対して口を開いた。
「あの、すみません。結局助けてもらう形になっちゃって……」
「別に構わんさ。誰にでも失敗はある。気に留める必要は全くない」
「はい……」
基仁の慰めの言葉に三春は下を向いて歯を食いしばった後に踵を返し、凛の後を追った。
「あの少年も難儀だな」
段々と遠くなっていく三春の背中を見て蒼矢は憐れみ感情を込めて言葉を投げた。
その言葉を聞いて基仁は小さく微笑みながら蒼矢に対して口を開く。
「何、彼のことなら心配はいらないだろう」
「……どう言うことだ?」
基仁の何処か意味ありげな言葉に蒼矢はまたしても訝しげな視線を向けながら言葉の真意を問う。
対して問われた基仁は薄笑みを浮かべたまま抗争が行われている地上に向けて足を踏み出しながらその問いに答えた。
最もそれは回答とは少々離れたものであったが……
「今にわかる」
× ×




