恋敵 九
淳が仕事を終えて家に帰ってくると、また夕食の席に貴子が座っていた。
「淳先生、お仕事お疲れ様。」
仕事で疲れているところ、家に他人がいると気が休まらない。そのうえ家族気どりの様子に正直淳は腹立たしい。
貴子に声を掛けられ、軽く頷くだけで何も話さない。
「だいぶお疲れの様ですね。早くお嫁さんでももらった方がいいんじゃないですか。」
貴子が的外れな発言をすると、それに母がのっかる。
「そうよね。早く身を固めて安心させてもらいたいわ。」
本来ならここで“その結婚を邪魔しているのは母さんだろう”と母に言い返したいところだが、貴子がいるので淳は言葉を飲み込む。
「私でよかったら、いくらでも淳先生をいたわってあげられるのに。」
そう言って貴子が笑みを浮かべる。
淳は食事もそこそこに自分の部屋へと戻った。母さんにも困ったものだ。でもこんなこともそう長くは続かないだろうと、淳は高をくくっていた。
ある日、黒田家に貴子の姿があった。
奥様が玄関先に出ると、淳の母から手土産と言付けを申し付かっているという。
奥様が奥の部屋に貴子を通した。
「初めまして。私松村貴子と申します。」
そう言って、貴子はしずしずと頭を下げた。
「私が黒田家の主人です。長谷川先生の奥様からの言付けとのことですが、」
主人が話を向けると、
「こちら、長谷川の奥様よりお届け物でございます。季節柄滋養の付くものをとのことで申し付かって参りました。」
どうぞ、と贈り物を出した。
「それはかたじけない。」
主人はありがたくそれをちょうだいした。
少しの間の後、貴子が話し出した。
「実は本日私がこちらに伺ったのには訳がありまして。」
そこで着物の衿にちょっと手をやり、
「実は、この度私、長谷川家の次男長谷川淳さんと婚約することになりました。」
そう言うと、貴子は主人の顔を見てにやりと笑った。
それを聞いて、主人も隣にいた奥様もたいそう驚いた。しかし、本人がそう言っている以上、何も聞けない。
「そうでしたか。」
ご主人は淳とお雪がまだ続いていると思っていたので、そう返すのがやっとだった。
「これからも淳先生はこちらに往診することになるでしょうから、何かの折にはまたお伺いすることがあるかもしれません。どうぞ今後とも宜しくお願いします。」
と言って、貴子は帰って行った。




