二一話 共闘
私は水挽という国家公認の研究員を名乗る女から文秋を治すための機械との取引で精子をせがまれていた。
現実改変者である私を研究したいらしい。
お互いの求めるものが対等の価値があるはずだ。なら、この取引は信用しやすい。
しかし、ここで問題が発生した。
「ちょっと。僕の目の前でやってね。自分の目で見て確定したデーターじゃないと認めたくないからね」
こいつは根っからの研究者だ。説得する時間はない。
覚悟を決めて、服を脱ごうとした時。
「僕は君の敵だ」
突如、聞き覚えのある声と共に水挽の胸元からドライバーが生えた。
こんな思い出したくもないのに覚えてしまっているその声はバグワームのものだ。
水挽を殺したにも関わらず、表情を一切崩さず気色の悪い笑顔を保っている。
「苦労しているかな? 氷藤ちゃんは強いし目的の為ならどんな手段であろうと実行しちゃいそうだよね」
「なぜ、ここに来た?」
「その必死そうな顔からわかるよ。相当苦労しているみたいだね。僕は嬉しいよ。だからさ、こんな楽な方に流れるなんて止めて欲しいなあ」
やっぱり、こいつの心は捻じ曲がっている。こっちは人の命が掛かっているのにも関わらず悪戯をして、笑っている子供みたいな顔をしている。
今すぐ氷漬けにしてやりたいが、そんな事をしても体力の無駄だ。奴の能力は私では到底太刀打ちできない次元の力を持っている。
「……でもまあ、ノーヒントじゃあ苦労以前の問題になってしまうね。だから、ヒントをあげるよ」
そう言うとバグワームは一枚の紙を机の上に置いた。
「じゃあ、僕は氷藤ちゃんが楽な方に流れそうになったらいつでも現れるからね」
バグワームは存在が掻き消えるかのように消えて行った。
私は差し出された紙を見る前にバグワームに殺された水挽の死体を見る。
こうやって死体を見ていても、怒りだとかそこまで強い感情が込み上げてくることはない。だが、このまま死体を放置するというのも文秋が見せられる行動ではない。
「せめて、その姿のまま寝かせてやらないとな」
氷で体が腐るのを防止する。きっと水挽にも家族はいるだろう。あとはその人たちに弔って貰うしかない。
丁寧に凍らせた後、渡された紙を読む。
「決闘革命?」
そこには勧誘とかでよくあるチラシの様なデザインで一番の上のタイトルに決闘革命とされたものだった。とりあえず、さっと一度目を通す。
「ドッグズ帝国の伝統的な革命方法か」
地球で革命をするとなると血の海が出来るのが当然な物騒な出来事だが、ここの国では少々違うらしい。ここでは数万の革命を志望する票が集められることによって決闘は始まる。
決闘は革命側から代表者を好きな数だけ出して、その代表者が王族と一対一で戦う。
これで、王子と王に勝てば晴れて革命成功……らしい。
そしてこの革命という名の決闘は現在進行形で行われている。
「バグワームめ。私に参加しろと言っているようなものじゃないか」
こんな情報を渡しているということは、私が革命に入り込んで機械の使用権を奪えと言っていると同意である。奴は「苦労をして欲しい」的な事を言っていた。ストレートに狙いを見せてくるとは本当にふざけた奴だ。
だが、やるしかないのも事実だ。
例え、王子や王がどれだけ強かろうとも私と文秋の障壁に成りえるものはどんな手を使ってでも排除する。
研究室を出ると城全体が地震が発生したかのように大きく揺れた。どうやら、決闘は既に行われているのだろう。それに、さっきまで声が一切聞こえなかったのに遠くから大きな怒声のようなものが聞こえてきている。
研究室には防音機能が付いていたのだろう。あの中でも聞こえる音なのにさっきまで聞こえなかった。
見回りに気づかれないように慎重に声が聞こえる方に進む。体力を温存するためには無駄に戦いたくはない。
少し時間は掛かったものの声のする場所に到着した。
そこは闘技場だった。ギャラリーが騒ぐ中、フィールドの端っこで粉塵が立ち込めていた。
私は走り出した。
なぜなら、青い炎が粉塵内から飛び出していたからだ。
あの色の炎は万能装備の能力で作られたものだと知っている。彼女はここまで潜入していたのだ。
ここが闘技場なら、フィールドに立っている小学生ほどの男の子は王子か王だろう。遠目で見ただけでも分かる。こいつは万能装備より強い。
そして、今まさに止めの一撃を仕掛けている。
どんな攻撃をするかは皆目見当もつかないが、対処する方法はある。
人間の得る情報の八割は視覚的情報だ。そして、現実改変者の能力の範囲も基本的には目視が大前提に入っている。
なら、見えている場所が違えば攻撃もあらぬ方向に行く。
氷は水と同じく空気中の光を屈折させる力を持っている。
観客席から飛び、粉塵の中に薄い氷の壁を作った。万能装備の場所は青い炎を纏っている服が目印になり、すぐに見つけられた。
氷の効果によって少し離れた場所に敵は突っ込み、壁に大穴を開けている。
すぐに万能装備の元に駆け寄る。
彼女は傷だらけで頭から出血もしている。多分、さっきのが最後の力を振り絞った最後の攻撃だろう。
私に気づき、万能装備は項垂れるように首を下に向けた。
「申し訳ございません。私が弱いばっかりに氷の女王の足を引っ張ることになりました。妹分失格ですね」
「もういい。休め。後は私が戦う」
「一緒に仕事した事を覚えていますか?」
切羽詰まっている状況で質問された。
「ああ、覚えている」
「当時の私は弱く、満足に仕事も出来ませんでした。そんな時、貴方は言って下さいましたね『自分と能力を信じなさい』と。今でも鮮明に思い出せます」
随分、懐かしい話を引っ張ってくる。
「だから、私はいや、私と能力は壁を乗り越えられました」
「……」
「召喚型『万能装備』。これが私の能力です。変化。《氷の女王》」
炎を纏ったコートが、一瞬で凍り付き氷のコートに変化する。そして、彼女はそれを脱ぎ私に差し出した。
「着てください。身体能力が飛躍的に上がります。王、あいつに勝つのに役立ちます」
「だが」
「いいんです。こいつは私です。だから、氷の女王なら問題ありません」
召喚型は召喚したモノを誰かに貸し出すことは原則出来ない。だが、万能装備が着て欲しいというのなら断る必要はない。
「分かった。久々の共闘だ」
「ありがとうございます」
柔軟性のある氷のコートに袖を通す。
頭の中に『万能装備』の使い方が流れ込んで来た。
「ふむふむ。なるほど。合点承知だ」
意識をすることで専用の装備が出てくる。《氷の女王》の場合は氷の剣が召喚される。
剣を召喚した。
それと同時に壁に埋まっていた王が外に出てきた。
「チッ。外したか。次の相手は貴様の訳だな」
「決闘を始めようか」
王がこちらを睨む。威圧で強さを正確に認識する。
こいつは強い。前の私なら、切り札を全て使っても勝敗が分からないレベルの敵だ。
だが、『万能装備』を身に着けた私なら、確実に勝てる。
「貴様如き一撃で沈めてやる」
王はクラウチングスタートの体勢になった。この技はもう既に見ている。
目視不可能な速度での突進。シンプルながらも威力は凄まじい。
私は剣を王の方に向ける。そして、能力で己の体を固定した。
「何?」
結果、目に見えない突進は前に向けた剣に突き刺さり、王の腹部を貫通した。
苦痛の表情に浮かべている隙に氷漬けにする。
「目の前に滑りやすいように氷を作った」
氷に罅が入り割れる。簡単に脱出してくること位は想定の範囲内だ。剣で刺したダメージも大したことはないだろう。
「ここまで近寄れば、その氷は役にたたまい」
王が私を殴る。しかし、『万能装備』による防御力強化により威力はほどんどかき消された。温度が下がれば、威力すらも止まる。
代わりに反作用によって王の体は剣から離れた。
一見すれば、私の方が優位に見えるが実際はかなり体力消費をしている。元々、自分の能力ではない為、体力消費量が分かりにくい。
早めの内に決着をつけないといけない。体力が切れた瞬間が私の負けだ。
異常な耐久力を誇る王を確実に倒すには、最大火力を無防備の敵に叩きこむ必要がある。
最大火力を叩きこむためにはある条件が必要になる。
王が高速で接近する。先ほどの剣で突き刺す方法はもう対処されているだろう。
私は剣を使い防御に徹した。
条件が整うまではしっかり守らないといけない。攻撃が当たってしまえば体力を消費して衝撃を止める。あと、持って数分。それまでに発動条件を満たせば私の勝ちだが、満たせなければ勝機の薄い攻撃しかできなくなる。
「何が狙いだ? その防御もいつまでも続かないはずだ」
時間制限は既にバレている。しかし、狙いは知られていない。
「喰らえ」
狙いを気付かせない為にダミーで太い氷柱を周りから作り、王に突き刺そうとした。それは当然の如く、拳一撃で折られた。
「この程度か? こんなのでは我に傷一つ付けられないぞ」
「はあはあ。そうか」
体力も残り少なくなり、息も上がって来た。
「そろそろ、切り札を出したらどうだ?」
「ああ、条件は整った。出してやる」
必要な条件。それは時間と運が必要なものだった。
私は剣を差した時に王の内部に小さな小さな氷の粒子を仕込んでいた。それが、脳に達するのを私は待っていた。
人間の体は無数の血管から成る。そして、心臓から出された血液が戻って来るのには六十秒掛かる。
とある一点の血液が脳に行く確立など計算すら億劫になるほどの確立だろう。更に一回外れるごとに一分は時間稼ぎをする時間が増える。
攻撃をされる前に能力を発動させた。
「ッ!? な……に……」
王は頭を抑えながら膝を着いた。
「私の能力は知覚した範囲ならどこでも発動可能だが、内臓や体の内部は知覚できないから能力が使えなかった。そこで『万能装備』の能力の一つにある感覚共有を使った」
相手が隙だらけなら指を構えて、原子レベルで凍らせる事も可能だったがそんな隙はここには無かった。だからこそ、『万能装備』の能力を使わざる負えなかった。
「身体能力の高いグンマ―だろうと脳が凍れば死ぬ。恨むなら女の子に暴力を振るった自分を恨め」
万能装備を倒された時、私の感情は大きく動いていた。私を信用して召喚型の能力を貸してくれたことは勿論だが、あんな昔の事を健気に覚えて貰っていれば情も湧く。
どうしても、こいつは私の手で葬り去らないといけない。これは暗部だった頃へのケジメだ。
「よくぞここまで。と褒めてやる。相手が我ではなければここで終わっていた」
何? 私は確実に脳を破壊した。それなのに動ける生物なんているハズはない。
「我は脳を二つ持っている。お前が攻撃したのと背中に機械として埋め込んでいる」
脳を二つだと、化け物すぎる。
体力が切れ、能力が解除された。
「時間切れだな。お前は頭も回るいい戦士だった。それを称えて我直々に手を下してやろう」
抵抗しようにも能力を使う体力が残っていない。
死の手刀が下ろされようとした時。空から巨大な何かが落ちて来たのか、地面にクレータ―が出来た。
「今度は誰だ……って、まさか!」
クレーターの中心。そこにはカラスが一匹羽ばたいていた。
「なぜ、貴様がここにいる。あの時追放したはず」
王が後ろに後ずさる。王が視界からいなくなり、私はそのカラスをよく見る事になった。
あの金属の首輪。あれは文秋に懐いていたカラスだ。
「ご主人が死にかけているので治すための機械を下さい」
カラスが言葉を発した。声からして女性っぽいが一体どういうことだろうか? 動物が喋るなんて普通じゃない。
「ご主人? お前を従えることが出来る者が要る。クッ! 分かった。すぐに用意する」
王の足が一瞬で消えていた。いや、正確には吹っ飛ばされたのだが、何が起こっているか早すぎて全然分からない。
カラスが私に向かってゆっくり飛んで来た。
「どうも、いつもご主人がお世話になっています。そのお怪我はどうなさりましたか? ……分かりました。あいつですね」
次の瞬間。王の四肢が消し飛んだ。
「この姿では少々不便ですね」
カラスは漆黒の羽根をバラまきながら回転する。すると、一瞬で人型の女性に変化した。
女性になったカラスは手を差し出して来た。
「ん? 一人で立ち上がれないんですよね」
「すまない」
立てない私の為に手を差し出してくれていたのか。手を掴むと肩で担ぐようにして、支えてくれた。実はいい奴なのかもしれない。
「それでは案内をお願いしますね」
「我に指図するか。分かった。すぐに治癒装置をくれてやるからさっさと消えろ」
思わぬ手を借りて目的を達成できそうだ。




