お見合い 七
見合いまであと二日となった。
お春はご主人と奥様を前にして、座っている。
「お春、改まって話とは何だ?」
先日の淳もそうだったが、このお春の話も皆目見当がつかない。
「ご主人様、奥様。お叱りを承知で申し上げます。あたし、先日淳先生がこちらに来た時の話を聞いてしまったんです。」
お春は手をついて頭を下げ、申し訳ありませんと誤った。
「まあ、」
奥さんの口から思わず言葉が漏れた。
「聞こえてしまったのは仕方ない。だがこのことは誰にも口外しないように。わかったな。」
ご主人は咳払いしてそう言った。
ご主人と奥さんが、話は終わったなと立ち上がろうとした時、
「あたし、お雪と淳先生がかわいそうで。」
そう言うと、お春はポロリと涙を流した。噓泣きである。
「ご主人様、明後日のお見合い、お雪の代わりにあたしではだめですか?もしお雪と淳先生が結婚しないまでも、明後日にお見合いするのはお雪がかわいそうで。」
そう言って、お春はまた涙をぽろりと流した。
これまた予想外のことに、ご主人と奥さんは顔を見合わせた。
ご主人と奥さんもこのお見合いには複雑なものを感じていたから、すぐには言葉が出ない。
ご主人は奥さんにお雪を読んでくるようにと言った。
奥さんに呼ばれて、お雪が部屋にやって来た。この中でお雪だけが何も知らない。
「何から話したらいいものか。」
ご主人が言葉に詰まっている。しばらく沈黙が続いた後、
「実は2日前に、長谷川淳先生がここを訪ねて来られた。」
ご主人は言おうかどうかまだ決心がつかないようだ。また少しの沈黙の後、
「先生が来た理由は、」
一呼吸おいて、ご主人は意を決したように話した。
「先生は、お雪おまえを嫁にほしいと言いに来たんだ。」
そう言って、大きく息を吐いた。
お雪には話がよく飲み込めない。他人の話だろうか。
イラっとしたお春が横から小さい声で言った。
「淳先生が、あんたと結婚したいって言いに来たんだよ。」
「えっ、」
思いもよらない話に、お雪は思わず声が漏れた。
ご主人と奥様はこれでよかったのかと思案しながらも、穏やかな顔だ。お雪にこのことを黙ったまま見合いを進めることにも多少のわだかまりを感じていた。
「先生には、冷静によく考えるよう伝え、その日は帰っていただいた。
それを聞いていたお春が、お前がかわいそうだから、かわりに見合いを引き受けると言ってきたんだ。」
お春がにやりと笑っている。
「まあ、先方には私がお雪とお春の名前を間違えたことにして、何とかとりなしてもらうこともできるが、どうだお雪。」
ご主人はお雪のために一肌脱ぐつもりらしい。
「ご主人様、一つお聞きしてもいいですか?」
「なんだ。」
「先生が、その、私を嫁にといらしたそうですが、嫁に行くと決まったわけではないのですよね?」
「そうだ。結婚が決まったわけではない。相手は医者だ、結婚となると簡単な話ではない。それは今後どうなるかはわからん。それでもひとまず見合いをするかどうか、ということだ。」
ご主人は一息ついて続けた。
「せっかくお春がこう言っているから、お雪が代わってほしいならそれでいい。」
隣からお春がお雪の足をつついてきた。返事を催促しているのだろう。
どんな魂胆があるかわからないが、正直お見合いに乗り気でなかったお雪は、
ご主人に丁寧にお詫びし、お春と交代することになった。
お春の見合いは無事終わり、とんとん拍子に結婚へと進んだ。
男前の庄太と結婚することになり、お春は毎日上機嫌だ。お雪に嫌味を言うことも忘れている。いや、そうでもない。
「あたし、結婚するんだわ。結婚。奥さんになるのよ。よー。」
「お春、口ばっかり動かしてないで、手を動かしな。」
と、またお房に怒られている。
怒られたお春はお雪に八つ当たりする。
「つい喜んじゃった。どっかの誰かさんみたいに、お医者なんてね。うまくいきっこないわ。大工の奥さんでよかったー。」
相変わらずである。でもひとまず、この度はお春の機転でお雪の運命が淳から遠ざからずにすんだ。
早いもので、お春と庄太の祝言の日がやって来た。
紋付き袴の庄太が黒引き振袖のお春を迎えに来て、祝言は庄太の長屋で行われた。
三々九度の盃を交わし、持ち寄りの料理を皆でいただく。
黒田家からは奥様とお咲、お雪が参加した。
お咲、お雪とお春が団らんしている。
「まあお春、良い人のところに嫁げて良かったわね。」
お咲が嫌味半分に言う。
「そりゃ、私は見る目がありますから。どっかの誰かさんと違って。」
お春は嫌味を言わないと生きていられないらしい。
「あのさ、いちいち私を引き合いに出さなくていいから。」
お雪が言い返す。
「あら、お雪なんてね、どうせうまくいきっこないんだから。それで泣きを見ることになるのよ。」
そこへ庄太がやって来た。
「おいおい、聞こえたぞお春。人様にうまくいきっこないとは、大した物言いだな。」
うっかり本性を見られてしまい、お春が手で口を隠す。
「そんなひどいことを言ったつもりじゃ、」
話をさえぎり庄太が言う。
「俺は筋が通らねえことはでえっきれえだ。性根が曲がってるのもな。なあ、お春。」
そう言って庄太はお春の背中をボンとたたいた。
お春はこれから性根をまっすぐにすべく、鍛えられることだろう。がんばれ、お春。
結婚後、お春は通いの女中となり長屋から黒田家に通ってきている。
庄太との仲もまずまずのようで、嫌味も少し減った。




