29話 堺家騒乱(6)
────数分前。
「強者もいるにはいると聞いていたが、今この家にはその強者はいないのか?」
ハバネは手をポンポンと払いながら、背後にゴミのように重なった堺家の男達へ淡々と煽りの言葉を吐く。
彼女は家に侵入してから数分間、ひたすらに目に止まる男達を薙倒し、骨折などをさせて戦闘不能に追い込んでいた。
彼女は三春と相対していた男同様に、そこまで残忍な人間ではない。ここで人を殺すような事は決してなく、戦闘不能状態に陥らせた後は特に追い討ちをかける様な真似はしなかった。
そして、そんな半殺しにされた堺家の男の一人が、呻き声を上げながらハバネの先程の言葉に答える。
「そうさ……出張してる暁斗さん。得体の知らねえ眼帯野郎の間木……凛お嬢様の兄、蒼矢……ここら辺がいりゃお前さんなんか紙屑同然さ」
「そうか。願わくば一度相手をしたい所だが……居ないものに想いを馳せても仕方がない。自分達の不幸を呪うんだな」
そう言うとハバネは自身に言葉を返した男に、身体強化で殺人級にまで昇華されたデコピンを食らわせてその意識に幕を閉じた。
ハバネの身体強化は紛れもない魔術である。
その力によって常人を超えたスピードとパワーを生み出す事ができ、大抵の人間は相手にすらなり得ない。
しかし欠点があるとすれば、それは彼女自身が力の制御方法を知らない事にあった。
異例中の異例ではあるが極稀に、魔術強化で生み出したスピードについてくる異常者がこの世には存在する。
もちろんそんな輩の大抵は魔術師なのだが、日本にはあまり魔術師は存在していない。ここでの異例とは────魔術師でも無いのにこのスピードについてくる者達を指す。
その者達を相手にした時、どうしても勝負は拮抗して長期戦になってしまう。するとハバネの体力は尽き果てて身体の筋肉が収縮を始め、やがて筋繊維が崩壊して筋肉痛という形で彼女の身体を蝕み始めるのだ。
ハバネは何度もこの短所を克服しようと努力をしているが、どうにも異例に属する者達を相手取る時は制御が上手くいかず自滅をしてしまう。
ライムはそんなハバネに出来る範囲の事をやればいいと言い続けているが、ハバネは意地でも自身の力を使いこなそうと努力を続けていた。
「全く……扱いにくい能力だ」
いっその事ライムのように炎を出してしまうような魔術なら気が楽になるのだろうかと思いながら、ハバネは残りの家内の者達を探しに歩みを進めていく。
するとそんなハバネの耳にふと――――老人と思わしき声が響いた。
「能力……魔術師なのにその魔術が使い辛いとは酷な悩みだな」
老人────基仁の声はハバネの横にある扉付近から聞こえており、ハバネがすぐに視界を移動させるとそこには、先程蹴散らしたどの男よりも弱々しい印象の老人の姿があった。
しかし老人は物騒な事に腰に1メートルはないと思わしき刀を付けており、左手はいつでも抜刀ができるように柄の部位に添えられていた。
刀が妙に似合う人物であり、ハバネは自然と魔力を体に巡らせ、いつでも老人にダメージを加えられるように準備をする。
さらに言えば基仁の口から魔術について語られた事により、ハバネはこの老人もその手の道の者かと思ったのか、より一層基仁に対して警戒を抱いていた。
対して基仁は特に警戒をする様子もなく、窓から見える月を目に焼き付けながらドアに寄りかかりその身を任せている。
「魔術を知っているのか?」
しばらく沈黙が続いたが、最初に堰を切ったのはハバネであった。
どうにも基仁の言葉が引っかかり、疑念が残り続けていたので思わず質問という形で基仁に対して言葉を発したのだった。
基仁はそんな警戒心を知ってか知らずか尚も態度を変えずに言葉を返す。
「昔……似たような手品師と殺し合いをした事があってな。結局勝負はつかんかったがね」
そんな魔術師がいるのかとハバネは疑問に思いつつも、今の会話から程々の場数を踏んでいると判断し、ハバネはさらに警戒心を強めそして────人の領域を遥かに超えた脚力で床を蹴り、常人ならば決して追えないスピードで基仁に拳を突き出した。
しかし────ハバネの拳は決して届く事はなかった。
目の前に映し出される光景にハバネは目を疑った。
ハバネはあまりのスピードに視力が追いつかない事が多々あり、気付けば相手が倒れているという事が少なくなかった。
しかし……しかし今回ばかりは違う。
目の前の老人は不敵な笑みを浮かべながら、ハバネの拳を片手で止めているではないか。
「まだまだ若いな」
そう言うと基仁はハバネの拳を離すと同時に、呆気に取られているハバネの腹部に向けて肘を打ち付けた。
ハバネは反応する事も出来ずに部屋の壁に衝突し、思わずその衝撃で尻餅をついてしまった。
「何……?」
ハバネは理解する事が出来なかった。
何故目の前の老人は自分ですら追い付けないスピードに反応出来たのか。
何故目の前の老人は身体強化されているこの身体に強烈な一撃を叩き込めたのか。
ハバネの頭から疑念が絶えず湧き上がり、その疑問は一つの考えに至る。
────この老人はライム様と同等……いやそれ以上に……!!!
ハバネの頭の中には自身が信仰して止まないライムの姿が浮かび上がり、その姿を目の前の老人に重ねた。
────コイツはここで仕留めないと……まずい!




