18話 堺家(1)
札幌駅にて────
「ここにもうすぐ迎えが来る。それに乗って一旦帰るわよ」
「うっ、うん」
三春と凛は札幌駅の階段を登った上、ステラプライスと呼ばれる大型ビルで休憩をしていた。
札幌のシンボルマークと言って良いビルには『リバース』のせいで人が減っているすすきのとは打って変わって人がたくさん密集しており、まだまだ夜更けを感じさせない。
中にはストリートでライブをしている若者もいる為、三春は本来の目的を思い出して深い溜息を吐いた。
────僕は今頃久志君とこの街を楽しく回ってたんだろうなあ……
三春の目的は『リバース』を潰すことなどでは断じて無く、街の観光が最優先事項だったのだ。
なのに気付けば命を狙われ、街の『裏』とやらに足を突っ込んでいる。
久志も電話に出ないため、逃げようがない。
度重なる不幸に三春は再度深い溜息を吐いた。
「溜息を吐くのやめてくれない?なんか見てるこっちも疲れるから」
「あっ、ごめん」
────ん〜距離感がイマイチ掴めないんだよなあ……
堺 凛を一言で紹介するなら強い女性であった。
確固たる決意の様な物を胸に携え、自身の目的の為に行動をする……三春はそんな凛に少なからず憧憬の念を抱いていた。
自分にもこんなビシッとできる自信が欲しい、強気でありたいなど様々な感情が渦巻いているが、最終的に僕にはなれないと結論を出し、凛にバレないように三春は小さな溜息を吐いた。
そこで諦めるから今のままだと言う事は理解しているのだが、かと言って凛の性格はなろうと思ってなれるものでは無いと三春は思っていた。
名家に生まれ、一族を束ねる立場────令嬢として生まれた頃からの責務を与えられ、それを見事に熟してきた。
何十年もの間に挫折、後悔もあっただろうがそれを乗り越え、彼女は今この街に堂々と胸を張って暮らしている。
そんな人間になれる筈がないと三春は思ってしまうのだ。
「来たわよ」
そんな事を思って三春はボーッとしていると、凛が一歩前に出て右手を空に上げた。
凛の視線は道路の黒い車に向けられているので恐らくあれが堺家の人の車なのだろうと三春はすぐに察した。
車の運転手は凛の存在に気付いたのか、信号が青になるとウィンカーをステラプライス側に切り、道路の端に止まるという少し周りからしたら迷惑な止まり方をした。
凛と三春が車に近づくと黒い車に取り付けられている、外から中が見えない様にカバー掛けされている黒い窓がゆっくりと開き、いかにも堅気と言った感じの人物が顔を覗かせた。
「凛ちゃん……その男は?」
「『リバース』の抗争に巻き込まれたから連れて来た。なんか組織を潰す策があるそうよ」
「えっ!?そんな策なんて────」
「とりあえず乗りなさい」
凛は颯爽と後ろのドアを開けて乗り込んだ。
三春は言葉を遮られた事を若干不満に思いながらも、黙って車に乗り込んだ。
運転手は迷惑な止まりだと知っていたのか急いで車を出し、道路に戻った。
街には信号が多い為、道路に戻ったとて車が止まる事は多かった。
その都度車内は微妙な空気に包まれる。
運転手はバックミラー越しに並ぶ三春と凛を見てニヤニヤと笑い、明らかに何か勘違いをしている様子である。
三春は先程の策の方を訂正しようとしたのだが、初対面の人がいる為、上手く言葉出てこなくてもじもじしている。
凛は足を組んで窓に寄りかかり街行く人達を眺めているばかりであった。
数分の沈黙が続き────堰を切ったのは運転手であった。
「凛ちゃんにも遂に男が出来たかあ……」
運転手は感嘆の声を上げているが後部座席の凛と三春は思わず「はぁー!?」といういかにもと言う反応をした。
「ちっ、違いますよ!僕はただ協力という形で……」
「は!?協力!?付き纏ってるだけでしょ!調子に乗んないで!いやそれより────」
「仲が良いっすね……」
────ややこしくなってきた……
三春は運転手を見てそんな感想を抱いた。
三春の言葉のチョイスが不味かったのもあるが、何より問題なのは運転手の理解度であろう。
何をどう見たらカップルに見えるのだろう。
「いやね……凛ちゃんには昔から強気でいる事を強いてきたから男の匂いが一切しなかったんすよ」
「だから!こいつは勝手に付いてきてるだけで彼氏じゃないっての!」
必死に凛が弁明するも運転手は聞き入れてない。いや違う。聞き入れた上で無視をしていると言っても良い。いやそれも違う。聞き入れた上でこちらを遊んでいるのだ。
「喧嘩する程仲が良い……あぁ、ちっちゃい頃俺に抱きついてた頃の凛ちゃんはいないんだなあ」
「いや!アンタに抱きついた覚えはないわよ!?勝手に妄想しないで!」
凛からの罵倒を受けても運転手はニコニコとしているばかりだった。
凛はそんな運転手に何を言っても無駄だと思ったのか、後部座席に再び腰を下ろし足を組んだ。
「最低よ」
完全な被害者である三春は突如として拒絶の言葉を吐かれた。
三春は心の中でなんで僕がこんな事言われなきゃいけないのさ……と泣いていた。
そんな三春をバックミラー越しに再びニヤニヤと運転手が覗いていた。
それに気づいた三春は溜まったもんじゃないと思い、深い溜息を思わず吐いた。
「男の方、名前は?」
そんな三春に運転手が相変わらずニコニコとしながら話しかけて来た。
唐突な事に驚きながらも三春はしぶしぶ自己紹介を始めた。
「えと……東堂 三春です」
「ちょっとおどろおどろしいな。人と話すの苦手か?」
一瞬で自分の短所を当てられた事に驚きながらも三春は「はい……」と返事をした。
「凛と付き合うならその性格は何とかしねえとな。ていうか凛より強いのか?」
「強いとは……」
「凛は剣道の達人だぞ?男は女より強くねえと女と付き合う資格ねえんだぜ」
剣道の達人と聞いて三春はそれっぽいなという感想を抱きながらも、他の感情も同時に抱いていた。
────じゃあ僕なんかが凛さんと付き合うなんて無理な話だなあ……
三春はステラプライスで待っている時同様、今も凛に憧憬の念を抱いている。
恐らくそんな事を思っている以上、凛の隣に立つ事なんて無いのだろうと三春は再度思い知らされる羽目となってしまった。
「なんでそんな弱気な顔をしてはるん?こらから『リバース』を潰すんでしょ?男ならシャキッとせなあかん」
「僕は……役に立つかわかりませんよ」
顔を完全に埋めてしまった三春に対して運転手は少し間を置いた後に言葉を返した。
「役目のねえ人間なんてこの世に居ねえんだ。生まれた事に必ず意味がある。それが見つかってねえなら探せば良いだけの話だろ」
「え?」
運転手の強面な容姿から放たれた言葉に三春は思わず疑問の声を上げる。
そんな運転手は三春の反応を見た後に照れ臭そうに言葉に肉付けをしていく。
「堺家の当主……凛ちゃんのお父様が俺達みたいな出来損ないに言ってくれた言葉だ」
運転手の強面な顔の中に何処か優しさを孕んだ表情が垣間見えた様な気がした。
三春はそんな運転手の言葉を聞いて少し埋めていた顔を上げて質問をした。
「見つかりますかね……」
「見つかるさ。きっとな」




