二八話 ボス
どこかに行った文秋の為にあの宙に浮く女をなんとかしなければならない。
「彼が居ない内に生命を滅ぼしてあげますわ」
「させるか!」
どんな存在だろうと止める。それこそが私の能力だ。
「動けないわ。でも、私は一人ではないのよ」
虚空から全く同じ容姿の女が現れた。
相手の能力は増えるタイプか。なら『停滞者』で一体ずつを直接止めるのでは効率が悪い。
能力の強さだけで戦うのではない。頭を使わなければいけない。
「攻撃はしない。停めるだけだ」
「魅了した人々を凍らせた!?」
「何度でも攻撃すればいい。氷が削れる度に修復してやる」
見えている範囲で動かない人々を氷で包んだ。この守り方は反感を買うのであんまりしたくはなかった。しかし、守る相手に意識があるとは到底思えなかったから後で文句を言われる事もないだろう。
「あっちこっちの次元に逃げた私たちを集めるのには時間が掛るわ。あの氷を一撃で砕くには最低一七人は合体しないと」
「お前の目的はなんだ?」
無暗に人を殺す相手に訳を聞いても、理解のいく回答が返ってくるかは疑わしい。
「時間稼ぎかしら。いいわ。付き合ってあげる。私はこの世界の神。この世界が創造されてからずっと私が頂点でこの世界を回して来た」
「神?」
「でもね。神も大変なの。この世界を維持するためには生命の感情がなければいけないのよ。感情の起伏がなければこの世界は廃れていく」
予想通り、信じがたい答えが返って来た。
「私も頑張ったのよ。でも、喜びや怒りの感情はおろか憎しみすら私は誘発できなかった。あなたたちが悪いのよ。世界が滅びれば私も滅びる。それだけは嫌だった。だから、何も無かった世界から現実性を廃れさせた」
「そのせいで現実改変者が出て来たのか」
文秋が言っていた話を私は無条件に信じている。だから、この女が言っていることは本当だと確信した。
「新たな能力を得た人類は大いに暴れてくれたわ。そのお陰で世界の崩壊は免れたの。でも、それも長くは続かなかった。現実性がなくなれば、『バグ』が発生する。それがあなた達も知っているバグワームの正体」
「バグワーム?」
「奴は私を完全に滅ぼして、神に成り代わろうとするいわば害虫の様な存在よ」
バグワームとは誰だ? そんな名前は一度も聞いた事はない。
疑問はあるが今はそこは重要ではないと感じた。
「バグワームは現実性が薄い世界なら何処にでも湧いて出る。だから、現実性を取り戻さないといけなくなったの。そうすれば、『バグ』は消滅する。でも、そうすれば今度は感情が薄くなり世界が廃れてしまう。負のスパイラルっていうのかしら。だから、私自身が世界になる事にしたの」
「世界になる? ……だと」
「そう、すべての生物を滅ぼして私が世界そのものになる。そうすれば、私は『永遠』に進化出来る!」
現実とは跳躍したような理想をペラペラと語ってくれたが、こいつを止めなくちゃいけない事は十二分に分かった。
「この会話で時間を稼いだのは私の方。十七人集まったわ。これで氷を粉砕出来る」
「時間稼ぎか」
「あなたは絶望という感情を出した後に殺してあげるわ。まずは下にいる雑魚から」
新たな女が現れた。見ただけで分かる。あの女はさっきまで話していた女よりも強い。氷程度は簡単に粉砕するだろう。
このままでは、動けぬ民衆は無残にも殺されていくだろう。
だが、それはこのままの場合だ。私は時間稼ぎをしていた。文秋が敵を完全に倒しきるのだけではない。
『ある人物』が来るのを待っていた。
私の予想通り『ある人物』が現れた。
「おまえか。私の仲間をあんなにしたのは」
影を纏った女性らしき影が浮いていた。声には怒りが入っている。
「殻曳くんや福式くん。そして、ユミちゃんをあんなにしたのはお前かって聞いている」
「どちらさまかしら?」
「私は執行機関を仕切っている者だ。そして、お前は私の質問に質問で返した。なら、お前は黒だ」
全身に巨大な針でも突かれたような死体と榊原がナイフを持って涙を流しながら死んでいる所を見た。執行機関の最高幹部二人があんな死に方をしていれば滅多に表に出ないボスですらここに来るのは自然の事だ。
「楽には死なせない。現れろ。鉄の処女」
拷問器具が周りに浮いていた女を包み、地面に落下した。
「一人の能力は覚醒も含め、最大二つ。それに、私の能力で正体が分からないとは」
「神相手に改変で勝負できると思っているのかしら」
鉄の箱がガラス彫刻のように破裂した。
執行機関のボスであっても、神を名乗る女は倒せないのか。
倒せないのは可能性の一つ想定していた。瞬殺してくれれば、足止めとして完璧だったがこうなる事も事前に考えていた。
「ボス! 下で凍っている奴らを遠くに逃がしてくれ」
倒すことは毛頭考えていない。誰も殺させずに時間を稼ぐ。それが私の目標だ。
時間さえあれば、文秋が神を完全に倒してくれるはずだ。
「あいつは殺しても復活する。今、私の仲間が……『縫』で連携して倒しきります」
文秋も私も別の場所で戦っているが、チームで戦っている事には代わりはない。
「分かった。私の能力ではあの女は相性が悪い」
「頼みました」
ボスが半径五キロの民衆と共に遠くに逃げて行った。
「私がお前の相手だ」
「順番が変わるだけよ。全ての生物は滅びるのは変わり無いわ」
前に出て戦うのは得意ではないが、敵の身体能力や戦闘技術は高くはない。グンマ―の王ほどの絶望感は感じない。
「仮に私が何も知らないただの人間だったならば、私はあなた達に負けていたかもしれないわ。でも、私は全知全能の神なのよ。氷藤実樹。過去からあなたの弱点は分かり切っているわ」
「弱点だと」
「例えば、炎。あなたの氷は炙られても体力を消費して氷を維持しようとする。そうなればすぐに能力が使えなくなる」
確かに『停滞者』の能力には炎という弱点がある。だが、そんな目に見えた弱点は既に対策を練っている。
「そう。炎なんて本人にも分かる弱点は私は使わない。私は本人すら知らない深層心理の奥底の弱点を使って攻撃をする」
私の知らない弱点?
「行くわよ」
黒い雲から雪が降り始めた。
「私は罪を犯した者から能力を収集したわ。その中の一つに偶然。召喚型『熱を吸収する微生物』があったのよ」
「まさか……」
「あなたを裏切った女の能力よ!」
なんて事だ。あの忌々しい女の能力がこんな場所で出会うとは。




