27話 堺家騒乱(4)
こちらに近付いた男はまず、三春の腹部に向けて強烈な拳を叩きつけた。
────グッ!?
人生で初めて食らう本気の拳に思わず三春は殴られた部位を両手で押さえてその場に膝を突き、悶絶するような声を上げた。
「ちょっと、三春!?」
凛が慌てて三春の事を心配して腰を下ろそうとするが、それよりも先に男が凛の手を握り、その行動を制限した。
男の見た目は大学生程に見える一般人なのだが、凛を抑えている手に彫られている刺青が一般人という印象を見事に掻き消していた。
凛はすぐに抑えられていないもう一つの手で抵抗を試みるが、難無くもう一つの腕も相手の手に抑えられてしまい、挙句には男の右手のみで凛の両手は封じられ、体の自由を完全に封じられた凛はあっさりと男に背後へ周りこまれ、抵抗が出来ない体勢にさせられてしまった。
「正面から突入したら逃げてくるのはきっと裏口。勘が当たって良かったぜ」
男は凛の細い両手を右腕一本だけで抑えており、空いた左手は三春への警戒の為にフリーにさせていた。
三春は殴られた痛みに悶絶しながらも何とか立ち上がり、男を見定めるが、その焦点は痛みからかピントがうまく合わずにまるで波に揺られているようにゆらゆらとしていた。
そんな状態にも関わらず三春は足を踏み出し、同時に言葉を発する。
「凛さんを……放せ!」
三春は何とか足を前に進めるも、身体の捻れ具合からも抵抗できる余力は殆ど残っていないと見受けられ、今にもその場に倒れ伏してしまいそうな危うさが見受けられた。
しかしそんな三春に対して凛を抑えてる男は、容赦なく凛を抑えながらも空いている左手を強く握りしめ、自身の攻撃可能範囲に入った瞬間にその拳を三春の顔面に突き付けた。
三春は再び地面に倒れ、今度は鼻血まで出ている始末である。
しかし三春は再び立ち上がった。立ち上がる他無かった。
今三春を立たせているのはほんの少しの取るに足らないプライドとしか言いようが無かった。
昔の自分なら泣いて逃げ出しているに違いない。
しかし今は涙なんて流している場合じゃ無かった。
ここでへばれば人が死ぬかも知れない。
ここでへばれば堺家は抗争に実質敗れたと言っても過言ではない状況になってしまう。
そして何より────三春は女性の前で簡単に倒れることが出来なかった。
駅での宣言の時と同じ取るに足らないプライド。所謂カッコつけ。
それが今の三春を立たせている要因であった。
「凛さんを……」
再び言葉を放とうとするが再度三春の顔面に強烈な拳が打ち付けられた。
今度は正面からでは無く、横からのスイングだった為、三春は横向きになって倒れた。
拳が直撃した頬の部分は即座に赤く腫れ上がり、その衝撃を生々しく凛に伝えていた。
「私より弱いくせに強がんないで!最悪死ぬわよ!」
凛の精一杯の抑制の言葉を聞き、思わず抑えていた男は口を開けて笑った。
「私より弱い……はっは!滑稽だな。安心しろ。俺は『リバース』の中でもまだ穏便な方だ。後々面倒ごとに巻き込まれたくないから殺人までは犯さねえよ」
そうして男は執拗な破壊とばかりに三春の腹を思いっきり蹴り上げた。
再び三春は嗚咽の様な声をあげるが、それでも地に這いつくばる事はなく────蹌踉めきながらも再び立ち上がった。
「弱い……そうかもね。それでも……それが目の前の人を見捨てる理由にはならないよ」
三春の一種の執着心に流石に男は驚いたのか、何処か感心したような声を上げた。
しかし三春が一歩踏み出そうとした瞬間、すぐさま真剣な表情に切り替えて再び拳を見舞った。
そうして追い討ちとばかりに上から倒れる直前の三春の腹に下から渾身の蹴りも入れた。
音だけでもわかる程鈍く、痛々しくも生々しい音が響き渡り、凛は思わず目を瞑ってしまった。
しかしその音の直後、何か地面を引っ掻くようなガリガリといった音が凛の耳に響き、再び凛は目を開いた。
そこには這いつくばりながらも何とか立ち上がろうともがいている三春の姿があった。
「これ以上立つと死ぬわよ!あんたは巻き込まれた側。そこまでして私を救う義理なんて無い筈よ!」
「違うよ……」
三春が再び立ち上がり、凛へ言葉を返す。
それを面白がっているのか男は暫く黙って様子を見ることにし、間に口を挟む事は無かった。
「これは僕の問題だから……運転手の人に言われた時、少し考えたんだ」
三春は数分前の会話を頭に思い浮かべながら言葉を続けていく。
「生まれた事に必ず意味がある……でも僕にはそんな意味なんてありはしなかった。でも今見つけられそうなんだ。この街で……この非日常的な抗争で……僕は変わらなきゃいけないんだ」
昔から三春は人見知りで臆病であった。
本人もそれを自負しているし短所だとも思っている。それ故に三春は変わりたがっていた。
最初この街に来た時は環境がどうにかしてくれると考えていた。
しかし現実は違った。
どうしようもない事はどうしようもなく降りかかり、それを乗り越えられない者達はこの街では空気と化す。
それを乗り越えられる者に恐らく三春は含まれていなかった。
しかし三春はそれでも変わりたいと願った。
どうしようもない事を越えなければと思った。
この街が変えてくれるのではない────自分が変わらなければいけないと思ったのだった。
だからこそ三春は立ち続ける。
過去から抜け出す為に。
今の自分を変える為に。
何より────一人の少女を守る為に。
「おりゃあああああ!!!」
三春の渾身の拳が男に迫る。
覚悟と意思を持った拳は確かな力を有しており、三春のひょろひょろとした外見からは想像もできないような威圧感を感じさせた。
その拳を見て男は思わず背中に冷汗を流した。
少なからず三春の拳はダメージを与えると判断した為、男は急いで身体を横に躱そうとするが────
「なっ!?」
男の足は目の前で取り抑えている少女の足に邪魔をされて姿勢を崩してしまった。
凛はしてやったりといった小悪魔的な笑みを浮かべて男のことを蔑んだ。
────この女……
男は凛への苛立ちを抱きながら目の前に迫り来る拳に再び視線を移動させた。
拳は最早躱せるような距離には無く、気付けば目の前に迫っていた。
ドンッという鈍い音と共に、男は凛の腕を離す勢いで殴られ、思わず後ろに仰け反り、そのまま倒れた。
凛はつかさず男から離れて三春の横に立ち、見るからに目立つ怪我を携えている三春の身を案じた。
「弱いくせに無茶しすぎ……」
「ごめん……心配かけて」
三春はすぐにいつも通りの気弱な言葉を吐くが、今回ばかりは凛はそれを咎める事はしなかった。
「こっちのセリフよ」




