32話 堺家騒乱(9)
────時は現在に戻り……
「ハバネさん!?何すかその腕!」
ハバネを運ぶ運転手の男は思わず幽鬼の様に顔を白くさせた。
目の前に映る光景────『リバース』の中で主戦力の一人の腕が落とされた挙句、顔には恐怖と言う名の化粧が満遍なく塗りたくられていたのだから。
男は先程、脅しの道具である堺家の御令嬢────堺 凛を拘束し一息付いていたのだが、その安堵した感情はハバネの顔を見た瞬間何処かに綺麗さっぱり消えてしまった。
男はすぐにドアを開けて蹌踉めくハバネに近寄った。
近くで見れば見る程痛ましい光景に男は背中に冷たい汗を滴らせた。
「馬鹿……飛び出してくるなら止血する用のタオルでも持ってこい……」
ハバネはヨレヨレになりながらも男に指示を出すと男はすぐに頷き、すぐさま踵を返して車に戻り、後部座席に置いてあったタオルを持って来た。
男は急いでハバネの腕にタオルを縛り、応急処置を済ませた。
「ハバネさん……無くなった腕はないんすか!冷やしとけば縫合手術でどうにかなるって聞いた事ありますよ!」
男の落ち着きのようのない焦燥感溢れる物言いにハバネは少し自嘲的に笑いながら、まだ残っている左手を男の肩に乗せて男を落ち着かせるような優しい口調で焦る心を宥めた。
「残念だが回収出来なかった。腕は諦める。その代わり伝えなきゃいけない情報が出来た。すぐアジトに戻るぞ」
「けどよ……」
「安心しろ。死にはしないんだからな」
男は心底悔しそうに下唇を噛み、やがて何か決心が付いた様に首を縦に振った。
それを見たハバネは優しく笑い、何も言わずに助手席に乗り込んだ。
車の付近には止血処置がされてるとはいえ、片腕を切り落とされた事による出血は中々止まる事を知らずに痛々しい血痕が残している。
車に乗り込んだ後も席には生々しい血が滴り続けており、思わず後部座席の凛はそんな血を見て身体に力が入らなくなってしまった。
────父さんにやられたんだ。
凛はすぐに切り傷を見た後にそれが自身の父、基仁による切り傷だと理解した。
しかしあえて騒ぐ事はしなかった。
ここで騒いで何か反感を買ったりしたら自身の身に危険が及ぶという事を理解していたからである。
寧ろ、この場で自分に腹いせされない事を喜ぶべきだろう。
凛は静かに顳顬から汗を流しながら遠ざかりつつある家に視線を向け、ある一人の少年の事を思い浮かべた。
────父さんはともかく……三春の奴、大丈夫かしら。
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