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恋敵 十

貴子が帰り、ご主人と奥様は困っていた。

淳とお雪は好きあっているが、長谷川家が結婚を認めず話が進まないでいる。今となっては黒田家で黙認はしているが、こちらから何かを言うことはできない。それでもお雪は黒田家の大事な女中だ。主人も奥さんもお雪に悲しい思いはさせたくはない。

これは淳に会って真意を聞かなければならない。

そう思い主人は筆を執った。



淳のもとに主人からの手紙が届いたのはそれから三日後である。

黒田家に淳の婚約者と名乗る貴子さんという女性が来たが、間違いではないだろうか、と言うようなことが書かれていた。

手紙を読むやいなや、淳は母の元に走った。

「母さん、貴子さんが俺の婚約者って、いつからそうなったんだ。そんなこと俺は認めない。」

今まで見たことのない息子の剣幕に母はたいそう驚いている。

「ちょっと、落ち着いてちょうだい、淳。」

「これが、落ち着いていられるか。」

母は、はっと気が付いたように

「誰から聞いたの?」

と今度は怒りをあらわにして言った。

「例の女中が告げ口してきたの?」

「お雪ちゃんはそんなことはしない。」

「どうだか。あなたを取り込もうと何をするかわからないわよ。」

はき捨てるようにそう言った。

「それは母さんのほうだろう。自分がやっていることをよく考えろ。」



淳はうつむいて考えていたが、

「ここまでだとは思わなかったよ。母さん、大事に育ててもらった恩は分かっている、でも俺の人生は俺が決める。もう俺はお雪ちゃん以外とは結婚しない。それができないなら、この家も出ていくよ。」

揺るぎない顔の息子から、家を出ると言われ母はショックを受けている。

「女中なんかと一緒になったって。」

母は悲しい顔をしてうなだれた。

「まだそんなことを。」

淳は力いっぱい拳を握りしめた。

しばらくの間二人はその場に立ち尽くしていたが、淳は部屋に戻ったと思うと

外に出て行った。


もう日は暮れていたが、黒田家にいって誤解を解かなければならない。


遅くの訪問にも関わらず、主人は快く淳を迎え入れた。そしてお雪のことも呼び寄せた。

主人の部屋に主人と奥さん、淳とお雪が向かい合って座っている。


「こんな時間に伺い大変失礼します。そしてご主人様からのお手紙、ありがとうございました。」

そう言って、淳は頭を下げた。

「先日私の婚約者と名乗る者がここに来たそうですが、でっち上げです。情けない限りですが、私の母が作り上げた芝居です。」

そう言って、淳は大きくため息をついた。

「そうでしたか。」

主人は奥様と顔を見合わせた。

「避けて通れない話だから、お雪もしっかりと聞きなさい。」

ご主人にそう言われ、お雪も深く頷いた。


「お母様がそのような話をでっちあげるということは、お雪との結婚を反対しているということですな?」

主人が単刀直入に聞くと、淳はうなだれて頷いた。

「僕はお雪ちゃん以外とは結婚しないと、ずっと説得していますが、まだ聞き入れてもらえません。」

「そうですか。」

ご主人は目を伏せて頷いている。


女中との結婚を反対されているだろうとは思っていたが、お雪は直接淳の口から真実を聞くのは初めてで、やはり胸が痛い。自分の結婚のせいで淳が辛い思いをしているのだ。

自分が身を引けばそれが一番いいのではないかと、やはりお雪は思ってしまう。しかしそれもまた淳を傷つける。


沈黙が流れた。これを解決する妙案は見つからない。


夜もふける中、淳は誤解が解けたこと、これからも自分の気持ちはかわらないと主人とお雪に伝えると、帰って行った。

主人と奥様も心中おだやかではいられないが、ただ見守ることしかできない。


その時、庭で木々がざわざわと揺れた。

梅の木の精、ツワブキの精、他の松や紅葉、たくさんの木々が揺れている。

まるでお雪を応援しているように。


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