恋敵 七
その日は黒田家のご主人の往診であった。ここ数回澄子に往診を代わってもらっていた淳はご主人の様子が気になり、この日は何とか都合をつけて自分が往診に行くことにした。
ちょうど黒田家に着いた時、後ろから澄子に声を掛けられた。
「淳君。」
澄子は走ってきたようで、息が上がっている。
「あれ、今日は僕が往診するって伝えたよね?」
澄子は頷きながら、
「聞いた、聞いた。淳君のお母さんから、黒田家に届け物を持たせ忘れたからって頼まれた。」
そう言って、風呂敷包を見せた。
淳と澄子を二人きりにしようという母の策略だ。淳は一瞬腹が立ったが、仕方ない。
「ありがとう。じゃ一緒に行こうか。」
と黒田家の門をくぐった。
「こんにちは。」
玄関で声を掛けると、出てきたはお雪だった。
今日は往診の日だから、淳に会えると思って出てきたのだろう。淳はこの間の一件もあってまずいなと思ったが、どうしようもない。案の定、お雪は一瞬顔を影らせたが、思い直したのか笑顔で二人を主人の部屋に通した。
お雪は台所で二人に出すお茶を用意していた。
「やっぱり似合うな。」
思わず言葉が出た。
「何が似合うって?」
お春がにやにやしながら声を掛けてきた。
「ははーん、淳先生と一緒にきた女医のことね。」
相変わらず勘が鋭い。
「でもね、仕事ができる女が必ず良い女とは限らないのよ。世の中にはあまり仕事ができる女を嫌厭する男もいるんだから。」
お雪のことを励ましているんだろうか。お春は庄太と結婚して少し丸くなったようである。
そう言われても、淳と澄子の二人はお雪にとってまぶしい存在だ。落ち込まないではいられない。なるべく二人を見ないようにしてお茶を出し、お見送りはお春が行った。
黒田家の帰り道、淳と澄子は土手沿いの道を歩いていた。
淳にとってこの道はお雪との思い出の道だ。お雪の顔が目に浮かぶ。今日も母の策略とはいえ、かわいそうな思いをさせてしまったな、と思い返していた。
「淳君、」
ふいに澄子が立ちどまり話しかけてきた。
「何?」
数歩前を歩いていた淳が振り返る。
澄子はちょっとの間考えていたようだが、
「私、大学にこの長谷川医院の臨時募集が出た時、迷いなく手を挙げたの。」
思い切って話し出した。
「そうだったんだ。どうして?」
淳が意外そうに聞くと、
「淳君に会いたかったから。淳君が実家の医院に戻ってから、ずっと会いたいと思ってた。私、私、淳君のことが好きなの。」
澄子は自分の思いを伝えずにはいられなかったのだろう。緊張の面持ちで、その真剣さが伝わってくる。
澄子が真剣ならば、淳も誠意をもって答えなければと思った。
「澄子さん、澄子さんが真剣に言ってくれたから、僕も正直に話す。僕には好きな人がいる。結婚したいと思っているんだ。だから澄子さんの気持ちには答えられない。」
淳は澄子の目を見つめて優しく告げた。
澄子は大きなため息とともに肩の力が抜けた。
「そうだったんだ。」
そう言うと、ちょっとの間目を閉じた。
「ありがとう。はっきり言ってくれて。残念だけど、告白してよかった。これで踏ん切りがつくわ。」
そう言って澄子は後ろを向いた。泣いていたのかもしれない。
淳は帰ろうと優しく声を掛け、二人は静かに家に向かった。




