31話 堺家騒乱(8)
ハバネは最初何が起きたのか理解が出来なかった。
気付けば基仁の事を通り過ぎており、振り返れば基仁は刀を振り上げ、そのまま硬直していた。
基仁とハバネの間には血が滴っており、何が起きたのかハバネは考えることすらままならなくなって行く。
しかしその疑問は自身の血とそれに伴う痛みが感覚として脳に刺激を送り、ハバネはじわじわと何が起きたのかを察した。
「ああああああぁぁぁぁああぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!!」
ハバネは床に膝をつき、まだ残っている左手で右肩を抑え込むが当然痛みが消える事は無い。
そしてハバネの視界に映るのは血と血と血と────血。
彼岸花のように真っ赤に染め上げられた床が間接的に痛みを加速させて行く。
そして極め付けのように時間差でハバネの斬り落とされた右手がハバネの目の前に落ちてきた。
腕はまだ神経が通っているのかピクピクと蠢いており、その手のひらに刻まれた青い鳥が不気味な生き物の様にも見えた。
その生々しい動作はハバネを更なる錯乱状態へと陥れるには充分すぎる程にショックな光景であった。
確認の為に左手で元々腕があった場所を触ろうとするが、空を切るばかりで止めどない血の雨がハバネの左手を濡らした。
「俺が若い頃は室内で剣を振るう事が多くてな。相手が悪かったな」
基仁はハバネの哀れな姿を見るなり刀を鞘に戻し、近くの椅子にその腰を下ろした。
そんな余裕を感じさせる基仁とは真反対にハバネは苦悶の表情を浮かべながら嗚咽のような声で痛みを我慢しており、まさに見るに絶えない有様と成り果てていた。
「ふむ……魔術師と聞いて少し期待したが存外期待外れだったな」
基仁はハバネから滴る大量の血を見ても大して驚く様子も無く、いつも通りの表情で言葉を続けた。
「君は不死者ではないのかね?」
基仁の質問に対して痛みに耐え続けるハバネの表情が揺らいだ。
目の前の老人は何者なのかと。
今までどんな若者にも見切れなかったスピードをこの老人はたった一瞬で見切り、さらには刀を抜刀し右腕を斬り落とした。
さらに不死者について明らかに何かを知っているかのような物言いにハバネは妙に引っ掛かった。
「何か……不死者について知っているのか……?」
痛みを押し殺すような何処か掠れた言葉でハバネは自身の疑問を基仁に質問として投げる。
しかし基仁はハバネの真剣な表情とは裏腹に口元に笑みを浮かべて楽しそうにその質問に答えた。
「少なくとも俺はこの街に住む不死者を二人知っている」
「何!?」
ハバネは基仁の答えに大袈裟とも言える反応を示した。
基仁はその反応を楽しんでいるかのように笑いながら言葉を続けた。
「それを知ったところでどうするお嬢さん。お前さん達の頭であるライムとやらに報告して不死者狩りでもするつもりか?」
ハバネは図星を突かれたのか少し目線を逸らしながら沈黙を返答とし、基仁の言葉を待った。
それに気付いた基仁はさらに笑いながら言葉を続ける。
「ふははっ!諦めろ」
突如放たれた自身が属する組織の裏の役割を真っ向から否定されたハバネは、どういうつもりだと訝しむ表情を浮かべ再び沈黙を返答とした。
「何、簡単な事だ。お前達じゃあの不死者を狩れない。この街の不死者はそう甘くないぞ。それに、確かお前さんとこの頭には不死者とかいう噂があったな?なら其奴自ら出向くんだな。でなければ君の腕の様になって終いだからな」
「何故、貴様が不死者の事をそこまで知っている?」
先程からまるで自分が主の事を見てきたかのように語る基仁に対して、ハバネは疑念を言葉として投げるが、基仁はその質問を待っていたかのように今までの顔の中で最も悪戯で、それでいて人の反応を楽しむ狐のような顔を浮かべて答えた。
「俺がこの街の不死者の一人だからだ小娘よ」
「────は?」
「ついでに言うならばお前さん達のリーダーが不死者と言う事はこの街の情報屋から無償で仕入れた。この街は住めば住むほど便利なモノが増えて行くな」
唐突に語られた驚愕の真実にハバネは口を開けたまま驚きを露わにした。
今この一瞬だけは腕の痛みが消え去る程の情報にハバネは思わず困惑するが、先程の刀捌きや含みのある物言いを思い返してみると、どの言葉も嘘ではないようにも思える。
そして無意識にハバネはさらに質問の言葉を重ねた。
「何者なんだ……」
ハバネの質問に基仁は、鞘に戻した刀を懐かしむように見つめながら答えた。
「何────」
「時代の波に取り残された亡霊さ」
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