二九話 乗り越える過去
私は都会で生まれた。家族構成は私と妹と両親の四人家族だった。
裕福とはいえなかったがそれなりの生活を日々送っていた。
あの頃の私は何処にでもいるただの少年だった。
十年前。この世界に現実改変者が現れ、犯罪が横行した。
一般人が夜中に外に出ようものなら、すぐに殺されるような無法地帯になっていた。
現実改変者の犯罪は誰も裁くことはできなかった。なぜなら、法が一切整っていなかったからだ。
そんなある日の深夜。
私たちの住んでいるマンションに強盗が押し入って来た。
運がいいのか悪いのやら、私の両親は強盗の出す物音に気付き襲撃される前に私と妹を押し入れに隠した。
朝、起きた私はいつの間にか移動していた事と妹が近くで寝ている事に疑問を感じながらも押し入れから出た。目の前は酷い有様だった。
転がっている肉片が両親の物だとすぐに気づいた。
まだ幼かった私はそれで泣くことは無かった。妹にこの光景は見せてはいけない。ただその一心だった。
この異常な世界で妹を守る事だけを考えた。
妹には『私たちの親は海外に長期出張した』と嘘を吐いて、田舎にある祖父の家に泊めて貰った。
田舎では都会ほど、犯罪者が多くはなかった。心が穏やかな人達が多かったからなのか現実改変者が暴れることは滅多になかったのだ。
私が自分の能力に目覚めたのは何にもない日常の間だった。
胸の奥が妙に冷めていて、少し怖くなって温かい水を飲もうとした時。一瞬でお湯が冷蔵庫の中に数日は放置した冷水に変化していた。
最初は触れたお湯を冷水に変える程度しか力はなかったが、使い続けることに範囲も威力も上がって行った。
修行を見られたのか、私が現実改変者であることは知られてしまったが周りの人達は避けるのみで特に何もして来なかった。
中学に上がる頃には、範囲は『知覚した所まで』威力は『際限なく』と現実改変者の中でもかなり強い部類に入るまで成長した。
ここまでは比較的よくある話だった。
あの女に出会うまでは……
「ねえねえ。一緒に現実改変者の地位を上げない?」
今でも覚えている。この時、この話に乗らなければ私は辛い思いをせずに済んだ。名前を思い出したくもない。
この女の能力は『熱を吸収する微生物を召喚する』という能力で私の能力と非常に相性が良かった。
私とあの女は電車で移動した先にあるちょっと発展した場所にいる現実改変者の犯罪者を倒し、警察に引き渡すというボランティアに近い活動を日々続けた。
感謝状を貰えたこともあり、その時はいい気分だった。
ある日、町中でマジシャンの男が手品を披露していた。派手な芸で多くの観客が見ていた。私もそのショーが気になり見ていた。それ自体は問題はなかったのだ。
男が観客の幼児を舞台に上がらせて、顔に布を被せた。
どんな手品をするか気になり食い入るように見た。
男が布を外す。
歓声が上がる事は決してなかった。
人々は悲鳴と怒号を喉の奥から張り上げた。
なぜなら……
幼児の首が丸ごと消えたいたからだ。
マジックとかそういう代物ではなかった。首元から血が噴射していたからだ。
男が下賤な笑顔を浮かべた。
「今すぐ、凍らせて!」
「いや、待て」
私はこの状況で男を凍らせることは悪手だと考えていた。幼児には親が居なかったからだ。
我が子が殺されれば、怒りで拳を上げるのは当然の事でむしろ攻撃をしない方が可笑しい。そこから考えると誰も殴りに行かないこの状況が変だと分かったのだ。
「人が死んでいるのに何もしないなんて信じられない! 頭大丈夫!?」
「だから……」
「ああ、もうじれったい」
水筒から氷を取り出すとマジシャンの男に投げ始めた。
あの女は私を信用していなかった。だから、水筒の中に氷だけを入れていた。
この時、止める勇気があれば良かった。
あいつは氷に微生物を纏わせ、少しでも氷に触れた相手の体温を瀕死になるまで奪った。
女性のそれも運動をあまりしていない人が投げる氷が狙い通りに目標に当たる事はなく氷は複数の観客に命中した。
「やった。当たった! あんたがさっさと凍らせればこんな面倒にはならなかったのよ」
「待て」
「何よ。これは私の手柄だからね」
低体温症で倒れたマジシャンの元にスタッフの男が近づいた。
「これは作り物の人形です。ブラックジョークです。落ち着いて下さい。それよりも、我々は現実改変者の襲撃を受けました」
私の方を指さして来た。
「諸悪の根源の彼らが我々を一方的に攻撃してきました」
その時、自分の認識が甘かった事に気付いた。現実改変者がいかに恨まれているか。
「私は違う! 全部この人に脅されてやらされたの」
罪をすべて擦り付けられた。止めれなかった私にも責任はあるから、一緒に罪を背負う覚悟はしていた。しかし、クソ女はすべての罪を被せてきた。
抵抗する気はなかったが、このまま私刑を受けるほど間抜けではなかった。すぐに民衆から逃げるように警察署に行き、自首をした。
今回の場合はお互いに非があり、なおかつ今までの活動で私に悪意が無かったことが伝わり書類送検で終わった。
その後、世間の冷たい目が私以外に向かない様に数日で別の学校に転校した。
冷静な対応をしていたが、当時は復讐の事ばかりを考えていた。そのせいで能力が覚醒してしまった。
『外気とのやり取りの一切を禁止する』これはあの女の能力を発動させないための専用能力だった。使えない事もないが、覚醒能力では最弱の部類に入るだろう。
あんな、しょうもない出来事のせいで能力の高みが遮られてしまった。というのも、覚醒は困難に陥った時に目覚める。困難に適応した形になりやすく、より越え難い試練になるほど強い覚醒能力になる。
能力が強い部類に入るだけに覚醒がこんなにしょぼい事になるとは思ってもみなかった。
裏切られた時も怒りに燃えていたが、それ以上に自分の可能性を潰されたことに憤りを感じていた。
そこで悪に染まるという道も一度は考えた。犯罪者に身を堕とし、人を傷つける。幸い私の能力は犯罪者になってもそこそこやっていける力はあった。
しかし、私は犯罪者になることは出来なかった。
両親の死で涙すら流さなかったが、心にはきっちり響いていたらしく無実の人達に手を挙げることは出来なかった。
『正義』を捨てたかったが、『悪』になれなかった。だから、私は『懺悔』の名の元に暗部に入り殺しも含めて犯罪者を殺していった。
時間と共に傷は癒えて行き、再び『正義』を信じて活動を再開しようとした。いざ、活動をしようとした時、私は『正義』が何なのか信じられなくなっていた。
己の中にある信念すら分からなくなってひたすらに『他人の真似事』をし続けた。
信じられない事ばかり世界に記憶を失ったという文秋が入って来た。今なら分かる。私は文秋の持つ特殊な『正義』に惹かれてチームを組んだ。
能力の相性は大していい訳でも無かったが前衛後衛として一緒に犯罪者と戦った。
二人でならどんな敵でも倒せる。
お互いを信仰する。この次元まで辿り着くとは出会った頃は考えもしなかったが、何処にいようとも私たちは縫い合わさったチーム『縫』だ。
――――――
体温を奪う微生物入りの雪がコンコンと降る。精神がいくら成長しようと能力から逃れることは出来ない。体から熱を奪われ、視界が霞む。
「どう? あなたは熱を奪う事しか出来ないわ。奪われた体温を戻すことは不可能よ」
確かに、私が何をどうしようともこの奪われた体温を回復させるのは無理だろう。
覚悟さえすれば目的は果たせる。それも、死ぬ覚悟を決める必要があるが。
「私は進む。前でも上でも後ろでも下でもない。ここを進む。『停滞者』ッ!」
文秋に二つの嘘を言った。
その一つが私の能力が自然型である事。
本当は特殊型である。
なんでこんな嘘を言ったのか。一つはその時の説明のし易さがあった。そもそも、私は自然型としての能力しか使わない。一応、ポーズを決めれば対人型の能力を使う事もあるがそこは問題ではない。
もう一つ。嘘を言った理由がある。
「自分を凍らせたの!?」
自己型。自分に対して能力を発動させた。
女が驚愕の表情を浮かべている。この能力の使い方の異常性に気付いたな。
「そんなの無意味よ。ただの自滅じゃない」
確かに自滅だ。己を完全に凍らせることは出来ない。だから、脳みそは凍ってない。
体が凍った状態で肺に空気を入れることすら叶わない。つまり、息が出来ずに苦しい状態になっている。
こうやって、思考することすらそろそろ厳しくなってきた。
でも、これでいい。
苦しい。
こんな時に助けてくれる救世主はもう要らない。
二人で乗り越える。ただそれだけだ。




