60話 歯車が混じり合う(2)
その声は『異様』だった。
たったの一言で男の背筋に緊張感を走らせる独特な空気を纏っている『異様』な声。
男は恐る恐る声がした方へ振り返るとそこには裏口から入ったと思われる一人の男がこちらを睨みながらゆっくりと近付いて来ていた。
「何か用でも?」
男は顳顬に汗を掻きながらも平然を装いながら相手の顔を探るように言葉を投げた。
しかし男は質問には答えず変わりに、違った質問を投げてきた。
「その床で倒れてる女の子殴ったの……お前か?」
「おいおい女好きってだけでここに来るなら相当なイカれやろうだぜ?何者だよ」
「質問に答えろ」
男の飄々を装った態度を見透かしているかのように低く響いた声は男の警戒心を強めていく。
そして男はその答えを口にする。
「俺だって言ったら……?」
実質答えとも取れる言葉を口にした瞬間。近付いてくる得体の知れない男は口元にニヤリと歪ませて言葉を返す。
「ブチ殺してやるよ」
言葉を言い終えると同時に得体の知れない男は歩みを走りへと転換させて大きく踏み出した。
走り出した男が羽織っている黒いマントのような服が風の抵抗で揺らめき、男の図体をより一層デカく感じさせる。
『リバース』の男はすぐに三春や凛を相手する時の空気感を殺し、完全な喧嘩モードにスイッチを切り替えて相手の動きを追った。
しかし────
────速っ!?
迫り来る男のスピードは常人のソレでは無かった。
ハバネ程のスピードは無い。
しかし明らかに人間離れをした速さを纏う身体の動き方。
男は普段からハバネのスピードを見ていなければ男のスピードに全く反応できなかっただろう。
『リバース』の男は間一髪の所で迫り来る拳をガードし、その勢いを殺した。
なんとか一息つきたい所ではあったが侵入者となる得体の知れない男はそれを許さない。
すぐさま拳から蹴りの攻撃へと展開し、身体を少し浮かせると同時に僅かな挙動からは信じられない速度と威力を孕んだ回し蹴りをして見せた。
『リバース』の男は流石に反応出来なかったのか右肩にその蹴りをモロに食らい思わず身体を蹌踉させた。
────コイツ、微小なモーションからなんつう威力の蹴り入れて来やがんだ!?
男は今の一撃から目の前の突如として現れた男は只者でない事を察した。
そしてその答え合わせのように『リバース』の男は相手の正体を示す物に目を向けた。
回し蹴りをした際に待った黒マントが時間差でヒラヒラと舞い、その黒マントに白色で書かれている文字。
その文字を見て『リバース』の男は焦りを含んだ笑みを溢しながら呟く。
「おいおい、なんで日本三大指定暴力団のメンバーの一人がここに乗り込む訳だ?」
男が見た文字。
それは『弥生会』
近年急激に勢いを増した組織であり、黒い噂が後を立たない言わば指定暴力団の一つである。
『裏』の世界では今や日本三大指定暴力団の一つに数えられておりその名を知らない者はほぼいないレベルの組織であった。
最も目の前にいる男────堺 蒼矢はそんな呼び名に拘りが無い為とかに気にしていないそうだが。
弥生会はここ近年で一気に飛躍した要因としてボスが変わった事だとされている。
数年前までは古くからの老人が組織を仕切っていたが二年前にそのボスが若い男に変わった。
そこから弥生会は異例のスピードで組織を広げていく。
各主要都市に幹部と言われるボスの信頼されている男達が置かれ、各々が名を挙げる事で組織の名を広げた。
さらに頭の切れるメンバーによって金銭面や様々な裏取引を管理する事で『裏』と『表』を繋ぐ管理者とまで言われるようになっていった。
そして管理者を務める裏方で違法取引を行なっている者達を罰する事もしていた。
違法取引を行なった者達には組織の人間が暴力ではなく家族や友人などを脅しの道具にして社会的に潰しかかった。
そして潰された者に対しては────『弥生会』の傘下に降ることを命じた。
彼らは目を付けられた時点で逃げ場ない為、否が応でも弥生会に入るしか身を守る術が無いのだ。
これが弥生会が急激に勢いを増した大きな要因である。
堕として上げる。
組織に入ったのなら最低限の金は配る為、疑似的なパトロンとしての位置を保つ。
そしてその金の為には各々が暴れ、名を挙げる。
この流れが日本三大指定暴力団と言われる所以となっていた。
そんな組織の幹部である堺 蒼矢に向けて『リバース』の男は言葉を続ける。
「遂にこの組織もそんな大層な組織に目を付けられるレベルになったって訳か?勘弁してほしいね」
「馬鹿言うな。うちのボスはお前らなんか気にも留めてない。ここに来たのは私情だ」
「私情?」
突如として語られたここに来た理由に『リバース』の男は訝しげな視線を送りながらその言葉の真意を問う。
「何、妹を助けに来ただけだ」
「妹……?」
「俺は堺家の人間だぞ」
「は!?」




