桃の節句 五
それから3日たったが、傷の治りがどうもよくない。化膿してしまったのか少し腫れて熱を持っている。
「先生はなにかあったら医院に来るよう言っていたけど。」
お雪はつぶやいてみたものの、これしきの事でと思いなおしそのままにしておいた。
化膿がひどくなり、とうとう奥様にも気づかれてしまった。
「まあ、お雪その傷はどうしたの?」
お雪は怪我をして先生に手当をしてもらったが、その後化膿してしまったようだと伝えた。
「そんなことがあったのね。気づいてやれずにかわいそうなことをしたわ。これから急いで長谷川医院に行ってちょうだい。もう今日の仕事はいいわよ。」
そう言うと奥様はお雪を送り出した。
長谷川医院には診察室がいくつかある。
待合室で待っていると、そのうちの一つから淳が顔を出した。
「お雪ちゃん、もしかしてこの間の傷?」
お雪が頷くと、淳は診察室に入るように促した。
「ここに座って。」
淳は椅子を引き寄せ、処置のために消毒液で自分の手を洗った。
「ヨードチンキを付けておいたけど、化膿しちゃったか。」
お雪は小さく頷く。淳のことが気になり始めているので、少し照れくさい。
「どれ、見せてね。」
と、包帯を解いて傷口を確認する。
「だいぶ腫れちゃったね。痛みもけっこうあるんじゃない?」
「少し。」
淳に腕を触れられ、処置とわかっていてもはずかしい。
「今日は石灰酸でしっかり消毒するよ。沁みるだろうけど頑張って。」
そう言って、石灰酸を脱脂綿につけ傷口を消毒した。
「痛っ。」
思わず声が出る。思った以上に傷口が沁みる。
「もうちょっと。しっかり消毒して直さないと。」
淳は真剣な顔で傷口を念入りに消毒し、丁寧に包帯を巻いた。鼻筋の通った淳の精悍な横顔にお雪は思わず見とれる。淳がすぐ近くにいることに改めて気づき、心臓がどきどきする。
「これでよし。これで化膿は治まるはずだ。だいぶ沁みただろうけど頑張ったね。」
そう言って、お雪の頭を軽く撫でた。
「先生、私もう子供じゃありません。」
嬉しさと恥ずかしさ、子供扱いされたのではという少しがっかりした気持ちがごちゃ混ぜになり、思わずお雪の口からはそんな言葉が出た。
「そうか、そうか。」
そう言って、淳はクスっと笑った。
「様子を確認したいから、明日もう一度見せに来て。」
絶対に来るよう淳に念押しされ、お雪は来院することを約束して帰って行った。
黒田家に戻ると、奥様が心配して待っていた。
「どうだった?お雪。」
「先生によく消毒していただきました。念のため明日もう一度来るようにと。」
お雪は奥様にも迷惑をかけて申し訳ないと思いながら報告した。
「そう。では明日も忘れずに行ってちょうだいね。」
「ご迷惑をおかけしてすみません。」
お雪は心苦しく頭を下げた。
「何が迷惑ですか。あなたのことが心配なのよ。よく治してちょうだいね。」
奥様は優しくそう言ってくれた。
こんなとき、いつもどこかでお春が盗み聞きしている。
「仕事をほっぽり出して、いいご身分だこと。」
腕組みしながら嫌味を言ってきた。
「この傷、お春が押し飛ばしたからでしょ。」
自分がケガをさせたくせにと腹立たしく思い、珍しくお雪が言い返すと、
「何のことかさっぱり。」
目を見開きそう言うと、お春はこそこそと逃げて行った。
翌日、お世話になるからと奥様が手土産にお団子を持たせてくれた。
「お雪ちゃん、傷口はどう?」
穏やかな口調で淳が聞く。今日も淳に会えてお雪は正直嬉しい。
「おかげさまで、腫れも引いてきました。これ、お世話になるからと奥様からです。」
そう言ってお団子を渡すと、
「春子屋の団子だ。これうまいんだよな。」
淳は甘いもの好きらしい。
「今日も消毒するからね。」
そう言って手際よく包帯をほどき、石灰酸で傷口を消毒した。
「今日も沁みるよ。少し我慢して。」
お雪は今日は“痛い”と言わなかった。
「今日は痛いって言わなかったね。えらいえらい。」
そう言ってまたお雪の頭を撫でようとし、手を引っ込めた。
「子供じゃなかったね。」
そう言って淳は笑った。
お雪は“昨日子供じゃない”なんて言わなければ良かった、と少し後悔した。




