恋敵 十四
淳の母は、布団の中で今日のことを思い返していた。
息子のためと思い、お雪と言う女中との結婚をなんとかさせないようにしなくてはと思ってきた。
自分は実家も医院を営んでいる医者の娘だ。当然のことと思ってこの長谷川家に嫁いできた。医師の妻という立場に自負がある。それを教養もない女中がと思うと、まるで自分を侮辱されているような気持になって許せなかった。
しかしよく考えてみれば、自分が医師の娘に生まれたのはたまたまだ。自分の努力ではない。そう考えると、女中になったあのお雪という娘も、自分の努力不足で女中になったわけでも何でもない。
朝いちばんに長谷川家に来て、食事の用意や体の不自由な夫の面倒を献身的に見たと、言っていたな。食事が喉を通らない時、リンゴのすりおりしや葛湯を出してもらって嬉しかった。そこに病人への思いやりを感じたからだ。あれがお雪の作ったものだったとは夢にも思わず、私は今日鬼の形相でお雪に塩を撒いたのだ。
結婚を反対されていると知りながら、一生懸命に私や夫の看病を行い、あげくの果てその相手に塩をかけられたお雪のことを思うと、かわいそうになり同時に自分はひどいことをしてしまったと罪悪感でいっぱいになった。
そして貴子の事にも驚いた。あのように平気で人に嘘がつける人間もいるのだと思うと、人を立場だけで見ることがいかに意味のないことかと思い知らされたのであった。
そして黒田家のご主人にも不義理をしてしまった。黒田家主人が長谷川家への使いをお雪に活かせるということは、覚悟を持ってのことであったろう。その善意を私は踏みにじってしまった。
思い起こすほど、自分の愚行に寝付けない淳の母であった。
数日後、淳の母の気持ちは固まっていた。まずは黒田家に先日のお詫びに行こうと思った。
菓子折りを用意し、意を決して黒田家に向かった。
いざ黒田家に着いてみると、なかなか二の足を踏んで中に入る勇気が出ない。あんなことをしてしまった後、もしお雪に会ったらどんな顔をすればいいだろう。
そんなことを考えながら門の外からちらちらと中をのぞいていると、貴子の声が聞こえてきた。
「だから、いいかげん淳先生から手を引きなさいって言ってるのよ。」
そう言って、貴子がお雪に詰め寄っている。お雪はうつむいて黙ったままだ。
「何とか言いなさいよ、女中風情が何もできないくせに。淳先生に言い寄るなんておこがましいのよ。」
貴子は執拗にお雪をなじる。
「淳先生と結婚するのは、この私なんだから。淳先生のお母様が決めたんだからね。」
そう言って貴子はお雪を突き飛ばした。
ふいに突き飛ばされたお雪は後ろによろけ、石灯籠の隅に頭をぶつけ意識を失った。




