二四話 別れ
氷藤が文秋の体を治すための機械を取りに行ってから一日が経過した。太陽が昇り始めている。
「これだけ帰って来なければ、氷藤くんも死んだよね。なら、フッミーも治そう」
榊原は文秋の傷を完全に治癒した。
「うう。ここは?」
「ボクの事は分かる?」
「分かりますけど、さっきまで……」
「良かった。フッミーは生きているね。惜しい事に氷藤くんは死んだんだ」
自分の置かれている状況を上手く飲み込めなかった文秋だったが、氷藤に関する事だけはしっかり聞いていた。
「嘘ですよね。もう一度言って下さい」
「氷藤くんはもう死んだんだ」
「……そうですか。分かりました。いつか人間は死にますからね」
落胆はしているが、涙や弱音を一切吐かない文秋に榊原は内心驚いていた。あれほど、氷藤の事を特別視している節があったのにこれほどドライな反応を示したことが意外だったのだ。
「僕が氷藤さんの意志を継げば、消し去る事の出来ない概念になりますから。悲しくはないですよ」
「サポートはボクに任せてね」
「ありがとうございます。お互い目的の為に協力しましょう」
「うんっ」
探偵の真似事をするほど榊原の洞察力は高い。だからこそ、彼女は気付いた。この歪な会話と文秋の心情の変化を。
――――――
何も変わっていないような平日の日常が一日過ぎた。
この一日の内に奇妙な出来事が発生した。
「罪を犯した現実改変者を中心に能力が消えたの?」
「ああ、そうだ。捕らえていた奴らが全員の能力が消えた」
「実に不可解だけど、彼らは纏まった場所にいるからまだ『そういう事』だって納得しやすいけど、最近捕まえた犯罪者も消されている場合があるんだよね」
榊原と殻曳がとある一室のパソコンを見ていた。
「ここ、一つ空いているけど。脱走とかあったけ?」
「前の脱獄犯は全員捕らえている。そんな中途半端な空きが発生するはずがないんだが」
「バグかな? まあその辺は別の機会に話そうか」
「ああ、そうだな。今は犯罪者しか消されていないが、もしこの現象が執行機関の人間に起きたら大事件だからな」
情報を多く持つ最高幹部の彼らにも未知の出来事だった。
悩む二人に虚空から目を隠す程深く帽子を被った男が現れた。
「どうも、遅れてしまいました」
「もおー。福式くん。最高幹部が遅れちゃいけないでしょ」
「暗部の方を無期限活動停止にするのに手間取りまして」
「そのことはまた後で話すとして、事前に送った情報は確認している?」
「勿論です。一筋縄ではいかない案件ですからね」
福式と呼ばれたもう一人の最高幹部はメモ書きを取り出した。
「この事件は複数の存在による犯行です。調べた情報によると『翼が背中に生えた美女』か『和服の男』が能力を消された者に接触していました」
「写真とかはあるの?」
「残念ながら、カメラでは写せませんでした。だから、女の方の首を持ってきました」
テーブルの上に生首が置かれた。
「一撃の不意打ちで殺しました」
「じゃあ、片方はもう気にしなくてもいいのかな?」
「それですが、私が生首を持っているにも関わらず翼の生えた女は別の場所で確認されています」
「不思議な犯行が続いているけど人間が犯人なら対処は簡単だね」
相手が人間ならば、殺してしまえば万事解決する。最高幹部なら神でもない限り誰でも殺せる実力がある。
「いや、これは人間だけの犯行ではないかもしれません」
「犯人は見つけたよね」
「はい。だからこそ、嫌な感じがします。ただの人間ならもっと隠れて行動するはずです」
「よく分からないけど、昨日の町の監視カメラでも見て様子を確認しよっか」
榊原はデータの入ったディスクを読み込ませた。
「死刑囚を実験として裏路地に置いてみたら、見事に餌にかかっているね」
「拡大してください」
「はいはい」
映像の中では和服の男が別の男に近づいている。
すると、次の瞬間映像が切り替わった。
和服の男が全面アップに映し出されている。
『見てくれたね。これで君たちは僕を認識した』
「お前はバグワーム!」
『ありゃま。殻曳くんは僕を覚えられているんだね』
殻曳だけがその男を知っていた。いや、覚えていた。
急に二本の鉈を構えた殻曳に対し、二人はすぐに状況を察してそれぞれ武器を構えた。
「これは過去に干渉できる能力だね。福式くんの言う通り、これはただの人間じゃあなさそうだね」
銃を構える榊原に対して、福式は真っ赤な短刀を握っていた。
「初めまして。僕はバグワーム」
バグワームが部屋の真ん中に現れたが、瞬時に首が飛んでいた。
「このまま、死んで下されば楽なんですけどね」
福式の攻撃が既に終わっていた。
「残念ながら、それはフラグだね。僕は死んでない」
「一筋縄ではいきませんか」
「君の能力は召喚型だね。丁度良かった。僕の組織に入らない?」
首のみになったバグワームは笑顔のまま勧誘した。
「駄目だっていうのは分かっているよ。だから『六人の使途』。第三、第四」
小さな木がバグワームの頭の隣に生えた。その枝の先端には人間の首らしきものが吊り下げられていた。
「その能力は。お前! その能力はッ」
「分かったかな。これは万能装備ちゃんの能力だよ」
福式が激昂した。
バグワームの召喚した人間を冒涜するようなその木を福式はよく知っていた。
「お前だけは絶対に許さねえ! 娘の仇だ」
真っ赤なナイフがバグワームと木を粉々に切り裂く。
「なら、知っているんじゃないかな。こんな行為が無意味な事ぐらい」
「治っているだと」
「福式ちゃんの件は謝ります。一応、明後日ぐらいには彼女を元に戻します」
「ふざけるなよ」
再び攻撃を仕掛けたが、体がノイズになるだけで攻撃が当たる事は無かった。
「怒りで君の心に少し『穴』が空いた。この方法は好きじゃないけど、借りるよ。君の能力を」
「何!?」
頭に棒のようなものが突き刺さっていた。その棒はノイズを纏っており、福式の意識を奪った。
倒れて行く福式を殻曳が目にも止まらぬ速さで回収し、部屋から逃げて行った。
「ボクが相手をしてあげるよ」
「うわー。文秋くんのストーカーの人じゃないか」
「君は人を怒らせるのが大好きなんだね。いいよ。分かった。殺してあげるよ」
榊原は銃を頭に当てた。
「ボクの能力は『傷を移し替える』。これは結構怖いけど仕方ないよね」
銃の引き金を引いて、己の脳みそを破壊した。
「これは厄介だ。でも、僕にそんな物理的な攻撃は……」
地面に倒れた榊原は笑顔を浮かべた。
「覚醒『ダメージ変化』。精神」
「えっ。セイシン? ソンナノキクはずは」
「心が死んだらどうなると思う?」
銃弾が貫通した頭は既に治っている。そのダメージをバグワームになすりつけ、更に物理的な怪我から精神ダメージへと変えた。
「正解はただ、反射的に生命活動をするただの肉片になる。これだよ」
バグワームが倒れた。
「終わったよー」
「流石に榊原には勝てなかったか」
殻曳が気絶した状態の福式を担ぎ、部屋に入って来ていた。
「まさか、被害者の中に福式くんの娘がいるとは思わなかったけど概ね計画通りになったね」
「福式も起きる。一応、確認をしないとな」
揺さぶると気絶から目覚めた。
「目覚めてすぐに悪いけど。能力は使える?」
「駄目です。『奇襲必中』は使えますが覚醒の『掃除屋』は使えないです」
「なら、見た目も含めて完全に黒だね」
三人は和服の男を見る。
「これで一人は捕まえましたね」
「結構大きな犠牲を払ったがな」
「まあ、いいんじゃないかな?」
精神を殺され、植物状態になったバグワームが動くことは無い。
「どうしよっか。多分、翼の方とは繋がってないとは思うけど。拷問する?」
「止めておきましょう。こいつはしばらくこのままにしておいて、危険を減らす方向の方がいいと思います」
「そうだな」
このまま、カギを掛けて問題が完全に解決するまで放置するという選択になった。
しかし上手くはいかなかった。
「精神ダメージって初めてだったからどの『動作を挟む』か悩んだよ」
バグワームが元の状態に戻っていた。
「心のダメージは時間でしか癒せない。それに死んだ精神は蘇生するはずがないのに」
「柔らかい脳みそで硬い考えをするね。まあ、いいや。早速試してみたい能力を使うよ。『掃除屋』」
こぶし大ほどの金属の玉が召喚された。
「ッ! 逃げて下さい! 爆発します」
「榊原を連れて残っている能力で逃げろ! 俺は爆発程度では死なない」
福式は榊原を掴み能力を使った。
『奇襲必中』は攻撃する本人が奇襲と思った攻撃を必中にする能力である。例え、相手が遠くにいたとしても瞬間移動が起こり、必ず当たる。
それによって、二人は近くの地上を歩いていた見知らぬ相手の場所までワープしていた。
残された殻曳は鉈を体に仕舞い、両手でガードの姿勢を取っていた。
「へえー、これって爆発するんだね」
「お前もただでは済まないはずだ」
「あれ? 殻曳くんって僕と戦った事あるよね。だったら分かるよね。僕に物理攻撃は……」
「そうか。そうだったな。ならば」
ガードを解いた殻曳はバグワームを締め上げた。
「これで、お前は能力を使えない」
「やっぱり、殻曳くんはいいね」
小さな球体が一瞬の発光した後、部屋を吹き飛ばすほどの爆発をした。
ビルの窓が割れ、二人は外に放り出される。
地上までの距離は遠く地面に落ちれば確実に死ぬ高さがあった。




