44話 邂逅(1)
「久しいな」
麻生駅近辺。
夜の11時になろうかという時間の為、辺りに人通りは少なく、街から帰った若者や飲み帰りのサラリーマンがちらほらと見える程度の時間帯。
唯一の眩い明かりといえば駅の目の前にあるブックオフだけであろうか。そんな店の前には数名の若者が屯しており、彼等は夜の静寂にほんの少しの喧騒を交えていた。
そんなブックオフのすぐ後ろに聳え立つマンションの一部屋にとある老人の声が響く。
老人────堺 基仁は自身の息子である蒼矢に対して挨拶の言葉を吐いたのだが────
「なんでアンタがここに来たのか説明してもらおうかクソジジイ」
蒼矢は苛々とした態度を隠しもせずに暴言じみた言葉を挨拶代わりに返した。
対する基仁は表情を変えずににこやかな笑みを顔に貼り付けたままである。
そんな基仁を見て蒼矢は舌打ちをすると同時に言葉を続けた。
「聞いたよ。『リバース』に本家を襲われたんだってな?当主のアンタは主戦力が欠けてる今の家で部下を守るのが仕事だろ?」
「お前の言う通り主戦力不足の為に壊滅状態でな。その上凛が拐われてしま────」
基仁の言葉を聞き終える前に凛の話が出た直後蒼矢は大きくその場から踏み込み、基仁の間合いに入ると、その拳を咄嗟に振り上げていた。
「乱暴だな」
実の息子からの暴力に対しても基仁は特に態度を変える事なく、蒼矢の拳をいとも簡単に右手で抑えながら言葉の続きを口にした。
「とにかく凛が拐われた以上お前の力が必要となった。一時的だが力を貸せ」
「臭いな……」
基仁の頼みを聞くなり蒼矢は訝しむ目線を向けながら呟いた。
「ああ、本当に胡散臭い。主戦力不足?アンタが一人いれば事足りただろう。凛も拐われずに済んだし家内のバカ共も傷を負う事なんて無いだろ」
「買い被りすぎだ」
「いいや実際そうだ。何を企んでる?」
拳を交えながらも蒼矢は基仁に鋭い視線を向け続ける。すると基仁は表情を少し軋ませ、蒼矢の拳を無理やり下ろしながら呟いた。
「老後の暇潰しさ」
「あ?」
基仁の言葉を聞くなり蒼矢は、自身の右足をほぼ無意識に基仁の身体に向けて蹴り上げた。
しかしその攻撃すらも基仁の空いていた左手によって抑えられる。
二人は歪な体勢になりながらも会話を続けた。
「手前の趣味なんざどうでもいい。ただな、その悪趣味に凛や他の仲間を巻き込むんじゃねえ死に損ない。死にきれなかった時の後悔を俺達に背負わそうなんて思うんじゃねえよ」
蒼矢の言い分も基仁は相変わらずニコニコとした顔で聞いており、蒼矢は目の前の老人が言葉を鵜呑みにしたのかどうか判断しかねた。
「アンタが不死者って事を知ってるのは今の堺家の中だと俺だけだ。だからこそ俺がアンタに忠告しておく。凛を巻き込むなら俺がアンタを必ず殺してやる」
「実の息子からの言葉とは思えない程には殺気を孕んでいるな」
普通の家族間の会話なら家庭崩壊レベルの会話が広げられてるが、二人は相変わらず特に疑問も持たずに会話を続けていく。
「で、もう一度聞くが狙いはなんだ?凛を餌に俺を本家に連れて帰ろうってか?」
「そんな考えは微塵もない。ただ単にお前の力が無くては今回の抗争は負けるやもしれないというだけだ」
基仁の言葉に蒼矢は再度舌打ちをすると踵を返してソファの上に置いてあった上着を羽織った。
上着は黒を基調としたロングコートであり、何処と無く陰湿な雰囲気を漂わせる。
弥生会。
それは東京に本組織を置く指定暴力団の名前であった。
近年勢力の大型補強を行ったとして急激に『裏』の世界を中心に名前が広まった組織である。
基本的には闇金の融通や薬の取引で金を儲けており、全国各地に闇金に手を染めた自称の客がいる状態であった。
殺しだけはしていないと所属しているチンピラ達は口にするが、裏では殺害事件に関与しているのではないか?していなくてもそんな活動は時間の無駄ではないか?世間の為に更生するべきだ、とぼやかれている。
そんな黒い噂が後を立たない弥生会の隊長────堺 蒼矢は自身の父の言葉に腹を立てながらも自身の足を外へ向かわせる。
「気味が悪い」
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