桃の節句 一
梅の花も咲きだして、桃の節句の日がやってきた。
黒田家にとっては忙しい一日となる。
いつもの様に朝ごはんの準備から始まり、片付けが終わると、今日は神社への参拝の準備となる。
普段女中はお仕着せの地味な着物を着ているが、参拝やお盆、お正月などの祝いの時には、奥様からきれいな着物を貸し出される。
普段、家の中では常に何かしらの仕事をしているので、今日のように、何をするでもなく部屋に立って着物を選んでもらうのは、何とも手持無沙汰で落ち着かない。
奥様の部屋には着物が何枚も広げられている。奥様はその中の一枚を手に取り、お房の顔元に合わせてみる。
「これも悪くはないわね。でもお房は顔立ちがはっきりしているから、こっちのほうがいいかしら。」
そう言って、また別の着物を合わせて見た。
「やっぱり、この青い着物の方がお房には会うわね。どう?お房」
お房は照れながらも嬉しそうに頷いた。
「きれいな着物を、ありがとうございます。奥様。」
お房は普段と違う丁寧な物言いで礼を言うと、着物を受け取って部屋へと戻っていった。
「次は、お咲ね。えーと、お咲は色白だから、淡い色の着物がいいわね。確か、このあたりに。」
そう言って、お咲に淡い黄色の着物を、お春には薄いピンクの着物を手渡した。
ふたりとも着物を受け取ると、いそいそと部屋へと戻っていった。女中部屋でそれぞれの着付けをしなければならない。
「最後は、お雪ね。お雪にはもう選んであるのよ。」
そう言って、奥様はうすい水色に白の小さな梅の花が散らされた着物を出した。
「お雪にはこれが似あうと思って。」
奥様はどこか嬉しそうだ。他の女中に着物を渡していた時と、明らかに違う。
お雪は一番若いから、着物選びは最後なのだが、奥様が最後に渡したのはそれだけではないだろう。
「ついでに着せてあげるから、その着物脱いでしまって。」
そう言うと、奥様はお雪にきれいな着物を着せにかかった。
「いけません、奥様。奥様にそんなことしていただくわけには。」
あわててお雪は後ろに下がって辞退したが、
「お雪、私がそうしたいのよ。そうしたかったのよ。」
そう言って、優しくお雪の肩を撫でた。
いつも何かにつけ、奥様は私に優しくしてくださる。
珍しいお菓子のいただきものを、こっそり分けてくださったり、奉公始めの頃炊飯に失敗してご主人に怒られた時も、泣いているところを慰めてくださった。
この奥様のためにも、黒田家のためにもしっかり働かなければといつも思っている。
奥様に着付けをしてもらいお仕着せの着物を女中部屋に持っていくと、ちょうど他の女中も着付けが終わった所だった。
お雪が入っていくと、
「ちょっと、どうやってその着付けしたのよ。」
お春がつっけんどんに聞いてきた。もちろん、奥様に気つけてもらったことを分かったうえで。
私は奥様への申し訳なさが再燃し、口ごもってしまった。
お春は鬼の首を取ったように
「奥様に着つけてもらうなんて、信じらんない。家の主人に着物を着せてもらうなんて、聞いたことないわよ。」
大きな声でまくしたてた。
あまりの大声に、お咲が制した。
「声が大きい。奥様に聞こえるよ。お雪が頼んで気付けてもらったわけじゃないだろうよ?」
奥様に聞かれたら大変、とお春も声のトーンを落とした。
「さあ、もう時間だよ。外に出た出た。」
お房がその場を制して、この場は終わりとなった。
お咲は優しくお雪の肩に手を置いた。
お雪は頷き、揃って玄関に向かった。




