恋敵 三
淳は両親を説得するすべもなく、時間が流れて行った。
ただ黒田家の主人は少々の理解を示し、往診のときやお雪がお使いの時に淳とお雪は少しの間会って話すことができた。
短い時間でも二人はこの上なく幸せだった。何を話しても楽しかった。
淳はいつも優しくお雪を気遣った。お雪の好きな金平糖や琥珀糖を手土産に持ってきてくれた。
「まあ、きれい。食べてしまうのがもったいないわ。」
そう言ってお雪は喜んだ。でも嬉しかったのは淳の気持ちである。このお菓子を買う時、先生は私のことを思ってくれていた。そう思うだけでお雪の胸はいっぱいになった。こんなに素敵な先生が一時でも私だけのことを思ってくれる。
そしていつ会っても淳は穏やかで優しい。淳と一緒にいるとお雪は安心できるのだった。
淳もお雪に会えることがとても嬉しかった。お雪を思い、何を喜ぶかと店先で悩むのも楽しかった。そして何を渡してもお雪はとても喜んでくれる。それはいつも変わらなかった。世の中には贈り物をもので値踏みする人間もいる。そんな中、お雪はちゃんと物の奥の送り主の気持ちを読み取る。お雪の人柄を深く知るごとに、淳はますますお雪の人間性に惹かれた。お雪の優しさ、素直さ、温かさ、それらは淳を引き付けて止まなかった。
そんな折、淳の父が体調を崩した。
仕事中に倒れ、急遽大きな病院で手術となった。
病名は脳卒中であった。脳の血管が切れてしまったのだ。処置が早かったので一命はとりとめたが、しばらくは入院となった。
長谷川医院は父、兄、淳の三人でまわしていたので、父不在となり患者の診察に手が足りなくなった。
兄が知り合いの大学病院に臨時の医師を派遣してくれるよう頼み、長谷川医院に新しく医者が来ることになった。
「おはようございます。」
長谷川医院に臨時の医者が来た。
「おはようございます。えっ。」
淳は驚いている。
「久しぶり。臨時の先生って澄子さんだったの?」
澄子は淳の大学病院時代の同僚だ。
「久しぶりね。お兄さまには話がいっていたと思うけど、聞いてなかった?」
「何も言ってなかったな。いや、まさかまた澄子さんに会えるとは思わなかった。」
久しぶりの再会に二人とも嬉しそうだ。
「澄子さんが来てくれれば安心だ。よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
そう言って、二人は握手をかわした。
澄子は当時ではまだ珍しい女医で、大学病院でも腕には定評があった。男勝りなところもあるが、それを上手に仕事に活かしている。誠実で人望があり、なかなかの美人だ。
大学病院でバリバリ働いている澄子が、臨時でこの長谷川医院に来たことを淳は少し不思議に思ったが少し息抜きにきたのかな、くらいに思っていた。
しばらく大学病院に入院していた淳の父が帰って来た。
ずっと付き添っていた母も、家に帰ってこられてホッとしている。
「お父さん、やっと家に帰ってこられて良かったですね。」
荷ほどきを終え、夫婦二人はお茶を飲んでいる。父は回復したものの、半身にまひが残った。リハビリでどこまで良くなるかわからないが、仕事に復帰することは難しいだろう。母が介護を担うようになるわけで、それも先行きどうなるのかわからない。
診療がひと段落し、淳と良一がやって来た。
「父さん、調子はどう?長い移動で疲れたじゃない?」
良一が父の様子を見ながら聞いている。
「ああ、ちょっと疲れたが大丈夫だ。いろいろと迷惑をかけたな。」
父は病気のせいもあり、一気に老けてしまった。
「何言ってるの、疲れがたまってたんだよ。少し休んだらリハビリ頑張ってもらわなくちゃ。」
そう言って淳が励ました。
それを聞いて、母が目頭を押さえる。
「そう言えば、臨時の先生が来てくださっているのよね。落ち着いたら、歓迎の食事会を開きましょうか。」
涙をぬぐうと、母はそう言って微笑んだ。




