恋敵 十三
その日の夕食時、再び貴子も長谷川家に加わっている。
淳と母、貴子で夕食を囲んでいるとき、
「それにしても、今日はとんだ日でしたね。」
貴子が突然話し始めた。
「しょうこりもなく、この長谷川家にのこのこやって来るなんて。」
母はしれっとした顔で何も言わない。
もしやと思い淳が聞く。
「誰が来たの?」
「そりゃもちろん、あの女中ですよ。ねえ、お母様。」
貴子がにやにやと母に顔を向けるが、母は黙々とご飯を食べている。
「お雪ちゃんがきたのか?」
淳がそう言って立ち上がる。
母は無言のままだ。かわりに貴子が答える。
「そうよ。女中のくせに、まあいけしゃあしゃあと、よく来れたもんだわ。
お母様に塩をまかれたんだから。ざまあないわね。」
貴子がそう言い終わるかどうかのうちに、淳が怒鳴った。
「俺は母さんに聞いているんだ。母さん、答えろ。」
母は箸を置くと、淳に向き直った。
「親に向かって、その態度は何なの、淳。
母さんはあなたのためを思って、正しいことをしているのよ。いいかげん目を覚ましてちょうだい。あんな女中に騙されて、」
貴子が加勢する。
「そうですよ。お母様が寝込んでいるときも何もしなかったくせに。その間この長谷川家を切り盛りしたのは、この私ですよ。お母様のためにおかゆも作ったんですから。」
貴子にとっては作り話もお手の物だ。
「あらまあ、そうだったの。やっぱり頼りになるのは貴子さんのようなお嬢さんね。ありがとう、貴子さん。」
母が貴子の肩に手をやり、微笑みかけていると。
「ちょっと待て。」
そう言って、足を引きずりながら淳の父が部屋に入って来た。
食卓の椅子を引いて座る。
「あなた、起きてきて大丈夫なんですか?一人で歩いて倒れでもしたら。」
父は険しい顔で貴子を見ている。貴子は父から目をそらした。
「お前が寝込んでいる間、毎日手伝いに来ていたのは、黒田家のお雪さんだ。」
父がそう言うと、母は思いもよらぬことに目を見開いている。
思い直し、また怒りが込み上げてきたようだ。
「誰がこの家によその女中を上げたんですか。」
「母さん、いいかげんにしろ。お雪ちゃんは毎日ここに通って、家の食事、父さんの介護、食欲がない母さんのために、リンゴを絞ったり、葛湯を作ったのはお雪ちゃんなんだぞ。」
淳は語気を強めてそう言った。
「だって、さっきこの貴子さんがおかゆを作ってくれたって…。」
母は貴子の方を見る。
「その人は、お前が寝込んでいる間ただの一度も来ていないよ。」
父にそう言われ、貴子が言い返す。
「だって、具合の悪い時にお邪魔するのは失礼じゃないですか。」
貴子を信じていた母は、貴子に嘘をつかれていたことに驚いている。
「それに、その人は母さんが倒れた時、庭師に俺に知らせなくていい、大したことないと止めたそうだ。母さん、それでもその人にこの家の嫁になってほしいのか。」
淳にとどめを刺され、母はもう返す言葉がない。
様子を見ていた父が、穏やかに言った。
「あのお雪さんはな、朝いちばんにこの家に来て炊事をして、不自由な私にもそれは親切に対応してくれた。うちの家のどの女中よりもよく働いて、夜は一番後に帰っていく。私もはじめはいぶかしいと思っていたが、なかなかあんなに良くできた女中さんはいない。お前が食欲がないと知ると、あれこれ思案して少しでも食べやすいものをといろいろ工夫していた。機転も利く。母さん、もうそろそろ意固地になるのを辞めないか。」
そう言って母の顔を見た。
母は思ってもみない父の話に考えがまとまらないようだ。
この日の話はここまでで終わった。




