三十話 現実と虚無
文秋は氷藤に凍らせられてから、再び神を消した黒い世界に来ていた。
そこには一人だけ神の女が立っていた。
「何しに来たの? ここにはもう私はいないわよ」
「最後のパーツはやっぱりあの人でした」
一方的に話しかける。
「封印を解くには『大切なモノ』を一度失う必要がありました。完全に条件を満たした今、僕が僕に仕掛けた封印は完全に解除されました」
説明する気など全くないようだ。
「現実と虚無が合わさることは決してありません。でも、繋がりのある虚無と現実のそれぞれの神が同じ世界に存在している時。禁忌ですが、二つを重ねることが出来ます」
「まさか! そんなはずは……」
「二つの世界に境界線を削り出すのは骨が折れましたけどね」
文秋が左手を見えない相手に差し出し、握手をした。
「これが、神の力です」
黒い空間に白い罅の様な物が所々に発生する。
「ここは神の空間よ!崩壊なんてするはずはないわ。それに別次元に逃げた私たちがまた復活をするのよ!」
「残念ですが、境界を引いた場所以外は漏れなく崩壊します」
「何よ! そんな事をしたら」
「僕も死ぬでしょうね」
先ほど文秋は現実を引き寄せた。虚無である文秋と現実である誰か。この二人が相容れることは絶対にない。なぜなら、二人が同じ場所に存在するだけで空間がビッグバンの様な爆発を引き起こすからである。
爆発による崩壊は文秋であっても影響を受ける。
「道連れのつもり? なら、こちらこそ残念でしたと言うわ。私たちは地球にもいる。既にあなたの仲間は瀕死。私一人を殺す事すら不可能なの! 分かる? 私が一人でも生命を滅ぼすことはできるのよ」
「大丈夫です」
「大丈夫……? なんで! なんで、そんなに余裕なのよ!」
これから死ぬというのに文秋は笑顔を浮かべているかのように余裕があるように見えた。
「信じているからです」
「信じる? 一体、何を!?」
「『神殺し』。これの意味することはあなたも知っているはずです」
「殺した者にその神の能力が……ッ! まさか、あの時凍らせたのも」
「はい。すべては信じた結果です」
この空間に来る前に文秋は氷藤に凍らせられていた。それによって攻撃したとみなされ、最終攻撃が氷藤になり『神殺し』をした者が確定されていた。
「させるないわ! 私がたった一撃。あなたを攻撃すれば」
神が翼を広げ、文秋に急接近した。
しかし、手を伸ばしても文秋に届くことはなかった。
「今、この場所は虚無と現実の間を彷徨っているいわば不安定な状態。ここでなら虚無である僕の能力が最大限発動できます。今の僕は何処にでもいて何処にもいない存在です」
「可笑しいじゃない。そんなずるい能力!」
「ずるい? いや、これがチーム『縫』の実力です」
あえて、ここにはいない氷藤を強調した言葉を発した。
「まだよ! 勝敗は決していないわ。まだ、向こうの仲間があなたのお仲間に『消滅』させられるなんてことさえなければ!」
「僕は氷藤さんを信じるだけです」
先ほどから一切余裕の表情が崩れることはない。それに対して、神の方は焦りを感じていた。
「はあ? 神なのに人如きを信じる? そんな非常識な」
「すいません。僕は普通じゃないらしいので」
「いいわ。じゃあ、賭けましょうか。私とあなたの託した相手。勝った方がこの世界の神よ」
文秋は賭けには興味はなかったが、縦に首を振った。
黒かった世界が白、いや透明に包まれて消えて行った。
――――――
何もない世界。
そこには色すらなく何もない何かが広がっていた。
そこに一人の少年と幼女に近い位の女の子が現れた。
「初めまして。っでいいですか? 僕の名前は文秋です」
「へぇ。文秋おにいちゃん。はじめまして。ぬいは縫だよ」
「縫。あなたが僕の妹か姉のどちらかですね」
文秋は縫と名乗った幼女に何かを感じ取っていた。
「あなたは誰に託しましたか?」
「ぬいはとーかおねえちゃんにお願いしたよ」
「信じていますか?」
「うん! とーかおねえちゃんは強くてかっこいいから悪い人を倒してくれるんだ」
無邪気な言動だったが、その言葉に迷い等は一切なかった。
「おにいちゃんは誰にお願いしたの?」
「僕は氷藤さんに頼みました」
「あっ! その人ってこおりのおねえちゃんだよね。とーかおねえちゃんの『良きライバル』の」
「そちらの世界ではその様になっているのですね」
現実と虚無の世界はそれぞれ違う過程を送っている。それは、文秋と縫の二人の行動の違いによって生まれる。
氷藤に拾われた文秋と《レジスタンス》の西日燈火に拾われた縫。それぞれの過程は全く違ったが、ここで合流するという共通の出来事だけは重なった。
「ぬいはおにいちゃんの頑張りを聞きたいな」
「少しだけ長くなりますよ」
「教えて教えて」
今後、出会う事のない兄妹に文秋はこれまでのすべてを話すことにした。
「まず、僕があの世界に来た時は記憶がありませんでした。そこを……」
これまでの全てを簡略化して伝えた。
「そーなんだ。おにいちゃんは何も覚えていなかったんだね。ぬいはかんぺきな状態でここにいるからくろうはよくわかんないや」
「縫は幼い見た目をしていますから知能もそれほどしかないのでしょうね」
「うん。ぬいは頭良くないからわかんないよ。だから自由になることはないんだ」
「それはいいですね」
自由。
二人は自由を毛嫌いしている。
「そろそろ時間ですね」
「そーだね。ぬいはもう行くよ。バイバイ。文秋おにいちゃん」
幼女が透明に溶けた。
「僕もそろそろですね」
この何もない所に一人でいる事に一瞬の自由を感じてしまった文秋は鳥肌を立てていた。
「氷藤さん。お願いします」
今度は文秋が消えていった。




